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結婚はできません

「え? わ!! 鼻血!! 大丈夫ですか!?」

「あ……すみません。いきなりみっともない……というより、汚いものをお見せして……」

 そう言って、ジェイド王子は下を向いたまま慌てて自分の手の甲で血を拭った。途端に彼の手は血まみれになってしまう。


「汚くなんてないです。それよりそんなこと言ってる場合ですか? 早く血を止めないと!! 頭を高くして横になった方がいいです!!」

 部屋には高級そうなソファーがあるけど、見るからに少し硬そうだ。


「あ、そうだ。このキニュちゃんに乗ってください。ふかふかですし。枕……はないので、えっと、そうだ。わたしの膝でよかったら、どうぞ!!」

「膝で……よかったら……?」

「はい。膝枕……って意味が分からないですよね。あ、膝と言っても実際は太ももで柔らかいので大丈夫です」


「……それは僕の頭をセリア姫の、ふ、ふ、太もも……に乗せるということですか?」

「安静にしていないと鼻血は止まりませんから!!」

「そ、そんなことは……あ!!」

 変な声を上げたと思ったら、ジェイド王子の鼻からまた勢いよく血が噴き出した。


「ちょっとセリア!! 悪化させてどうすんの!!」

 クライが叫ぶ。

「お前は何をやっている?」

 そう言ったライルさんは冷ややかな目でわたしを見ていた。

 なんだかいつもよりも声が低いような……。

 も、もしかして怒ってらっしゃる?

 でも別に、この事態はわたしのせいじゃない!!



 ライルさんはすぐに魔法で新たなキニュちゃんを出し、そこにジェイド王子を座らせると、流れている血をガーゼで拭い、冷たいタオルを鼻に当て適切な処理をした。

 すっかり忘れていた。学習能力がないというか、わたしって馬鹿かも……。

 わたしの側にはいつだって優秀な魔術師が付いている。




 しばらくしてすっかり落ち着きを取り戻したジェイド王子は、あの硬そうなソファーに座った。

 彼に勧められ、わたしたちもテーブルを挟んだ向かいのソファーに座る。

 ソファーは柔らかくはなかったけど、思っていたより硬くもなかった。


「本当に失礼しました。その、のぼせたみたいです。心の準備ができていなかったもので……」

 ジェイド王子はそう言って顔を上げる。彼のほんのり赤い耳にかかる、美しい赤紫色のイアリングが揺れた。


「セリア姫、幻滅させてしまいましたよね。僕はずっと、ずっとこの日を待っていたというのに」

「そんな……全然大丈夫です。逆に、好感が持てました。第一印象、綺麗すぎて近寄りがたい感じだったので……良かったです」


「良かった?」

「あ、違います。鼻血を出したのが良かったというわけじゃなくて、王子様が話しやすそうで安心したってことです」


「変わらないですね、あなたは。何も覚えてないと聞いていたので心配しましたが、本当に変わらない」

「そうだよね。全然変わってないよね」

 すかさずクライが同意する。

 2人の声は明るい。


「それっていいこと?」

「「勿論」」

 ジェイド王子とクライは同時に言った。



 綺麗な侍女さんたちが飲み物や色とりどりのお菓子を運んできて、目の前のテーブルは一気に華やかになった。

 喉が渇いていたので飲み物を一口飲む。

 スワリとは違うけど、とてもいい香りのするお茶だった。味は甘くてミルクティーに似ていた。


「あの、小さいころ一緒に遊んでいたならジェイド王子も幼馴染ってことですよね。ライルさんやクライとも仲が良かったんですか?」

「殿下に恐れ多いことを聞くな」

 わたしの左横に座るライルさんがそう言った。


「ライルさん、先程から気になっていたのですが、どうして姫にそんな話し方をするのですか?」

 ジェイド王子が不思議そうに尋ねる。

「許可を得ましたので。いえ……。そうですね。大変失礼しました。これからセリア姫を殿下の妃として敬います。セリア姫、どうぞこれまでのご無礼をお許しください」

 ライルさんはそう言ってソファーから下りると、わたしに向かって跪き、機械的に頭を下げた。


「やめてください!!」

 わたしは叫んでいた。


 殿下の、妃……。

 はっきりと言われたのは初めてだ。

 ライルさんにとってわたしは護衛の仕事の対象。何の感情もない。

 分かっていた。

 分かっていたけど、そんな言葉……聞きたくなかった。わたしに頭なんて下げてほしくなかった。


「ごめんなさい。叫んだりして。でも、ライルさんには今まで通りでいてほしい。だって、今まで一緒にいてくれたライルさんが本当のライルさんでしょう? 今更、そんな話し方されても困ります」

 ライルさんは何も返事をしなかった。


「ライルさん、セリア姫が望むのならそうしてあげてください。僕に遠慮はいりません」

 ジェイド王子がそう言った。

「……分かりました」

 ライルさんはため息をつく。

「お前、本当にそれでいいんだな?」

 彼の言葉にわたしは頷いた。



「わたしがジェイド王子の婚約者だというのは本当なんですね」

「はい」

 ジェイド王子は即答する。


「そう……ですか。わたし、知らないことが多すぎます。だからまずいろいろと話を聞くのが先だと思います。でも、それでもどうしても言っておきたいことがあります」

「……どうぞ」

 王子は真剣な顔でわたしを見つめている。


「わたし、あなたと結婚するつもりはありません。結婚はできないんです」

「セリア姫?」

 ジェイド王子は驚いた顔でわたしを見ていた。


「セリア!! どうして!? まだ何も話を聞いてないのに!!」

 クライが言った。

「クライ、いいんです。ライルさん、クライ、少しセリア姫と2人だけで話をさせてもらえませんか?」

 ジェイド王子は考えるようにそう言った。

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