ジェイド王子の話2
「セリアって、人のことばっかり心配しすぎて周りの状況が見えなくなることあるよね」
歩きながらクライがそう言った。
「一生懸命なところ……大好きだけど、心配になる」
「ごめんなさい」
わたしは素直に謝る。
確かに、わたしはこちらに来てから結構思い込みと勢いで動いている。
「謝ってほしい訳じゃないの。これからは特にむやみやたらに、男の人に優しくしたら駄目だよ?」
「むやみやたらにって、さすがにそんなことはしてないよ!!」
「……自覚がないって罪だよね」
クライは呟く。
「え?」
聞き返したけど、彼は笑顔でわたしを見つめるだけだった。
向かっていたのは昨日と同じ部屋。
わたしたちを待っていたジェイド王子に挨拶をして、3人で談笑しながらライルさんを待った。
30分後、ようやくライルさんがやってきた。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
彼はそう言って無表情で頭を下げる。
ジェイド王子は左右に首を振り「大丈夫です」と返した。
「では、皆さん揃ったことですし、カナンの現状についてお話します。ライルさんとクライはすでにご存知のこともあるかもしれませんが、セリア姫に分かるように少し丁寧に話します」
「……よろしくお願いします」
わたしは緊張しながら頭を下げる。
「……っ!! か、かわ……」
「かわ?」
「……いえ、失礼しました。そんなに構えなくて大丈夫ですよ。分からないことは遠慮せずに何でも聞いてください」
ジェイド王子はそう言って、穏やかな笑みを浮かべた。
「まず、カナンの王宮本殿はここ、トリイです。元々は兄もここに住んでいましたが、父が亡くなってすぐミナスに新しい王宮を建てました。今はそちらに住んでいます」
「えっと……トキ王子は新しい王宮に移ったということですか?」
「はい。兄に付き従うたくさんの兵や従者とともに。この古い宮殿が嫌だったのもあるでしょうが、一番の原因は僕と一緒に居たくなかったということでしょうね……」
ジェイド王子は俯く。
「ジェイド王子とトキ王子の関係性は幼いころから変わっていないのですか?」
わたしは尋ねる。
「そうですね。幼いころは一方的に兄に嫌われていただけでしたが、あの事件以降、僕の方の意識も変わりました。表立っては普通に振舞っていましたが、どうしたってあなたをこんな目に合わせた兄を許すことなんてできませんでしたから」
穏やかに話す彼の言葉の端々に怒りが感じ取れた。
「ライルさん、1つ確認したいことがあります」
ジェイド王子は顔を上げ、わたしから見て左の1人掛け用のソファーに座っているライルさんに視線を移す。
ちなみにわたしとクライは昨日と同じ、余裕で2、3人が座れる高級そうな広いソファーに(クライはわたしの右隣)、ジェイド王子はわたしの正面のソファーに座っている。
「戻った時の報告では、セリア姫が居た世界で何者かに追われていたと言っていましたが、姿ははっきりと確認したのですか?」
「いえ……。ですが、最初から俺の後を追っていたのならさすがに気づきます。追手はあの世界に突如現れました。俺の魔力を辿って空間魔法を使ったとしか考えられません」
ライルさんは答えた。
「セリア姫が居た世界には魔術師はどれくらい居るのですか?」
ジェイド王子は、今度はわたしに視線を向けた。
「どれくらいって、1人も居ないですよ。ファンタジーの世界じゃないんですから!!」
わたしは思わずそう返す。
「ファン……タジー?」
「……あ、ファンタジーというのは空想や幻想……想像の世界のことです。妖精とか魔法使いとか、あちらではそういうものは存在しないんです」
「存在しない……。では追手はサイネリアの者で間違いなさそうですね」
「そんなの、トキ王子の手の者に決まってるよ!! オレ、近くで敵だって感じたもん。セリアを奪いに来たって、主だってそう思ったでしょ? なんでジェイド王子も主もそんな回りくどい言い方するの?」
クライが立ち上がって言った。
「……落ち着け。相手は姿を巧妙に隠していた。確証がない」
ライルさんは答える。クライは憤ったままソファーに座りなおした。
「まあ十中八九、兄の手の者です。そこは断定しても構わないでしょう」
ジェイド王子はわたしたち3人を順に見ながらそう言った。
「目的ははっきり分かりません。彼女を奪いに来たのか、はたまた消滅させようとしていたのか」
「消滅!?」
ライルさんの穏やかではない言葉にわたしは叫んでしまった。
「少し考えれば分かるだろう? トキ王子はお前を殺そうとしていたのかもしれない」
「え?」
「その身体に戻る前に。今だって何をされるか分からない。それなのにお前は話してみなければ分からないだとか、何を考えているのか知りたいだとか……自ら進んでトキ王子に会いに行こうとしている。危機感というものがないのか?」
ライルさんは呆れた顔をしている。
「兄は危険人物です。会わせるわけにはいきません。どうしてもというなら、僕も一緒に行きます」
ジェイド王子がそう続けた。




