紫陽花色の第2王子
「セリア、ありがと」
クライがわたしの側で笑って言った。
「え? 何? クライ、どうしたの?」
「嬉しいはずなのに、主が言わないからさ。代わりに」
「勝手に決めるな。余計なことを……」
ライルさんはそう言うとクライを睨んだ。
「でもさ、いきなり何の前触れもなくキニュレイトに乗ったりしたら、セリアが驚くのも無理ないよ。危ないでしょ!!」
「クライ、お前も乗れ」
「は? 主こそ1人だけで勝手に決めないで、どうするのか先に言ってから動くようにしてよ」
「言わなくても大体分かるだろう」
ライルさんは冷たく返した。
クライは呆れた顔でわたしたちが座っているキニュちゃんの端のほうに座る。
どうやらもう言い返すことを諦めたらしい。
そこでライルさんは唐突に右手を出し、空間に穴を開けた。
今、わたしたちは美しい光の魔法陣ではなくふかふかのキニュちゃんに乗っている。でも彼の動作はカナン国まで来た時と全く同じだった。
「ええ? 空間魔法!? 大した距離もないのに横着だよ。魔力の無駄遣い!!」
クライが叫ぶ。
ライルさんはお構い無しに描いた円の穴を拡げ、わたしたちはキニュちゃんごと穴の中に入った。
目の前に突如現れた建造物……の門の前に居る。
建造物まではかなり距離があるのに、その威圧感といったら半端ない。
見紛うことなく宮殿だった。
ライルさんはキニュちゃんから飛び降りて門に近づく。
門には兵士のような人が等間隔に数名並んでいた。でも先程のゲートに居た兵士とは明らかに違う。彼らは白を基調とした服装で、全員剣を腰に差している。兵士というより剣士と言った方が正しいのかもしれない。
「ライル様、今、どこからお見えに……?」
剣士の1人がそう聞いた。よく見ると、この剣士だけ腕に刺繍を施したような腕章をつけている。
年齢は30代後半くらいで、ダークグレイの落ち着いた品のある髪色をしていた。
「スサト、空間魔法なら何度も見ているだろう?」
ライルさんが言った。彼はスサトさんというらしい。ずいぶん年上の方なのに、そんな物言いで失礼なんじゃないかと心配になる。
「申し訳ございません。今日はいつもと違って見えましたので……。勿論、国境ゲートの方から通達は受けております」
スサトさんはそう言った。
「ジェイド殿下は宮殿におられるか?」
「はい。ですが、只今の時間は参謀殿らと会議中です」
「待たせてもらうが構わないな」
「勿論です。すぐにお部屋にご案内いたします」
「別に案内など必要ないが、まあそうもいかないだろうな」
「はい……。誠に申し訳ございません」
わたしたちはそう答えたスサトさんに続いて門をくぐった。
キニュちゃんは前を歩くスサトさんとライルさんから大分離れて移動している。
そして、スサトさんは先程からわたしとクライを全く見ていない。
もしかしてキニュちゃんって未だに透明のまま……?
わたしは不安になり、斜め後ろに座っているクライに声を掛ける。
「クライ、キニュちゃんに乗っているわたしたちってやっぱり見えてないの?」
「そうだよ」
「なんか王宮に勝手に忍び込んでるって気がするんだけど、大丈夫かな?」
「んー、宮殿の人全員を信用できないから、とりあえずジェイド王子に会うまではこのままの方がいいと思うの。多分怒られはしないよ」
クライはそう言うと、わたしを見て微笑んだ。
しばらく宮殿までの見事なアプローチが続いた。
そして宮殿内の長い廊下、長い階段を通って重厚な扉の部屋に辿り着く。
部屋の中は広く家具も豪華だけど、もうこちらの世界に来てからずっとそんな調子だから一つ一つに驚いてはいられない。(宮殿の外観からある程度想像できたということもある。)
「ライル様、こちらでお待ちください」
スサトさんが言った。
このタイミングでキニュちゃんから降りてもいいだろうと思い、わたしは立ち上がる。
クライがわたしの腕に触れ、ゆっくりと横に首を振った。仕方なしにわたしはキニュちゃんに座りなおす。
少し待っていると、部屋に青年が飛び込んできた。
「ライルさん!!」
「ジェイド殿下、会議中ではなかったのですか?」
「早々に終わらせました」
どうやらこの青年がジェイド王子らしい。
女の子には見えないけれど、繊細な感じのとても綺麗な人だった。
髪は淡い薄紫、瞳は青紫。長めの髪のせいで片目が少し隠れている。
服装はスサトさんと同様白を基調としているものの、揺れる美しいイアリングや腕輪など、装飾品は全て紫系の色で統一されていた。
不意に自宅の庭に咲いていた紫陽花の花を思い出す。こちらに連れてこられてまだ数日しか経っていないはずなのに、なんだか遠い昔のように感じられる。
それにしても、こちらの世界には色合いから造形からとんでもなく美しい人が多くてびっくりしてしまう。本当に美男美女ばかり……。
「ライルさん、セリア姫をお連れしていないところを見ると、何か問題があったのですね」
ジェイド王子がそう言った。
「カエヒラさまの管轄のゲートを壊されたり、刺客に追われたり、まあいろいろあったの。でもとりあえずは大丈夫!!」
ライルさんの代わりに返事をしたクライは、キニュちゃんから勢いよく飛び降りる。
「クライ、久しぶりですね。あなたまで一緒に来ているとは……。それでは今、どなたがセリア姫の護衛を? 彼女は無事なのですか?」
「ふふっ。ちょっと待ってて」
そう言うと、クライはわたしが乗っているキニュちゃんに手をかざして何か呟いた。
「じゃじゃーん!! 実はセリア、ここに居るの。連れてきたよ!!」
「え……?」
驚いたジェイド王子はわたしを見つめた。
「……あの、突然不審者みたいに現れてすみません」
謝りながら、わたしもジェイド王子を見つめる。
「……っ!! セ、セセ、セリアっ!?」
動揺しているのか、ジェイド王子の美しい顔は異常なほど赤くなっていた。
「……そんな、い、いきなり、無理……。可愛すぎるし……僕を……見ている……」
そう言って彼は俯く。
途端に彼の左の鼻から、この場にそぐわない赤い血がぽたぽたと零れ落ちた。




