キラキラと
美しい寝顔……。
襲ってきたときは本当に怖かったけど、きっと彼も出生の事情からどこかおかしくなってしまったのだろう。
弱さを持っているこの人を、悪人だとか敵だとかそんな言葉で切り捨てること……多分もう、わたしにはできない。
でも、いくら自分が辛いからってジェイド王子を傷つけるのは絶対に間違っている。
王位がどうのこうのより、何より彼の辛さ、苦しさをジェイド王子に伝えたい。そしてこれまでのジェイド王子の淋しさもトキ王子に分かってほしい。
兄弟でいがみ合ってほしくない。
亡くなられたカナンの王様もお妃様も、きっとそんなことは望んでいないはず。
この国の王妃にはなれないけれど、少しでもこの国の役に立ちたい。
服の上から、そっと腕に巻いているお守りに触れる。
ライルさん……。
今の考えを話したら、また甘いって冷たい視線を向けられてしまうのかな?
けど、会いたい。
どんなに冷たくされてもいいから、あなたに会いたい……。
わたしはどうにかトキ王子の下から這い出て、窓際に置いてある広いソファーの上で膝を抱え座り込んだ。
緊張と疲れのせいか体が重い。
目を開けるとわたしは元のベッドに横になっていた。
こんな状況だというのに、いつの間にか少しだけ眠ってしまっていたみたい……。
部屋にトキ王子の姿はなかった。
ソファーまで移動したはずなのに、彼がまたわたしをここまで運んできたのだろうか?
思わず着ている服を確認してしまう。
服にも体にも特に違和感はなく、ほっと胸を撫で下ろす。
部屋の扉を確認すると、鍵がかかっていて、内側から開けることができなかった。
このままではきっとトリイに戻れない。
とにかくまずこの部屋を出ないと……。
わたしは窓を確認する。
窓は一部だが空気を入れ換えるためなのか斜めに40センチほど開く。
体を捻ればなんとか抜けられそうだ。
けれど、抜けて屋根に下りたとしても地面まではかなりの高さがある。先がどうなっているのか、屋根を伝ってそのまま降りられるのかは実際行ってみないと分からない。
美しい街並みは遥か彼方……。
着替えようと思ったけれど、ドレスよりはこの柔らかなワンピースの方がまだ動きやすそうだ。
そして今更だけど、長い髪が鬱陶しかった。縛るゴムもないし、布で結んだところでサラサラすぎて抜けてしまう。何よりこんなに長い髪はどこかに引っかかりそうで怖かった。
わたしは思い切って髪を護身用の短剣で少しずつ切り、なんとか肩くらいの長さに揃えた。
未練なんてない。動きやすいし、向こうの世界ではこれくらいの長さだったからしっくりくる。
決心して窓に手をかけ、体を乗り出すと、突然目の前に。
「きゃあ……ふ」
口を塞がれる。
「しっ……静かに!! セリア、部屋に戻って」
わたしの口から手を離し、抜けようとしていた窓から逆に少年が入ってくる。
「クライ?」
「うん、そうだよ。遅くなってごめんね」
クライは可愛らしく微笑む。
「ホントに……クライ!! クライ、無事でよかった!!」
わたしは嬉しすぎて、思いっきり彼に飛びつく。
「……ちょっと、セリア!!」
クライがわたしの腕の中でわたわたしている。
「ごめん。嬉しくて」
苦しかったかもしれない。
わたしは彼から離れようと腕を緩める。
「待って!! 違うの!! すっごい幸せだよ。……セリアがいいなら、もう少しだけぎゅってしてて。……慣れてないだけ」
形のいい彼の耳が赤くなっている。
分かっていたけど、彼は見た目可愛くて軽い口調で話すくせに、中身は妙に硬派で礼儀正しい。
わたしは頷いて、ここぞとばかりにしばらく可愛らしいクライを抱きしめた。
「セリア、その髪……どうしたの?」
改めてわたしと向き合ったクライは、驚いた顔でそう尋ねる。
「クライこそ髪も目の色も違うけど、一体どうしちゃったの? さっき、一瞬分かんなかったよ」
クライの変わりようは半端なく、はっきりいってわたしの髪の長さの変化なんて些細なことに思える。
彼の髪はこれまでの青系のグラデーションから真っ白に。瞳は薄いクリアブルーに変わっている。
よく見ると恰好も今まで見たことがないような剣士風だし、腰にはいくつも型の違う短剣が差さっていた。
「オレのことは後で話すから、先にセリアのことを聞かせて?」
「そう言われても、わたしのほうは多分そんなに話すことないよ。トキ王子と話したけど、すんなりトリイに帰してもらえそうにないから、思い切ってそこの窓から外に出ようとしていたくらいで。そしたら急にクライが目の前に現れてびっくりしたよ」
わたしは、座り込んでクライを見上げる。
「話戻るけど、その髪、キリクに切られたの? まさかトキ王子?」
クライはよっぽどわたしの髪が気になるらしい。
「違うよ。動きにくいから自分で切ったの。……変かな?」
「そっか……。酷いことされたわけじゃなくてよかった。そのくらいの長さも似合ってるよ。そういえば顔色が悪いみたいに見えるけど、セリア、本当に何もされてないよね?」
「……顔色悪いとか、自分では全然分かんない。……ほとんど寝てないせいかな」
「寝てない?」
「うん。一晩中トキ王子とベッドの上で」
「それ以上……言わないで」
クライは遮るようにそう言って、わたしの前で同じようにしゃがみ込む。
「え?」
「ごめん、セリア……。オレがもう少し早く来てれば」
「何? どうしたの?」
クライが謝ることなんて何もない。
「……許せない」
呟く彼の表情は、さらさらな真っ白な髪に隠れて見えなかった。
「えーっと? クライ? もしかして何か勘違いしてない? 一晩中トキ王子とベッドの上で話していただけで、勿論何もされてないよ?」
その言葉に、クライは弾かれたように顔を上げわたしを見つめる。
不安げな彼の瞳はキラキラと光っていた。
わたしは大丈夫という意味を込めて笑顔で頷く。
「……よかった。セリアが無事で……ホントによかった」
ほっとした様子で彼が笑うと、そのキラキラとしたものは静かに頰を伝って落ちていった。




