満たされる
クライはわたしに抱きついたまま、いつの間にか意識を失っていた。
彼を抱えて、なんとかベッドまで移動する。
クライ……ボロボロだね。
わたしのせいだ。
このまま目を覚まさなかったらどうしよう。
わたしはクライの手を握り、ただ彼を見つめることしかできない。
「セリア」
振り向くとそこに居るはずのない……彼が立っていた。
「ライル……さん?」
「ああ」
「……ホントに? ホントに……本物のライルさん?」
声が震えてしまう。
「疑り深いな」
突き放すような、優しさの欠片もないその話し方。
美しいグラデーションの髪。
わたしを見つめる宝石のようなナイルブルーの瞳は、秒ごと微妙に色の濃度が変化している。
確認するまでもない。
こんな綺麗な人、この世に2人といない。
「……どうして?」
「トキ王子が宮殿のバリアを解いた」
彼は淡々と返す。
会いたかった……。
ずっと会いたくて会いたくて堪らなかった。
咄嗟に右手を伸ばそうとしたけれど、包み込むように左手で右手を握り、その衝動を抑え込む。
「……ごめんなさい。わたしのせいでクライが……」
わたしはクライに視線を戻した。
「大丈夫だ。うるさいからそのままでいい」
返ってきたのは、吃驚するくらい薄情なセリフ。
「何てこと言うんですか!!」
わたしは思わず大声をあげる。
こんな時に冗談はやめてほしい……。
「そんなに心配か?」
ライルさんはそう言うと、いきなりわたしの腕を取り自分の方へ引き寄せた。
そして短くなった髪に触れる。
「お前の方が心配だ。どこか痛みはないか?」
胸が苦しい。
突然そんな優しいセリフ……吐かないで。
わたしはゆっくりと彼を見上げて頷く。
「どこが痛いんだ?」
「……違います。大丈夫です」
わたしは答えた。
見開かれたライルさんの瞳が、一瞬で濃いブルーに変わる。
彼は瞳を閉じ、今度は勢いよくわたしを抱きしめた。
どうして……?
でも、わたし……ずっとこうされたかったんだ。
自然と彼の背に手を回す。
温かい……。
そんな状況じゃないって分かっているけど、一瞬で気持ちが満たされる。
「……お前が無事で良かった」
呟いたライルさんの体は、少しだけ震えていた。
それからライルさんはわたしの胸のネックレスを手に取った。
「自分に刃を向けただろう。これは、あんな真似をさせる為に渡したわけじゃない」
「え?」
「クライを通して見ていた」
ライルさんはそう言った。
どうやら無我夢中でトキ王子を止めようとした行為を見ていたようだ。
「何でお前はそう無茶ばかりするんだ」
声が完全に怒っている。
本格的に説教が始まりそうで、わたしは俯き、身構える。
けれど、しばしの沈黙の後に続いた言葉は意外なものだった。
「……すまなかった。やはり俺はお前の護衛失格だ」
わたしは首を横に振る。
「クライと同じこと言うんですね。そんなこと、言わないでください。わたしのほうこそ心配をかけて……。クライのこともちゃんと守れなくて、ごめんなさい」
わたしはライルさんに頭を下げる。
「やめてくれ。お前が謝る必要はない」
「でも」
「大体、クライのことなら心配ない。それより、ジェイド王子がお前の身を案じている。一先ずトキ王子の気が変わらないうちにここを出よう」
ライルさんはそう言うと、横たわるクライに近づき彼の額に手のひらを当てた。
一瞬でクライの髪がいつもの青から濃紺のグラデーションに変わる。
薄く開いた瞳も、青みに黄色がかった見慣れた美しい色に。
本当に魔法……。
「クライ、わたしが分かる?」
わたしは彼の瞳を覗き込む。
さっきと全く同じ質問。
クライは笑ってゆっくり頷くと、
「もちろん。オレの大好きなセリア」
と答えた。
いつの間にか、ライルさんは部屋の中心に移動していた。足元の床に見覚えのある美しい白い光の魔法陣が描かれている。
「いきなり空間魔法? オレ、寝起きなんだけど?」
クライは不満そうな声を漏らす。
「魔力は完全に戻しただろう。この方法が一番手っ取り早い」
「主ってば実はセリアのこと抱っこしたいだけなんじゃないの?」
「馬鹿か」
ライルさんは左手をクライに向け、軽く吹き飛ばす。
何度も見たやり取り。
これまでハラハラしながら見ていたけれど、今はただただ懐かしく、微笑ましい。
ライルさんは空間魔法を使うため、例のごとく荷物のようにわたしを抱えた。
鼓動が高鳴り、身体が熱を持つ。
そう……勝手に。
世界のための自己犠牲……。
それはとても美しく尊いことだと思うけど、どちらの王子様を選ぼうとライルさんを想う気持ちは止められない。
自然と彼を抱きしめる腕の力が強まる。
好きになってもらえなくて構わない。一生誰とも結婚できなくていい。
このまま側に居させて。
それでいつか、あなたの笑った顔が見たいの……。
「どうした? ちゃんと抱えている。まだ飛ばないのにそんなに必死にしがみつくな」
ライルさんは冷めた声でそう言った。
「ごめんなさい」
わたしはライルさんから腕を離す。
「離すな。動きづらいだけで、別に嫌だと言っているわけではない」
「何それ? 離せとか離すなとか、一体セリアはどうしたらいいの?」
クライが呆れた顔で、わたしの代わりにそう聞いた。
「だから……最初から離せとは言っていない。適度な強さというものがあるだろう」
ライルさんは小声で返す。
クライはわたしを見つめ、困ったように笑った。
いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに……。
あなたの腕の中にいる幸せを望んでしまうわたしは、きっと王女失格なのだろう。
それでも……。
自分の想いも、世界の平穏もどちらも守りたい。
ライルさんが三度ほど空中に開けた穴に飛び込むと、目の前に見覚えのある王宮が見えた。
グラン・ハルスタイン……。
わたしたちはトリイに戻ってきた。




