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命をかけて

 クライは迷いなくトキ王子に短剣を向け、斬りかかる。

 トキ王子はわたしを右腕で捕らえたまま、左手をクライに差し出した。

 途端にクライは吹き飛び奥の壁に衝突する。


「やめてください!!」

 わたしは夢中でトキ王子の左腕を掴んだ。



「魔法が……使えるんですね?」

 わたしはトキ王子の左腕を掴んだままそう言った。


「普段は使いませんよ。けど、こんな機会はめったにありませんし」

「どういう意味ですか?」

「彼を痛めつける機会です」

「やめてください。クライはわたしを守ろうとしているだけです。痛めつけるなんて、どうしてそんな酷いこと……クライがあなたに何をしたっていうんですか?」

「私は昔からジェイドに肩入れするあの澄ました魔術師が大嫌いなんですよ。貴重なアラクネの魔力の結晶まで使って彼専用にバリアを施したというのに、今回もまた思いもよらない方法で入り込んできました。……本当に癪に障ります」

 トキ王子は吹き飛んだクライの方を見つめている。


「澄ました……魔術師? ライルさんのことですか? だからってクライに当たらないでください!!」

「当たる? 何を言っているのですか? 当たるも何も同じこと。彼はあの魔術師の傀儡ではないですか」

 そう言えばさっきもそう言っていた。


「傀儡?」

「魔力がない状態で何故動けるのかは分かりませんが、彼はそのライルとやらの人形だということです」

「傀儡とか人形とか……変な言い方をしないでください。クライはクライです。お願いだからもうわたしを離して!!」

 倒れているクライの側に行きたくて、今度はわたしを捕らえているトキ王子の右腕を両手で引き剥がそうとする。


「少しおとなしくしていてください」

 トキ王子は左手をわたしに向け、同時に右腕の拘束を解いた。


 やっと解放されたと思い、クライに近づこうとすると、数歩歩いただけで何かにぶつかる。

 見えないけれど目の前に壁がある。

 方向を変え進もうとも、360度壁に覆われていてどこへも動けない。

 どうやらわたしは透明の球体に閉じ込められてしまったようだ。

 トキ王子は倒れているクライに近づく。


「出して!! これ以上クライに何をするつもり? クライ!! クライ!!」

 わたしは必死に叫ぶ。



 トキ王子は倒れているクライの髪を掴んで持ち上げると、今度は直接壁に彼を叩きつけた。

 わたしは悲鳴を上げる。


「本当にこれでは子供をいたぶっているのと同じですね」

 トキ王子は呟く。

 普段と変わらない落ち着いた声のトーンがより異常性を際立てている。


 意識が飛んでもおかしくはないはずなのに、クライは立ち上がろうとしているのか懸命に、床に右手を伸ばしていた。

 トキ王子は何の躊躇いも容赦もなくその彼の右腕を踏みつける。

 本当に人形だとでも思っているのだろうか。

 わたしはクライを助けたくて目の前の透明な壁を何度も叩いたけれど、どうにもならない。


 それでもクライは右腕を踏みつけられたまま顔を上げ、素早く左手で短剣を腰から引き抜くとトキ王子に向かって投げつけた。

 すんでのところでかわした王子はクライから離れ舌打ちする。


 クライは立ち上がり、新たな短剣を手に再びトキ王子に攻撃を仕掛ける。

 ダメージを受け倒れていたとは思えない素早い動き。

 彼の斜めや真上からの重力がないのかとすら思えるアクロバティックな攻撃に、トキ王子は魔法を使う隙がないようだ。

 クライの剣がトキ王子の顔をかすめ、彼の亜麻色の髪の一部が床に落ちた。


「獣ですか……」

 トキ王子はそう言うと、またクライから距離を取り冷淡な表情で左腕を差し出す。


 左の手のひらに光が集まり、その光は球状となりみるみる大きくなっていった。

 美しい光。

 だけど嫌な予感しかしない。

 案の定、トキ王子はその光の球を回転させながらクライにぶつける。


「やめて!!」

 叫んでも声は届かない。


 とても見ていられない。

 わたしは両手で自分の顔を覆った。






 妙に静かだ。

 どうなってしまったのだろう。

 恐る恐るクライの姿を探すと、彼はもう何度目になるのか壁の前で倒れ込んでいた。

 けれど彼が倒れようとも何故か光の球は消えていない。クライの上に重石のように伸し掛かっている。


「姫を諦めて帰ると言うのなら、もうこれ以上貴方に危害を加えません。さすがに殺してしまっては体裁が悪いですし、姫からも嫌われてしまいます」

 トキ王子はクライに近づきそう言った。

 クライは答えず、じっと球体の重みに耐えている。


「痛みなんて感じないでしょうけど、いい加減降参してはどうですか。体が壊れますよ?」

「壊れたっていい……。セリアを……返せ」

 クライは苦しそうな声で返す。

 複雑な装飾の髪飾りが彼の髪から外れ、傍らに落ちている。


 クライ……嫌だよ。

 そんなこと言わないで。

 わたしを守るためにクライが犠牲になるなんて絶対に嫌。

 絶対に……。

 どうしたら……。




 わたしはライルさんから預かった護身用の短剣を咄嗟に自分の胸に突きつけた。

「トキ王子、あなたが王になるにはわたしが必要なのでしょう? クライとわたしを解放してください」

 わたしは威厳をもってそう言い放つ。


「そんなはったりは通用しません」

「本気です。ここで、死にます。あなたの王宮でナギの第2王女、セリア・ナナハンは死ぬことになります。それこそナナハン王家もジェイド王子も黙ってはいないでしょう」

 トキ王子はアヤメ色の瞳で静かにわたしを見つめている。

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