第1王子からの招待状
「話をよろしいか」
黒ずくめの人物の1人が、そう言って黒いマントを脱いだ。
短く揃えた薄茶の髪にオレンジの瞳。
意外にも美しい女性だった。ただその眼光は異常に鋭い。
「話……ですって? 不法侵入者が何を言うの?」
メルさんが返す。
「こうでもしなければ、セリア姫にお会いすることも叶わないではないか」
「お会いも何も……あなた達、今まで何度セリアの身体を奪いに来たと思っているのよ」
「本日は招待状をお持ちしただけ。トキ王子殿下より、直接セリア姫に渡すようにと言われている。勿論、彼女に危害を加えるつもりはない」
そう言うと、彼女はわたしを横目で見た。
「今更……どういうつもりだ」
ライルさんが言った。
「トキ殿下もセリア姫の正統な婚約者。目覚められたのならこれまでの経緯はさておき、まず一度殿下ときちんと会われるのが筋だろう」
「これまで筋を通さないやり方をしてきたのはそっちじゃないの!!」
メルさんは声を荒げる。
「……それは、トキ殿下の意思ではない」
「襲撃が……トキ王子の意思ではない? また……なの? そんなこと許されるの? あなたも……アラクネと同じなのね」
「私はアラクネとは違う。セリア姫を陥れようなどと思ってはいない」
アラクネ?
わたしを陥れる……?
何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。
でも、聞き返したくてもそんな状況ではなく……今のわたしにできるのは、情報を得るために漏らさず2人のやり取りを黙って聞いていることだけだった。
「とにかくナナハン王家の意思かは知らないが、ジェイド王子殿下とのみ会わせて婚儀を行うなど依怙贔屓も甚だしい」
侵入者が言った。
「……贔屓もしたくなるものです」
メルさんは冷たく返す。
侵入者がわたしに視線を移した。
「セリア姫、そなたの問題だ。よく考えてほしい。トキ殿下を支持するカナン国民は、一方的な選択など許しはしない。婚儀は政権に関わる。単純に両殿下にお会いして決めるべきだと言う話、分かるだろう?」
彼女はそう言って、少し離れた場所から招待状らしき封筒をわたしに差し出す。
それを横からメルさんが奪った。
「言いたいことは分かりました。今すぐお引取りを」
「これからトキ殿下にお会いになるなら我々が同行する」
「いいえ。まだ会うと決めたわけではないわ。それに、会うとしてもジェイド王子が先です」
メルさんはきっぱりと言った。
「……順序は任せよう。トキ殿下はそんなに器の小さいお方ではない。セリア姫、我々は先に戻りトキ殿下とともにミナスの王宮で待っている」
彼女はそう言って軽く頭を下げると、すぐに波打つ穴に落ちた。
それから2人の黒ずくめの人物も彼女に続く。
「本当に、なんて勝手な話……」
穴が塞がり、彼女たちの気配が完全に消えた後、メルさんが呟いた。
「でも、こうなればそれほど急ぐ必要もなくなりましたね」
ライルさんが言った。
「ミナスの王宮……行くの?」
クライがライルさんに尋ねる。
「私は反対よ。セリアをトキ王子に会わせたくない」
メルさんは言った。
ライルさんは考え込んでいる。
「……現在、代理とはいえカナンの実権を握っているのはトキ王子です。俺たちは単純に考えすぎていたのかもしれません。確かにあの侵入者の言うように、この状態でセリア姫が一方的にジェイド王子を選んだなどと噂が広がれば、今以上にカナンの内部抗争は激しくなります」
ライルさんはそう言って目を伏せる。
「けれど、トキ王子にしたって国民にしたって、前王の遺言には当然従うべきでしょう?」
メルさんが言った。
「それは従うでしょうが、一方的となればセリア姫が非難されます。トキ王子を支持する国民は半数以上。アラクネのことも今となっては、みな彼女の独断の犯行だと考えているようです」
「私は……信じないわ。トキ王子から魔性の力を確かに感じたのよ。あれが綺麗なものであるはずがない」
「2人とも……。セリアが困ってるの。ちゃんと説明してあげて」
クライが言った。
わたしはクライに同意する形で、こくこくと小さく頷く。
「セリア、ごめんなさい。そうね……説明が必要よね。いったん座りましょう」
メルさんが言った。
ライルさんが軽く手を振る。
広い部屋の中央に、突然大きなテーブルと椅子が並ぶ。何度か見た光景。
クライはわたしを椅子に促すと、速攻で隣に座った。
ライルさんはわたしの斜め向かいに、メルさんはわたしの前にそれぞれ座る。
まるで襲撃される前に戻ったみたい。
ライルさんの瞳はエメラルド。その色さえあの時と同じだった。
4度のノック音。
シンリーさんがお茶を運んできた。
侵入者に鉢合わせしなくてよかったと思う。
宿の人たちに迷惑や心配をかけたくない。
「セリア、もう逃げなくていいの。魔法も使える。安心してね」
クライがわたしを見て微笑む。
「油断ならないわ。安心させておいて、何をしてくるか分からないじゃない」
「メル姫さま、あんまりセリアを脅かさないで」
クライは眉を顰めて言った。
「メル姉、話を聞いていて気になったんですけど、もしかして15年前にわたしの魂を飛ばした魔術師がアラクネさん……ということなんでしょうか?」
「ええ、そうよ。トキ王子に魅入られたカナン国最強の魔術師、それがアラクネよ」
そう言ってメルさんは、シンリーさんが淹れてくれたお茶を一口飲んだ。




