最悪のお迎えでした
確認したところで……この状況、やっぱり現実とは思えない……。
わたしは一度目を閉じて、深呼吸をする。
再び目を開けると、綺麗な王子様は変わらず目の前に居て、世界は変わらず静止したままだった。
彼と街の風景が全然合っていない。まるで合成写真。
静かすぎて今自分がどこに居るのかさえ分からないくらいだった。
けど、不思議なのは、いつかこんな日が来ることが分かっていたみたいに、わたしの気持ちが落ち着いているということ……。
「お名前を聞いてもいいですか?」
わたしは彼に尋ねる。
「ライル」
王子様は一言返した。
「……ライルさんって呼んでも、構いませんか?」
「俺のことは、どうぞ呼び捨てで」
「いえ、年上ですし……。逆にわたしにそんな堅苦しい話し方しなくて大丈夫です。わたしは星川陽菜です」
「……ヒナ? こちらの名前ですか? 堅苦しいと言われても、姫に対して失礼な話し方はできません」
ライルさんは考えるような表情でそう言った。
「姫って……もしかしてライルさんのこと王子様って言ったからですか? 変な冗談はやめてください。わたし、全然姫なんて柄じゃないです」
わたしは笑って返した。いくらなんでも、わたしが姫だなんて冗談が過ぎる。
でも、彼はどういうわけかほんの少しも笑っていなかった。
彼に出会った時から感じていたけど、このとてつもなく白々とした冷たい雰囲気は、一体なんなのだろう。
静止した世界は、更に空気が重い。
「ホントに気軽に話してくれて大丈夫ですので」
わたしは無理に笑顔を作り、再びそう言った。
「本当に……良いのですか?」
彼の言葉にわたしは頷く。
「そうですか……。では、遠慮なく」
少しだけ空気が和んだ気がして、わたしは彼が笑ってくれるのを期待した。
「俺は、はっきり言ってお前になんて会いたくなかった」
「え……?」
「お前、ずいぶんとちんちくりんな姿になったな。あまりにちんちくりんで、探すのに苦労した」
そう言い放つ彼の瞳は濃紺に近く、それが余計冷酷に見える。
ライル……さん?
ライルさんが……言ったんだよね?
……ちんちく? 会いたく……なかった?
「ひ……酷い……」
いくらなんでも、そんな言い方……酷すぎる。見た目が格好いいからって、何を言っても許されるなんて思っているなら大間違いだ。
「お前、死んだ子の中に入っただろう」
わたしの言葉を無視して、更に彼は続ける。
「……死んだ……子?」
「もっと相応しい器はなかったのか? まあ、戻るのだからどうでもいいが」
「……さっきから何を言ってるんですか? どういう意味ですか?」
彼は答えてくれない。
なんだか……怖い。
自分の言いたいことだけ話す彼の言葉には、優しさの欠片もなかった。
「あなたなんて、全然王子様じゃない!!」
わたしは思わず叫んでいた。
「……だから最初からそう言っている。お前をジェイド王子のところに連れて行くのが、俺の役目だ」
「嫌です。あなたとなんて行きません」
「お前、サイネリアがどうなってもいいのか?」
「サイネリア?」
「俺たちの世界だ」
そう言う彼の瞳は、いつの間にか元の薄青に戻っていた。
「主、追手が来たよ」
静止した世界の中で、突如彼の背後から黒い影が現れる。
「何?」
驚いて、わたしは姿の見えない影を見つめた。
「そんな説明は後だ。クライ、少しの間足止めしてくれ」
「うん。わかった」
返事と同時に、影は一瞬で消えた。
「お前、家はどこだ?」
ライルさんは、そこで改めてわたしに向き直り尋ねた。
「どうして?」
「器はこの世界のものだ。置いて行く」
「器?」
「そのお前の身体のことだ。時間がない」
言うと同時に、彼はずっと手のひらの上にあった三角錐を消した。消したというより手の中に入っていったようにも見えた。
魔法使い……。
その姿は、手をかざして水を撒いていた王子様の姿とシンクロする。
彼の表情に、初めて焦りのようなものが見えた。
ずっと無表情だったから、そういった表情をしているだけで危機感が半端ない。
「あの、わたしの家……こっち……です」
わたしは仕方なしに家の方向を指差す。
「きゃっ」
彼が急にわたしを抱き上げた。そのまま、ありえないほど高く浮上する。
「何するんですか? ちんちくりんになんて、触りたくないでしょう!?」
「緊急事態だ。このままお前の家まで案内しろ」
「と、飛べるの?」
「まあな」
彼は言った。
本当に……現実とは思えない。
顔が近い……。
間近で見る彼が本当に綺麗で、急に恥ずかしくなる。
王子様……。
やっぱりどんなに酷い人でも、彼が夢の中の王子様だとしか思えない。
こんな失礼な人にときめきたくなんかないのに、勝手に胸の鼓動が速くなる。
彼は更に上昇する。
一体、どこまで?
下は怖くて見ることができない。
「もしかして、高く昇ってわたしのこと、落とそうとか考えてない……ですよね?」
よく考えたら、呑気にときめいてる場合ではなかった。
「俺が、お前にそんなことをするわけがないだろう。話を聞いていなかったのか?」
「だって、ライルさん……何考えてるんだか分かんない」
わたしは呟く。
「追手だ。状況が分からないのか? いいから黙って案内しろ」
彼は冷たい顔で言った。
なんとか彼を家まで案内し、家に着いた途端に記憶は途切れた。