休息と勘違い
それからわたしたちは、王子とともに夕食を取った。(ライルさんも今回ばかりはさすがに断らなかった。)
クライがジェイド王子と何を話したのか聞いてくるかと思ったけれど、彼は何も聞かなかった。
ただなんとなく元気がないように見えた。
ライルさんの様子は変わらない。
夕食の時はジェイド王子の昔話に無表情で相槌を打っていた。そして、夕食が終わるとふらりと1人でどこかへ行ってしまった。
他の国、ましてや王宮で勝手な行動をとるのはどうかと思ったけれど、わたしに止められるはずもなかった。
ジェイド王子はライルさんのそんな態度に慣れているのかさほど気にしていないようだ。
わたしは食事中からずっとジェイド王子が言ったライルさんの弱さについて考えていた。
ライルさんはここに来る途中、魔力が不安定なせいで自分の瞳の色が安定しないと言っていた。
もしかしたら彼の魔力が弱まることがあるのだろうか?
ずっと一緒に居たクライとは、ジェイド王子が用意してくれたわたしの部屋の前で別れた。
朝、目覚めて部屋の椅子に座っていると、礼儀正しい侍女さんたちが数名やってきた。
わたしの身支度を整えてくれたり、朝食の用意をしてくれたり。とにかく至れり尽くせりで、ナギのお城やハンナとそう変わらない。
そして何か断ろうものなら、返って侍女さんたちに哀しい顔をさせてしまう。
わたしはおとなしく従うことにした。
朝食が済んで、しばらくするとクライが部屋にやってきた。
わたしはクライに笑顔を向ける。
「クライ、おはよう」
「うん。おはよう、セリア。ちゃんと眠れた?」
わたしは笑ったまま頷く。
クライが側にいてくれると、やっぱり落ち着く。
「ジェイド王子のところに行こう? 聞かなくちゃいけないことがたくさんある」
「……そうだね」
わたしは返事をする。
クライは「宮殿の中のことは分かるから」と言って、可愛らしい笑顔で侍女さんたちを下がらせた。
クライと一緒に部屋を出ると、腕組みをしたライルさんが窓辺に寄りかかっていた。
「おはようございます」
わたしはなるべく明るい声で声を掛ける。
「……ああ」
ライルさんは返事をしてくれたけど、なんだかぼんやりとしていた。
「昨夜はどこへ行っていたんですか?」
「別に……」
「具合でも悪いんですか?」
今度は返事がない。
困ってクライに視線を向ける。
「放っておいていいから」
クライはそう言った。
そんなこと言われても放っておけるはずもない。いつもより顔色が悪いような気もする。
そうは見えないけど、ライルさんって案外病弱なのかも……。
弱いってそういうことなのかもしれない。
わたしはライルさんの腕を掴むと、そのまま自分の部屋に連れて行った。
「休んでいてください。あ、寝た方が楽ですよね?」
「……寝る?」
「ベッド、使ってください」
「お前のベッドだろう。なんでお前の部屋に連れてきた?」
「近かったので。とにかく今日は無理しないで寝ていてください!!」
それからどうにか引っ張って、ライルさんを強引にベッドに押し倒した。
「何をする……?」
彼は驚いた顔でわたしを見ていた。
彼の綺麗なグラデーションの髪は乱れ、額の細い銀のリングが露わになった。
「頭、痛くないですか? リングって窮屈だし、そんなものしていたら余計に辛いんじゃないですか?」
「リング? 辛い? ……ああ。全くお前は。……外してみろ」
わたしは「失礼します」と言い、彼の額のリングを持ち上げる。
途端にリングはゴムのように伸びた。摘んだ感触も金属にしては異常に柔らかい。
「何、これ?」
細いリングは伸びるばかりでライルさんの額から全然外れない。
「金属に見えるが、スレアチブという素材で伸縮性があって柔らかい。俺が普段付けているものはお前が付けている装飾品とは違い、イミテーションだ」
ライルさんはそう言うと、呆れた顔でわたしを見た。
瞳の色はエメラルド。
吸い込まれそうな美しい瞳。
「大体、具合なんて……悪くない……」
ライルさんはしばらくしてそう言った。
「え?」
「……さっきから何を勘違いしている。少し考え事をしていただけだ」
え……?
具合……悪くない?
悪く、ないんですか!?
じゃあこの状況、もしかしてわたしはただ、ライルさんのことをベッドに押し倒しているだけ?
「ご、ごめんなさい!!」
「謝らなくていいから、どいてくれ。……別の具合が悪くなる」
「別の具合?」
「主!!」
クライが叫ぶ。
「……クライ!! ごめんなさい。わたし、勝手にライルさんの具合が悪いって思い込んで!!」
「うん。それはいいけど。いいんだけど……。良くは……ないかな。ごめん、セリア。かわいそうだから早く主から離れてあげて?」
「え? あ!! すみませんでした!!」
一気に恥ずかしくなった。
わたしは急いで彼から離れると、隠れるようにクライの後ろに移動する。
ライルさんは、不快そうな顔でベッドから起き上がった。
思いっきり上に乗ってしまっていたから、きっと重かったのだろう。
「クライ、ジェイド王子が待っているんだろう? こいつを連れて先に行け」
「うん」
ライルさんの言葉にクライは頷く。
ああ……ライルさん、絶対に呆れている。
呆れられるだけじゃなく、完全に嫌われるようなことをしてしまった……。
わたしは自分の行動を深く反省しながら、クライと一緒にジェイド王子のもとに向かった。




