治癒魔法について
「ライルさん!!」
叫びながら目覚める。
ああ……また。
知らない、高い天井……。
体が……動かない。
わたし、ライルさんの手を掴めなかった。
あの時初めて……わたしの名前を呼んでくれた。
それがあんなに哀しい声だなんて、あんなに哀しい顔をさせてしまうなんて、思い返すだけで胸が苦しい。
ここはどこなんだろう。
飛ばされてしまったクライやジェイド王子は無事だろうか。
スサトさんは?
彼は……きっともう何処にもいない。
深い闇に溶けてしまった。
わたしには分かる。
ずっと直接、あの闇に触れていたから。
数日前に、礼儀正しく挨拶をしてきてくれた姿を思い出す。
短い間だったし、そもそも偽りだったのかもしれないけれど、ライルさんの代わりにわたしの側にいてくれた。
あんな選択をしてほしくなかった。
戻りたい。
ライルさんの元に……。
無理をすれば、重い体も少しだけなら動く。
わたしは時間をかけて起き上がり、ようやくベッドサイドに座った。
「目覚めていたか」
突然声を掛けられ、視線を上げると、キリクが無表情でわたしを見つめていた。
相変わらず眼つきばかりが鋭い。
物々しい黒い軍服のようなものを着ている。
でも今は全身を覆うマントを羽織っていないせいかずいぶんと身軽に見える。
こうして改めてよく見ると、綺麗で中性的ではあるけれど、体つきからきちんと男の人だと感じられた。
「ここはどこですか?」
「ミナスの王宮だ」
彼は答える。
ミナス……そんな気はしていた。
「わたしはトキ王子に攫われてここにいる……ということですね?」
「ほう、ずいぶん冷静だな。もっと騒ぎ立てると思っていたが」
「騒いでもあなたを殴り飛ばしても、帰してもらえないのでしょう? とにかくトキ王子に会わせてください。彼と話します」
わたしはキリクを見据えてそう言った。
「……そなた、なかなか面白いな。だか殿下を責めるな。あのお方は本来このようなやり方を好まない」
「どういうことですか?」
「前にも話したが、そなたを襲撃したり強引に捕らえたりするのは殿下の意思ではない。されど、前王の遺言がある限り殿下には絶対にそなたが必要なのだ」
「つまり、あなたが勝手にわたしを攫ってきたということですか?」
「まあ、そう解釈してもらって構わない」
「じゃあ、きっと事情を話せばトキ王子はわたしを帰してくれますね?」
メルさんやジェイド王子の話を聞いて、絶対にトキ王子は怖い人なんだって思い込んでいた。
今の話を聞いて、少しだけ望みが湧いてくる。
「……さあな。当然私はお叱りを受けるだろうが、だからといって殿下が折角飛び込んできたそなたを逃すとも思えない」
「どこに居るんですか? トキ王子に会いに行きます」
わたしはベッドから立ち上がろうとしたけれど、信じられないほど体が重く、膝から崩れてそのまま前に倒れこんでしまった。
「未だアラクネの闇の影響が抜けぬか。仕方がない。少し回復させてやろう」
回復……?
治癒?
あ……キス!?
ライルさんが治癒魔法を使った時のことを思い出し、わたしは咄嗟に両手で口を押さえた。
「何をしている?」
キリクはわたしに近づく。
「来ないでください。回復なんてしなくていい。あなたにそんなことされたくない!!」
口を押さえて話しているので自分の声がくぐもって聞こえる。
「そんなこと?」
キリクは聞き返す。
「……キスするつもりでしょ!?」
わたしの言葉にキリクは目を見開き、そのままゆっくりと首を傾けた。
わたしは少しでもキリクから離れようと、しゃがみ込んだまま後ずさる。
「分からない。何なのだ……? そなた、魔性の女か? 男ならば誰でも良いのか? 姫君ともあろうものが……なんと浅ましい」
キリクは呟くと、素早く駆け寄りわたしの腕を掴んだ。
その掴まれた一瞬で、体が楽になる。
「え?」
どうして……?
「すまぬが要望には応じられない。浅ましくも殿下の妃になるそなたにそんな真似が出来るはずもないのでな」
キリクはそう言って可笑しそうに笑った。
「こ、この世界の魔術師って、キスで治癒するんじゃないんですか!?」
わたしは慌ててそう尋ねる。
「そんな破廉恥な魔術師がどこにいるか。体のどこかに触れさえすれば、簡単に治癒できる。限られたものにしか使えぬが治癒魔法とはそういうものだ」
え……?
体のどこか……?
じゃあ、あの時のライルさんは?
もしかして子供のわたしをからかったの?
それとも……少しはわたしに好意を持ってくれているの?
「もう動けるだろう。ついて来い」
キリクはわたしの様子などお構いなしにそう言った。その声にはまだ嘲笑が含まれている。
わたしは立ち上がり、混乱と恥ずかしさで熱くなった頰を押さえながら彼の後を追った。




