キニュレイトは生き物?
ライルさんは重いはずのわたしを抱えたまま平然と歩き始める。
だから……荷物じゃないんですけど。
「ライルさん、歩けます!! 下ろしてください!!」
何度やってるんだろう、このやり取り。聞きたいことがあるのに、こんな体勢ではまともに話をすることすらできない。
「……ああ」
ライルさんはそこで初めて気づいたかのように、ゆっくりとわたしを地上に下ろした。
長時間抱えられていたせいか、地面に足が着いた途端にふらつく。
ここは小高い丘になっていて、美しい町並みが遠くに見える。周りに人影はない。
「あの、ここはカナン国ですか? これからどこに行くつもりですか?」
「ゲート」
ライルさんは面倒くさそうに答える。
「正規のルートで来てないから、このまま入ると疑われるの」
クライがわたしの目の前に来てそう言った。
そして更に続ける。
「ここはね、アサナの国境に近いカナンのトリイだよ。ジェイド王子の管轄」
「確かに王宮があるトリイは彼の管轄ではあるが、この都市の民は中立派がほとんどだろう」
ライルさんが言った。
「……中立派?」
わたしは聞き返す。
「勿論ジェイド王子とトキ王子のね。国王になるのに、相応しいのはどっちか? どっちを支持するかっていう話」
「まあ、派閥だの支持だの外野がどうのこうの言ったところで無駄だがな」
ライルさんは冷たく言い放つ。
「だって選ぶのは国民じゃなくてセリアだから」
クライがそう続けた。
そうだった。とんでもないことになってるんだった。
王位継承……。
カナンの王様は一体何を考えてそんな遺言を残したんだろう。アラクネさんの罪を償わせるためにって話だったけど、全く意味が分からない。
償いになんてなってない。逆に大迷惑なんですけど。
絶対に断らないと……。
ジェイド王子には、好きでもない人と結婚なんてできないっていう単純な理由より、わたしの選択で国が左右してしまうのは大問題だということを真剣に訴えかけた方がいいかもしれない。
次の国王は、選挙でもなんでもしてこの国の人たちが決めればいい。
「セリア、乗って?」
気付くと目の前にあの魔法の絨毯が浮いていた。
「キニュレイト?」
わたしは呟く。
そっと触れると、あの時と変わらないふかふかの手触り。
「なんか久しぶりだね、キニュレイト……」
キニュレイトは波打つと、わたしの体をすっぽりと包んだ。
「え? もしかしてキニュレイトって生きてるの?」
「あーー、生き物ではないよ。なんかセリアに懐いちゃったね……」
クライは困ったようにライルさんを見上げた。
「気味が悪い。引っ込めろ」
ライルさんが言った。
「ええ? だってセリア、ドレスだし装飾も重くて歩きにくいじゃない」
クライの言葉に返事をせずに、ライルさんは黙って右手を振る。
すぐに同じ魔法の絨毯が現れた。
「キニュレイトが、もう一つ……?」
わたしはクライが出したキニュレイトに巻かれたまま、ライルさんが出したキニュレイトを見つめる。
絨毯の形をしているキニュレイトはしばらくわたしの前に浮いていたけれど、くるくると回り、結局クライが出したキニュレイトに混ざって一つになってしまった。
「どういうことだ? クライ、なんでさっさと引っ込めなかった」
「うっわー、責任転嫁。どう見たって主が出したキニュレイトの方が異常でしょ!!」
「本当に気味が悪いな。やはり抱いて飛ぶか」
ライルさんはそう言うと、ゆっくりわたしに近寄ってきた。
彼は右手をキニュレイトに翳す。キニュレイトは抵抗するように更にわたしに巻きついた。
「あの……ライルさん、消さないでください。わたし、このキニュちゃんに乗せてもらいます」
「キニュ……ちゃん?」
「さっきクライ、キニュちゃんは生き物じゃないって言ったけど、ぐにょぐにょのときもふかふかのときも優しいし、それになんか……そう!! なんか可愛いし!!」
わたしは巻き付いているキニュちゃんを再び撫でる。
キニュちゃんは喜んでいるように見えた。
「キニュレイトが……可愛い?」
ライルさんは考え込んでしまった。
クライはわたしたちのやり取りを見て笑っている。
「もう主、諦めなよ。別にキニュレイトがセリアに何するってわけじゃないしさ。早くゲートに行こう? このまま突っ立ってたってジェイド王子には会えないよ?」
「分かっている」
ライルさんはそう言うと、不満そうな顔でキニュちゃんに向かって何か呟き、その後自分はふわりと宙に浮いた。地面から1メートルほど。
わたしに巻き付いていたキニュちゃんは嬉しそうに勢いよくわたしの下に潜り込み、ライルさんと同じ高さまで浮上した。
クライもいつの間にか浮いている。
ライルさんとクライはゆっくりと飛んで、わたしを乗せたキニュちゃんも彼らの後に続いた。
少し移動すると、背の高いクリーム色の建物が見えた。
建物の前でライルさんとクライは地上に下りる。
わたしもキニュちゃんから降りようとしたけど、「セリアはそのままでいいから」とクライに止められてしまった。
建物の門の前には、兵士のような人が2人立っていた。
門は開かれている。
「ライル様、クライ殿、ようこそいらっしゃいました」
「お待ちしておりました」
兵士たちはそれぞれそう言った後、ライルさんに向かって恭しく頭を下げた。




