緊迫した再会
穴から黒く太い紐状の何かが伸びてきて、わたしを抱えたままスサトさんはそれに掴まる。
黒い紐状のものは気持ちの悪い動きでスサトさんとわたしに巻き付き、ゆっくりと上がっていった。
スサトさんは穴から出て宮殿の屋根に降り立つ。
その場所は平面で広く安定していたけれど、決して普段人が立つような場所ではない。
正面に黒い人影。
黒ずくめのそのいでたちに見覚えがある。
彼女たちはトキ王子の……。
「一緒に来ていただきます」
黒いマントを脱ぐと、眼つきの鋭いショートカットの美しい女性がそう言った。
「スサトさん?」
わたしの問いかけにスサトさんは答えず、そのまま彼女たちの方に近づいていく。
「離して!! お願い!!」
スサトさんは相変わらず強い力で、どんなに暴れようとわたしを離してはくれなかった。
「スサト、ご苦労だった。そなたも一緒に来てもらおう」
ショートカットの女性が言った。
わたしはスサトさんの胸に押さえつけられて、前が見えなくなる。
でもきっと、彼女たちは目前。
どういうこと?
やっぱりスサトさんがジェイド王子を裏切ったの?
怖い……。
そう思った瞬間、突然胸のあたりが熱くなった。
そして、熱くなったところから真上に勢いよく光が伸びていく。
なんて眩しい光……。
押さえつけられた状態でも、光の強さだけは分かる。
胸元を見ることができないけれど、光を放っているのはきっとライルさんから預かった護身用のネックレスだと思う。
「スサト、この状況はなんだ?」
突然聞こえた、聞き覚えのある落ち着いた声に心臓が跳ねる。
「……ナギにお戻りになられたのでは?」
スサトさんがわたしを捕らえている力が一瞬緩んだ。
わたしは彼から離れようと、再び逃走を試みる。
でも正面を向いた途端、また腕を掴まれてしまった。
「痛っ……」
「スサト!! セリアに乱暴しないで!!」
側で、また聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。
わたしは、さっきとは逆に背をスサトさんに押し付けられる体勢になった。
けれど今の状態ならはっきりと見える。
上空に浮かんでいるライルさんの姿が……。
隣にクライもいる。
幻なんかじゃ……ないよね……?
「ライルさん。クライ。どうして……?」
わたしの声は自然と震えていた。
「お前が極度な不安や恐怖を感じた時に気づけるよう短剣に魔力を込めておいた」
「今の光……?」
ライルさんは頷く。
「ナギから戻ってきてくれたんですか?」
「馬鹿か……。いくらなんでもこんな一瞬で戻れるわけがないだろう。お前を残して、本当に帰ると思ったのか?」
ライルさんはそう言った。
「セリア……ごめん。怖い思いをさせて。すぐに助けてあげるからね」
クライの声は優しい。
2人とも間違いなく本物だ……。
帰らずに、きっとずっとカナンに居てくれたんた。
嬉しくて、嬉しくて……泣きたくなる……。
黙ってこの状況を見ていたショートカットの女性が、突然こちらに向かって何かを投げつけた。
一瞬でスサトさんとわたしは薄闇の歪んだ空間に覆われる。
わたしは驚いて小さく声を上げる。
「お前たち……。白昼堂々、ずいぶんと卑怯な真似をする」
ライルさんが言った。
「あーあ、もう言い逃れはできないよ?」
クライは彼女たちを指さして言った。
「……なんとでも。本来のやり方に戻しただけだ。こちらは丁寧に招待状まで用意したというのに、姫君は最初から我が殿下に会うつもりすらなかったと見える。全くくだらないことをした」
彼女はそう言うと、自虐的な薄笑いを浮かべた。
「そんなことはありません。わたし、ちゃんとトキ王子に会いに行こうと思ってました」
「ぬけぬけと。口ではどうとでも言える。姫君、そなた、第2王子に懐柔されかかっていたのではないか?」
「懐柔? どういう意味ですか?」
「どちらにしても、もはや体裁や印象などどうでも良い。力尽くで我が殿下のもとに連れて行く」
「そんなことさせない」
クライが答える。
「ライルさん!!」
その時、下からジェイド王子の叫び声が聞こえた。
穴の下……。
きっとわたしの部屋だ。
「先程の強い光で気づきました。セリア姫は? 姫は無事なんですか!?」
遠くから聞こえる、とても必死な声……。
「こちらに」
ライルさんが答える。
「ライルさん、申し訳ないのですが、僕をそちらに上げていただけませんか?」
ライルさんが軽く手を振ると、すぐにキニュちゃんが現れ、迷うことなく穴に入っていった。
キニュちゃんに乗ったジェイド王子は屋根に降り立つ。
「スサト……? あなたは一体何をしているのですか?」
わたしを捕らえているスサトさんに向かって、ジェイド王子が尋ねる。
その声は怒りのためか戸惑いのためか、これまで聞いたことがないくらい低かった。
スサトさんは答えず、わたしを捕らえている手に力を込めた。




