白昼夢?
結局アイスを食べようと、隼人と裏通りに出た。
瞬間、目の前に飛び込んできた美しいパステルカラー……。
本当に一瞬の出来事だった。
夏とは思えないような重ね着。
シルクみたいな薄い裾だけが、風に靡いている。
そして、その周りの空間が歪んでいるように見えた。
訳が……わからない。
わたしは何度か瞬きをする。
幻かと思って。
毎日彼のことばかり考えていたから、とうとう白昼夢まで見るようになってしまったのかと、そう思って……。
目の前のとんでもなく綺麗なその人は、無表情でわたしを見つめていた。
髪は白から緑のグラデーション。薄青とも翠とも取れる瞳の色。その不安定な色は、濃度を変えながら揺らめく。
額には見たことのない銀のリングが、水平ではなく少し斜めに嵌っていた。
「え? 何? 外人? どっから……?」
隼人の驚いた声で現実に引き戻される。
同時に、目の前のその人が幻じゃないって気付く。
わたしは改めて彼を見上げる。まず、見上げる……という時点でおかしい。
彼は少年ではなかった。見た感じは20歳前後。表情のない顔は恐ろしいほど美しいけれど、そこから夢の中の王子様の笑顔を想像することはできない。
それでも、こんなに綺麗な人……夢の中の王子様以外にありえない。
特徴的な色合いの髪と瞳。これまで夢の中で何度も何度も見てきた。間違えようもない。
でも、どうして……?
王子様が……わたしの目の前に居る。
わたし……おかしくなったの?
そんなに暑くもないのに、背中にじっとりと汗が張り付く。
彼は涼しげな表情で、渦のように回転する三角錐の物体を左の手のひらに浮かべていた。
「お迎えに上がりました」
彼がそう言った。
とても落ち着いた声。けど、冷たい表情のせいか声まで冷たく感じられた。
「王子……様?」
わたしは無意識に呟く。
「俺は王子ではありません」
彼は真面目な表情で返した。
それは……分かっている……。
わたしだって、別に夢の中の王子様をどこかの国の本物の王子様だなんて、そんな風に思っているわけではない。
どうしていいか分からず、無言で見つめていると、
「記憶がないのですか?」
と彼は尋ね、困ったように少しだけ目を細めた。
「は!? 陽菜、この外人知ってるの? 大体それ何語だよ?」
隣に居る隼人は明らかに動揺していた。
「え?」
「今、そいつと訳のわからない言葉で話してたよね?」
「訳のわからない?」
「自分で気付いてないわけ?」
そういえば彼が話している言葉は、確かに日本語ではない。でも意味が解るし、わたしも何故か自然と話せた。
隼人が急にわたしの腕を引っ張り、王子様からわたしを遠ざける。
「隼人?」
「この外人、絶対普通じゃない。関わらない方がいい」
掴まれた腕から隼人の緊張が伝わる。
わたしは、夢中で首を横に振った。
「……彼は夢の中の王子様だよ」
わたしがそう言うと、隼人はこれ以上ないくらい目を見開き、掴んでいた手を一瞬緩めた。
「そちらの少年は?」
王子様が、隼人を見ながらわたしに尋ねる。
「あの、えっと、彼は幼馴染の四ノ宮隼人です」
わたしは答える。
「あり得ない!! どういうことだよ? 夢の中……の? それに今も俺の名前以外、陽菜が何を話したんだか全然分からなかった」
隼人は険しい表情でわたしを見ている。
突然、王子様が冷たい表情で手のひらを隼人に向けた。
そして、もう片方の手のひらの上の三角錐の回転が速まったかと思うと、急に周りの全ての音が消えた。
「彼が居ると、一向に話が進みません。しばらく時間を止めます」
王子様が言った。
隣の隼人は、口を開いた状態のまま固まっている。
隼人だけではない。見回すと信じられないことに、何もかもが停止していた。
風に靡いた状態のレストランの旗。遠巻きからこちらを見ている人の動き。飛んでいる鳥。落ちようとしている葉っぱの1枚さえも……。
「夢……ではないですよね」
わたしは尋ねる。
「勿論」
王子様は表情を変えずにそう言った。