終業式の朝
目覚まし時計の音で目が覚めた。
今日も王子様は綺麗だったな……と思いながら。
胸のあたりがまだ温かい。
わたしは制服に着替えると、洗面台で身支度を整えて1階に降りた。
ダイニングでは幼馴染の隼人が、眠そうな顔でサンドイッチを食べていた。
「また、なんで家で朝ごはん食べてんの?」
わたしは驚くこともなく、隼人にそう尋ねる。
「ダメ?」
彼は面倒くさそうに返す。
「ダメってわけじゃないけど……」
「陽菜、おはよう。まったく挨拶もしないで何、朝から意地悪いこと言ってるの? 昨日から小絵ちゃん出張なのよ。隼人くん、気にしないで夜ご飯も食べにきてね」
母はそう言いながら、わたしの分のサンドイッチをテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
隼人は、わざとらしく丁寧に母に頭を下げる。
小絵ちゃんっていうのは(わたしも小絵ちゃんのことは、小さいころからずっと小絵ちゃんって呼んでいる。)隼人のお母さん。
有名なファッションデザイナーで、いつも忙しく国内外を飛び回っている。
それで家のお母さんと小絵ちゃんは、中学時代からの親友。家もお隣さん同士だから、隼人は昔から自分の家のようにしょっちゅう我が家に入り浸っている。
「怜ちゃん、今日終業式で早いから学校帰りに陽菜と映画観てきてもいい?」
わたしがテーブルに着くと、待っていたかのように隼人が言った。(ちなみに隼人は母のことを怜ちゃんと呼んでいる。母は怜美って名前なので。)
「映画かー。いいわね。そっか。終業式なら今日、通知表貰ってくるんじゃない?」
母は何故か楽しそうに笑っている。
隼人もわたしも特に返事はしない。わたしの成績はそこそこで、隼人は心配する必要がないくらい頭がいい。
「帰り、少し遅くなるかも」
隼人が母に言った。
「んー、いいけど。あんまり暗くならないうちに帰ってきてね。夜ご飯は隼人くんの好きなもの作るから!!」
隼人は頷く。
母は、昔からやたらと隼人に甘い。それは、1人娘のわたしより隼人を可愛がっているんじゃないかって思うくらい。(その分、小絵ちゃんはわたしを可愛がってくれてるけど。)
母の依怙贔屓(?)は勿論、大事な親友の息子ということもあるんだろうけど、彼がとんでもないイケメンだからじゃないのかなって、若干疑ったりもしている。
「あのー、そもそも一緒に映画に行くって言ってないんだけど……」
わたしは、抗議のつもりで小さく手を上げた。
それがこれまでの2人の会話を、根本から覆す台詞だということを自覚しつつ。
「え? だってシリーズの最新作、観たいって言ってたよね?」
「……別に、隼人と行くとは言ってない」
言った後、彼を見ずに素早く100パーセントのオレンジジュースを一口飲んだ。
「陽菜、なんでそんなまた意地の悪い言い方するの? 折角、隼人くんが誘ってくれてるんだから、仲良く一緒に観に行ったらいいじゃない!!」
母は案の定、隼人の味方をする。こうなれば、わたしは完全に悪者……。
でも、わたしだって別に意地悪やツンデレ気取ってそんなことを言っているわけではない。そもそも、仲良く……というのが問題なのだ。
わたしには、隼人と2人きりになりたくない理由がある。
学校に着くと隼人と別れ、速攻で自分のクラスに向かった。
「陽菜ちゃん、おーはよっ」
教室に入った途端、仲良しのすずちゃんが声を掛けてきた。
「おはよ。すずちゃん、早いね」
すずちゃんは今日も大きなヘアバンドをしている。
彼女曰く、何かしら頭に飾り物を(?)つけていないと落ち着かないらしい。
「たまにはね。今日も四ノ宮くんと一緒に学校、来たの?」
四ノ宮というのは隼人の名字。すずちゃんだけではなく、大抵の女子が隼人を名字で呼んでいる。
彼は何故か、女子に下の名前で呼ばれるのを極端に嫌がる。
「うん、まあ……」
わたしは曖昧に返事をした。
「四ノ宮くん、昨日彼と同じクラスの 女子に告白されたらしいよ? なかなか勇気ある子だね。陽菜ちゃんの存在を知らないはずもないし」
すずちゃんが言った。
「……別にわたし、隼人の彼女でもなんでもない」
「うっわー、冷たい。冷たいわ……。四六時中、四ノ宮くんを独占しておいてそういうこと言いますか!?」
……痛いところを突かれる。
独占なんて、勿論そんなつもりはない。でも、他の人からそう見えてしまっているのは分かっていた。
「だから入学早々、学校一のイケメン、四ノ宮隼人を振り回す魔性の女……とか言われちゃうんだよ?」
「うぅ」
わたしは低い声で呻く。
「それが嫌なら四ノ宮くんの気持ち、ちゃんと受け入れてそろそろ正式な彼女になってあげたら?」
「それは……無理……です」
思わず丁寧語で返してしまう。
「全く贅沢だよ!! 私にあんなパーフェクトな幼馴染が居たら、喜んで付き合っちゃうのに!! 四ノ宮くんのどこがダメなの? 四ノ宮くんがダメなら、もうこの学校……いや世界中どこを探したって理想の男の人なんて現れないよ?」
すずちゃんはオーバーなくらい大袈裟に腕を振り、呆れた顔でそう言った。
それはよく分かっている。
彼女の言うことはもっともだった。