衝突
ライルさんの足元にあった美しい魔法陣は消え、彼はわたしを抱いたままゆっくりと地上に下りる。
王宮の入り口の前だ。
結構な数の警備兵の中にジェイド王子の姿が見える。
「セリア!!」
憔悴しきった様子のジェイド王子がわたしに向かって走ってきた。
「無事で……無事でよかった」
「ジェイド王子」
彼は表情を崩し、強い力でわたしを抱きしめる。
どれたけ心配をかけてしまっていたのか、それだけで分かった。
「すみません。急に抱きついたりして」
ジェイド王子はゆっくりとわたしから離れる。
「いえ……」
「その髪は? 何か兄に酷いことをされたのではありませんか?」
見開かれた青紫の瞳が不安そうに揺れていた。
「大丈夫です。クライを……辛い目に合わせてしまいましたが」
ジェイド王子はクライに視線を向ける。
「平気だよ。セリアがね、オレを守って戦ってくれたから」
クライはわたしを見て笑った。
「姫が兄と戦ったのですか?」
「ちょっとクライ!!」
「セリアは強かったよ。オレよりもずっと……」
クライはそう言った。
「スサトは……?」
ジェイド王子は再びわたしに視線を戻す。
わたしは少し躊躇い、小さく左右に首を振る。
「自業自得だな」
ライルさんは呟く。
「スサトさんのせいじゃありません。トキ王子の力のせいです。彼に魅了されて、あんなことになってしまったんです」
わたしはトキ王子の体に開いた無数の穴を思い出していた。
「分かっている。だが、そうとでも思わなければやりきれない。スサトが自分で望んで選択したことだと……」
ライルさんは自分の両方の拳を握りしめていた。
「……ご苦労をおかけしました」
ジェイド王子の言葉にライルさんは返事をせず俯いたままでいる。
ライルさんの言うことも分かる。
魔力で支配されていたとはいえ、スサトさんはトキ王子を信じていたのかもしれない。
本当に愛していたのかもしれない。
わたしは迷っていた。
トキ王子の生い立ちや思いを勝手にジェイド王子に伝えていいものか。
この国のこれからに関わる重大なこと……。
やっぱりわたしが勝手に話すべきことでない。本人から直接聞くべきだ。
「ジェイド王子、ようやく戻って来られたばかりでこんなことを言うのはなんですが、わたしと一緒にミナスに行ってもらえませんか?」
「え?」
ジェイド王子は驚いた顔でわたしを見つめる。
「わたし、今度は自分からトキ王子に会いに行くと約束しました。でも1人で……とは言っていません。一緒に来てほしいんです」
「約束?」
「はい。また会いに行くと約束したからこちらに帰してくれたんです」
わたしの言葉を聞いたジェイド王子は、しばらく考え込んでいた。
「……分かりました。今度こそ共に。もう二度とあなたを1人にさせるようなことはしません」
「いえ、単にわたしの付き添いということではなく、ちゃんとトキ王子と話してほしいんです」
「どういうことですか?」
ジェイド王子は聞き返す。
「お前、あんな目に遭っておきながらまたあの男に会いに行くというのか?」
ライルさんが冷たい顔でわたしを凝視していた。
「トキ王子にはトキ王子の事情というものがあります」
「どんな事情だろうと、これ以上お前を危険な目に遭わせるわけにはいかない。大体、何を勝手に約束してきている。そんなこと許すわけもないだろう」
「ライルさん、そのような言い方をしなくても……」
ジェイド王子がわたしたちの間に入る。
「来てくれなくても構いません」
「何だと?」
「だから、嫌ならライルさんは一緒に来てくれなくて構いません」
わたしはきっぱりと言った。
「俺では役に立たないか」
ライルさんの表情が険しくなる。
「そんなことは言っていません」
「やめてよ、2人とも!!」
クライが哀しそうな声で叫んだ。
「……落ち着いてください。とにかく、みなさんお疲れでしょう。一先ず中に入って休みませんか?」
ジェイド王子はそう言って、穏やかに微笑む。
「……大変失礼いたしました」
ライルさんはジェイド王子に一礼すると、そのまま先に王宮へと向かった。
「ごめんね、セリア」
クライが呟く。
「いいの。怒られて当たり前だよね」
わたしは笑った。
「セリア?」
わたしは不安そうなクライの手を取ると、
「中で休ませてもらおう」
と言って王宮へ歩みを進める。
ライルさんがわたしを心配してくれているのは分かる。
あんな状況からようやく逃れて戻ってきたというのに、再び自ら危険が伴う場所に飛び込もうとしている。
でも、譲れない。
トキ王子だって全く話が通じない相手ではない。
わたしと結婚した方だなんて、そんな不確かな決め方ではなく、本当に相応しい方がこの国の王になるべきだ。どうしても王子同士には腹を割って話してもらう必要がある。
これはカナン国のためだけではなく、自分のためでもある。
ライルさん、あなたと一緒に居るために……。




