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天井の穴

「本当にこの世界の人は綺麗な人が多すぎてびっくりします」

 わたしは髪を押さえる彼を見ながら呟く。


「何故そんなふうに思うんですか? あなたの方が美しい。僕はセリア姫のことを世界で一番綺麗で、世界で一番可愛いと思っています!!」


 世界……?

 そんな恥ずかしいことを本気で言っているのだろうか?


 わたしは下を向き、即座に左右に首を振る。

 自信なんて持てない。大体、未だにこの姿がわたしだという実感だってない。

 わたしの中のわたしの姿は、どうしたって星川陽菜のままだった。



「あなたを手に入れるということは、世界中の男を敵に回すということです。けれど、この世界のため、何より自分のために、欲深な僕は例えそうなろうとあなたを手に入れるつもりです」

 見上げると、ジェイド王子は真剣な表情をしている。

 わたしはどう返していいのか分からず、いつの間にかまた無意識にドレス越しにライルさんのスカーフに触れていた。


「……あ、でも……その、誤解しないでください。外見の美しさだけじゃなく、僕はあなたの全てが大好きですから。それと、構えないでください。無理にあなたに何かをしようということではありませんし、待ちます。き、嫌われたくないんです。少しでも、仲良くなりたいと思っています。記憶がなくても、えっと、つまり最初から!! 友達からでも!!」

 言葉を詰まらせながら、そんな風に途切れ途切れに一生懸命話す王子はちょっと可愛らしい。

 なんだろう……。

 強引に結婚してほしいと迫っておきながら、一方では友達からでもいいから仲良くなりたいと言う。

 彼の中で、王子様特有の凜とした強さと、少年のような可愛らしさが混在している。

 急に、彼が初対面でのぼせて鼻血を出したことを思い出した。


「……ふふっ」

 失礼だと思いながらも、真剣なときとのギャップが凄すぎて、思わず笑ってしまった。


「やっぱり僕は姫の笑った顔が一番好きです。もうすぐ菜園に着きますよ。菜園の後はフラワーガーデンの方にも回りませんか? アジサイには劣るかもしれませんが、綺麗な花が見られます」

 赤い頰の王子に、わたしは笑顔のまま頷く。


 ふと、見上げた空は眩しい。

 空だけ眺めていると日本と変わらない。

 ライルさんが突然現れた、初夏のあの空と……。

 わたしはここが日本でないことを、そしてずっとわたしを想ってくれていた王子様が今隣に居ることを、改めて不思議に思っていた。




 中庭の菜園にはシュレを始め、色々な野菜が栽培されていて、そこから少し離れたフラワーガーデンでは見たことのない様々な花が咲き乱れていた。

 どれも知らない野菜や花ばかりだったけれど、フラワーガーデンに咲いていた大きな水色の花に見覚えがあった。

 見覚えというより、突然思い出したのだ。

 夢の中のライルさんが、この花に水を撒いていたことを……。

 きっとこの花……。


 熱心に眺めていたら、ジェイド王子が「部屋に飾って下さい」と言い、花を数本摘んでくれた。

 トレメニアという名前の花だった。綺麗なだけでなく香りもいい。水分が多く、花を絞って香水にできるのだと教えてくれた。



 自室に戻り、早速トレメニアを窓辺に飾った。

 部屋中に甘い良い香りが広がる。


 今頃、ライルさんとクライはどうしているだろう?

 空間魔法を使ったなら、すでにナギに戻っているはずだ。

 メルさんには会えたのだろうか?

 昨日別れたばかりだというのに、もう2人に会いたい……。






 カナンに1人残され、5日目の朝を迎える。

 この4日間、ジェイド王子は笑みを絶やさず、ほとんどわたしと一緒に居てくれた。

 こちらの世界のこと、それから向こうの世界のこと、お互いたくさん教え合った。

 ジェイド王子だけでなく、侍女さんたちやスサトさんがとても良くしてくれるから、さすがにこちらの生活にも少しずつ慣れてきたところだ。


 見る限り、ジェイド王子は時間を縫って最小限の仕事はしているようだった。

 それでも今日の午後はどうしても重要な会議があり、一緒に居られないと言われていた。

 当然了承して、わたしは部屋で書庫から借りてきたサイネリアの歴史が書かれた本でも読もうかと思っていた。



 王子と一緒に昼食を取った後、部屋に戻った。

 スサトさんがいつものように護衛として部屋の前に待機してくれている。


 椅子に座って、本を数ページ捲ったときだった。

 気配を感じ、顔を上げると目の前に人が立っていた。

 スサトさんだった。

 ノックはなかったし、それどころか扉を開ける物音さえなかった。


「あの、どうしたんですか?」

 わたしは驚いて立ち上がり、目の前に立つ彼を見上げる。


 これまでにスサトさんがわたしの部屋に足を踏み入れたことは一度だってない。

 スサトさんは黙って、冷たい表情でわたしから本を取り上げテーブルの上に置いた。


「スサトさん? ジェイド王子に何かあったんですか?」

「……何かあるのは貴女の方です」

「え?」

「申し訳ないのですが、それも彼の方の……この国のためです」

 スサトさんはそう言うと、突然わたしの左腕を取ってそのまま抱え上げた。


「急に、どうしたんですか? やめてください!! 下ろして!!」

 抱えられた状態で、わたしは抵抗する。

 けれど、スサトさんの腕は強固でびくともしない。


 違和感を覚えて見上げると、部屋の天井にいつの間にか大きな穴が開いている。

「どうして……?」

 さっきまでこんな穴はなかった。

 穴から青空が見える。

 一体、どういうことだろう。

 この部屋はこの宮殿の最上階ではない。

 階をまたがって穴は空まで突き抜けていた。

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