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それぞれの懐古

「セリア姫、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

 侍女さんに案内された部屋に行くと、ジェイド王子が満面の笑みでわたしを迎えてくれた。

「……はい。眠れました。おはよう……ございます」

 わたしはたどたどしくそう返す。


 ま、眩しい……。

 ジェイド王子は今日も美しい。

 笑顔が綺麗すぎて、なんだか真っ直ぐに見られない。

 わたしは左右に軽く首を振る。


「どうかしましたか?」

「いえ……大丈夫です。何でもありません」

「その薄黄色のドレス、姫によく似合っています。まるで花の妖精のようです。その首にかけているネックレスはずいぶん精巧な作りですね。カナンのものではないようですが……?」


「これは、ライルさんから借りているものです」

「そうでしたか。ライルさんから……」

 ジェイド王子は考えるように視線を下に落とす。

 けれどすぐに、

「朝食にしましょう」

と言って笑った。



 広いテーブルに美しく盛り付けられた様々な料理。朝食にしては、お皿の数が多すぎる。

 そして、わたしの前には馴染みのある三角形の……。

「サンドイッチ?」

 わたしは呟く。


「もしかして、嫌いですか?」

「いえ。向こうの世界で、よく母が作ってくれました。こちらにもサンドイッチがあるんですね。ちょっとびっくりしました」

 そういえば、終業式の日の朝もサンドイッチだった。

 目の前には、映画に誘う隼人がいて……。



「セリア姫?」

「あ、すみません。ぼーっとして……。美味しそう……」

「どうぞ」

 ジェイド王子はそう言って、何故か自分は食べずに嬉しそうにわたしを眺めている。


「えっと、じゃあ……いただきます」

 わたしは、慌ててサンドイッチを口に入れた。

 噛んだ瞬間、その野菜の歯ごたえに驚く。

 思っていた歯ごたえと全然違った。

 美しい緑と赤の野菜。けれどその食感はレタスでもキュウリでもトマトでもなく、それに限りなくよく似た別の何か……。

 シャキシャキというより、シャリシャリに近い。

 味は、甘みと酸味が程よく、とても美味しかった。


「昔、セリア姫にサンドイッチを作ってもらいました」

 ジェイド王子はそう言って、自分の目の前のサンドイッチを手に取る。


「え?」

「僕がジェーンちゃんだったころの話です。あなたの作ったサンドイッチを僕とライルさんとメル姫で食べました。具をいっぱい挟みすぎたみたいで、見た目はこんなに綺麗ではなかったけれど、その時食べた味は忘れられません。とっても……とっても美味しかった……」

 懐かしそうにそう言うと、ジェイド王子は持っていたサンドイッチを品よく口に入れた。


「……ごめんなさい」

 共有の記憶であるはずなのに、やっぱりわたしは自分のしたことすら思い出せない。


「どうして謝るんですか? 謝る必要なんてありません。ただ、幸せだったと伝えたかっただけです。僕がシュレを食べたのは、あの日が初めてでした」

「シュレ?」

「この濃い緑の野菜です。シュレはカナンにはない植物だったので、その時種を持ち帰り、今はこの王宮の中庭でもたくさん栽培しています」


「王宮に菜園があるんですか?」

「ナギのお城ほどではないですが、菜園も庭園もありますよ。興味があるのでしたら、朝食が終わったら一緒に見にいきましょう?」

 ジェイド王子は嬉しそうにそう言った。

 『今日もとても天気が良いので、お二人でお庭を散策されるのもいいかもしれませんね』

 そういえば、さっき侍女さんもそんなことを言っていた。

 わたしは了承して、再び不思議な食感のサンドイッチを頬張った。




 外は本当にいい天気だった。

「王子、そういえばお仕事は大丈夫なんですか?」

 わたしは歩きながら、隣のジェイド王子に尋ねた。


「え? 仕事? この瞬間をずっと夢見てきたのに、仕事なんて手に着くはずもないでしょう!?」

 ジェイド王子は、立ち止まってそう返す。

 ふんわりとした雰囲気から一変したその勢いにびっくりして、わたしは思わず固まってしまった。


「……すみません。でも、本当に公務どころでは……ないですから」

 ジェイド王子はそう言うと、じっとわたしを見つめた。

 スサトさんと侍女さんたちが距離を取って、わたしたちの側に待機している。

 だけど彼は全く気にしていない。

 きっと常に誰かが側にいることは、彼にとって日常のことなのだろう。


 不思議なことに、ジェイド王子はいつまでもわたしを見つめ続けている。

 時間が止まったように目を反らせない。



「……紫陽花……みたい」

 何か話さなくてはと思い、わたしは突発的に思っていたことを口にしてしまった。


「アジ……サイ?」

「あ、急に変なこと言ってすみません。ジェイド王子の色味が、わたしがいた世界の紫陽花という花の雰囲気にぴったりで……」


「アジサイというのは花の名前でしたか。どんな花ですか?」

「綺麗な花です。赤紫とか青紫とか濃い紫、水色、黄色、ピンク、土の成分によっていろんな色の花が咲きます。でも、やっぱり紫陽花といったら紫の印象が強いです。それで細かい花が集まって1つの花になっているんです。雨がたくさん降る梅雨の時季に咲いて、濡れた状態の花はまた色鮮やかですごく美しいんですよ」


「セリア姫はアジサイの花、好きですか?」

「勿論!! 大好きです。家の……あ、向こうの世界のわたしの家の庭にもたくさん咲いていました」


「……そうですか。大好き……ですか。それは良かった。アジサイ、是非、僕も見てみたいです」

 そう言って、ジェイド王子は嬉しそうに微笑む。

 瞬間、風が吹いて、さらさらの薄紫の髪が流れるように彼の宝石のような青紫の右目にかかった。

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