守られるより守りたい
「クライ……」
ものすごく心配させてしまった。
そういえば何もされてないとは言ったけど、首筋にキスされたり太ももを撫でまわされたりはしたんだよね。
絶対に言えない……。
「今度はわたしが聞いてもいい?」
わたしは敢えて明るく尋ねる。
クライは自分の濡れた目を手の甲で拭って頷く。
「クライが来てくれたってことは、勿論ライルさんとジェイド王子は無事なんだよね?」
「うん、2人とも無事だよ。でもカナンはスサトがいなくなって、グラン・ハルスタインの兵の統率が取れなくなってる。ジェイド王子はセリアの身を心配して単独でこのミナスに乗り込もうとしたけど、不可能だって分かって主に託したの」
「不可能?」
「警備が厳重な上、王宮全体にバリアが張られてて今は誰も入れない」
「誰も……ってクライは? さっき目の前に突然現れたけど、どこから来たの? やっぱり魔法……だよね?」
クライは神妙な顔で首を左右に振った。
「ただの魔力のバリアなら壊せる。例えオレが壊せなくても、主なら簡単に……。でもこの王宮のバリアは二重になってて、主の魔力は弾かれちゃう。多分またアラクネの魔力の結晶を使ってるんだと思う。カエヒラ様が張った二重ゲートみたいなもんだけど、対、主ようにずいぶん研究されてる。とにかく主は勿論、オレも魔力がある状態でここに入れなかったから全部置いてきた」
「魔力を……置いて?」
わたしは聞き返す。
「やだな。セリア、そんな顔しないで。魔力は後でちゃんと戻してもらうから平気だよ」
「外の警備には見つからなかった?」
「気づかれてないよ。バリア外……えっとオレ、主に王宮の10メートルくらい真上から屋根に落としてもらったから。あ、でもさすがに主が王宮近くに居ることは感知してるかな。多分トキ王子側は、主が王宮に入れず未だ様子を伺っている……と思ってるんじゃないかな?」
「落として……? 10メートル? 10? クライ、そんな高さから落ちて怪我してるんじゃない!?」
「大丈夫だよ。そもそもオレ、人じゃないって何回も何回も言ってるよね?」
「だからクライこそ、人とか人じゃないとか関係ないよ。来てくれたのは嬉しいけど、危ないことはしないで」
「セリア……」
クライは驚いた顔でわたしを見つめる。
「もしかして髪と瞳の色がいつもと違うのは魔力がないせい?」
クライは頷く。
「ホントに大丈夫なの?」
「だから、大丈夫だよ。もうオレのことなんてどうだっていいよ」
「よくない」
「いいって言ってるでしょ。それより今、魔力ゼロでセリアのこと守りきれるかの方が心配」
「じゃあ守ってくれなくていい。クライのこと、わたしが守るね」
わたしは笑ってクライの両手を取る。
「何言ってんの!? やめてよ!! そんなの本末転倒だよ!!」
すごい勢いで怒られてしまった。
それから、クライは困った顔で大きく息を吐き出す。
「……セリア、頼りないかもしれないけど、もっとオレのこと頼って? セリアのことは死んでもオレが守るから」
「だからそれが嫌なんだってば。クライ、わたしだってクライのことが大切だよ。だから、わたしのことばっかり考えないで」
クライは困った表情のまま、薄いブルーの瞳でわたしを見つめている。
今の瞳の色はライルさんを思い出させた。
「セリアは……何も分かってない。オレがこの状態でここに居られるのはセリアのおかげだよ。セリアがオレの全て。セリアより大事なものなんてオレにはない」
「どうして……?」
「前にも言ったよね? セリアのこと大好きだから」
「……そんなの答えになってない」
「ていうか……。ねえセリア、今こんなことを言い争ってる場合じゃないと思うんだよね」
クライはそう言って廊下に続いている鍵のかかった扉を見つめる。
「確かにそうだね。とにかくここから出てライルさんのとこに帰ろう。勿論一緒に、だよ」
クライは笑ってこくりと頷く。
瞬間、髪飾りのない側の髪が頰にさらりと落ちた。
雪のように真っ白な髪……。
いつもの青系の髪も美しいけど、白の髪もそれはそれでまた綺麗だと思った。
「じゃあ早く窓から外に出よっか」
わたしは張り切って窓枠に手を掛ける。
「いや、窓から出るのは無理だよ。屋根、行き止まりで下まで降りれないし」
「え? 降りれない?」
「うん。オレ1人ならともかく。だから、どうにかして中から出るしかないと思う」
「扉には鍵がかかってるんだよ?」
「……見つからずに出るっていうのは厳しそうだね」
その時、扉の前で物音がした。
「クライ、隠れて……」
わたしは慌ててクライをベッドサイドの死角になっているところに押し込む。
部屋はとても広い。
侵入者が誰だかわからないけど、ベッドに近づかせないようにすればやり過ごせるはず。
侍女さんならいいなと祈る。
「起きていたのですね」
開いた扉から入ってきたのはトキ王子だった。
「なぜ待ち構えたように扉の前にいるのですか?」
彼は不思議そうにわたしを眺める。
「……その髪」
「窓から降りるのに邪魔だと思ったので、切りました」
ここはもう変に思われないよう正直に答える。
「窓から? まあ私に蹴りを入れるくらいですから、それくらいの行動力はあって当然でしょう。それで降りられましたか?」
トキ王子は可笑しそうに笑っている。
降りられないからこの部屋にいるのだ。
勿論分かって聞いている。
わたしは彼を睨んだ。
「ところで、先程誰かと話していませんでしたか?」
「独り言です」
「本当に異界で生活していた姫君は変わっておられる」
そう言ってトキ王子は極上の笑みでわたしの髪に触れた。
「美しい髪を指で梳くのが心地よかったのに、短くなってしまい残念です」
「いつそんなこと……」
「貴方が可愛らしい寝顔で眠っていたときに」
わたしは彼から離れる。
でもすぐに腕を取られ、体を引き寄せられてしまった。
トキ王子はゆっくりと短くなったわたしの髪に指を通す。
「セリアから離れろ!!」
いつの間にかクライが死角から出て、トキ王子と対峙していた。
「ちょ……クライ!!」
「俺のセリアに触るな!!」
クライは両手に短剣を構えている。
「……なるほど。あの魔術師の傀儡ですか。けれど不思議ですね。魔力がない状態でどうやって?」
「お前に関係ない」
「お前……ですか。これでも一国の王子で、彼女の婚約者なのですけれどね。彼女の護衛風情が、ジェイドと私でずいぶん扱いが違うのではないですか?」
トキ王子は威厳に満ちた声でクライに尋ねる。
「俺がセリアに害をなすものを許しておくはずがないだろう」
クライは冷たい顔で平然と返した。
「害をなすもの? 酷い言われようですね。私では彼女を幸せにできないと?」
「こんなやり方をするような人間がセリアを幸せにできるはずがない」
そう言い放つクライはいつもの可愛らしいクライではなかった。




