お風呂に入りましょう
扉の前に居るクライに声を掛けて(すぐだったから、体は大丈夫なのかって散々聞かれたけど)お風呂に行くことにした。
長く広い廊下に、女の子が3人ほど待機していた。その中にさっき案内してくれた女の子の姿がある。
彼女がわたしの前で一礼する。
「セリア姫様、先程は当宿のスタッフが大変失礼いたしました。私、セリア姫様を担当させていただきますエチカと申します。後ろに居ますのは、キイロとマニです。私ども、精一杯セリア姫様をお世話させていただきたいと思いますので、どうぞご遠慮なく何でもお申し付けくださいませ」
彼女はそう言って再び頭を下げた。同時に後ろの2人も頭を下げる。
エチカさんは見た目も声も可愛らしいのに、すごくしっかりしていた。
「こちらこそよろしくお願いします。あの、これからお風呂に行きたいって思っていて……」
「畏まりました。実はセリア姫様のお部屋に広めのお風呂が付いておりますが、当宿自慢のもっと広い浴場がございますのでそちらをご案内いたします。勿論貸切ですのでご安心くださいませ」
エチカさんはそう言って、にっこり笑った。
「オレも入ろっかな」
クライが言った。
「クライ様はご遠慮くださいませ。いくら護衛で可愛らしいお姿とはいえ、さすがに破廉恥かと……」
「は? セリアと一緒に入るなんて言ってない!! そんなことするわけないよ!! ちゃんと男湯の方に入るから!!」
「そうでしたか……。それは……大変失礼致しました」
エチカさんは両手で頬を押さえ、ぺこぺこと何度も頭を下げている。
確かにクライは髪が長くて女の子みたいに可愛らしい。でも、ふと見せる愁いを帯びたクールな表情、わたしを守ってくれるときに見せる勝ち気な表情、ちゃんと男の子だって感じる。
やっぱり一緒にお風呂には入れない……。
「ごめんね、クライ……」
「だから、分かってる!! なんでそこでセリアまで謝るの? 大体オレ、セリアに一緒にお風呂に入ろうって言われる方がショックだよ!!」
わたしは必死なクライが可愛くて(結局可愛い)思わず笑ってしまった。
廊下の途中でクライと別れて、エチカさんたちと女湯に向かった。
クライは1人でふらふらと男湯があると思われる方に歩いて行く。
場所……分かるのかな?
「エチカさん、クライを案内してくれる方は居ないんですか?」
わたしは彼女に聞いた。
「ライル様からきつく言われました。ご自分とクライ様には、一切世話をする者をつけるなと」
「……そう……なんですね」
双子の女の子がライルさんの周りで燥いでいた光景を思い出す。
エチカさんの返答に安心してしまった自分がなんだか情けない……。
お風呂は当宿自慢と言うだけあって、それはとてもとても広く、豪華で美しかった。
でもそんなことより、吃驚したのはエチカさんたちがわたしの服を脱がせたり、お風呂の中まで付いてきて体を洗おうとしたりしたこと。
……どれだけお世話してくれるの?
ライルさんじゃないけど、さすがに強めに断った。
親しみ慣れた自分の身体じゃないことはあえて気にしないようにした。
気にしたらどうしたってまた星川陽菜のことを、日本のことを考えてしまう。家族や隼人のことを思い出してしまう。
今はできるだけメルさんやみんなの気持ちに応えたかった。
お湯の種類は多く、乳白色のお湯、桜色のお湯、黄金色のお湯、薬草のお湯、泡だらけのお湯。
それに少し不思議……。
ソーダ水みたいなお湯、シャボン液のように色が変化するお湯、香りが甘いお湯、深いのに絶対に沈むことのないお湯。
わたしは誰も見ていないのをいいことに、その沈まないお湯の中でゆらゆらと浮きながら目を閉じる。
ふんわりと包み込まれるような感覚は少しだけキニュレイトに似ていて、お風呂から上がると体が軽くなっていた。
もしかしたら魔法のお湯だったのかもしれない。
更衣室に(更衣室というには、そこも異常に広すぎる空間だけど)用意されていた柔らかい素材の着替え。サイズがぴったりだった。柔らかいけど、元々着ていたネグリジェみたいな服より大分生地が厚くてしっかりとしている。
元の服のポケットからライルさんのスカーフを出し、隅の方に小さめの洗面台があったのでそこで丁寧に洗った。
部屋に戻ろうと廊下に出ると、エチカさんたちが駆け寄って来た。
「大事はありませんか?」
エチカさんが言った。
「え?」
「ご希望とはいえ、お一人にさせてしまい心配で……」
「髪が濡れたままですわ」
キイロさんが言った。
「まあ!!」
マニさんが大きな声を出す。
「こちらへどうぞ」
わたしは、慌てて案内してくれるエチカさんの後に続く。
エチカさんはお風呂場の入り口から10メートルほど廊下を歩いて、小さな扉の部屋に入った。
中はこれまた広く、メイクルームのような部屋だった。
「実は浴場からも繋がっております」
エチカさんは言った。
そういえば確かにさっきの更衣室には扉がいっぱいあったし、お風呂場にも(広すぎて奥まで確認しなかったけど)扉のようなものが付いていた気がする。きっとそのどれかがこの部屋に繋がっていたのだろう。
わたしは豪勢な椅子に座らされ、すぐに髪を乾かしてもらい、クリームだとかスプレーだとか色々美容のための(?)ケアをしてもらう。
ついでに洗ったスカーフもマニさんに乾かしてもらった。(マニさんは簡単な魔法が使えるらしく、それはもう本当にあっという間だった。)
部屋を出ると、クライとライルさんが廊下に立っていた。
「セリア、お風呂楽しかった?」
クライがわたしに近づいてきて聞いた。
2人ともさっきと服装が変わっている。
「うん。色んな種類のお風呂があってすごく楽しかったよ。クライはもう入ったの?」
「うん!! あ、主もね、一緒に入ったの」
「そうだったんだ……」
ライルさんを見ると、乾かしていないのか髪が濡れていた。緑色の部分が普段よりずっと濃く綺麗に見えた。
というか、この尋常じゃない色気は何?
……直視できない。
「顔が赤い……。具合が良くなってないんじゃないのか?」
ライルさんがそう言って近づく。
わたしは固まって……俯いた。
差し出されたライルさんの手のひらは、わたしの額に。
「熱いな」
彼は呟く。
「……全然……具合……悪くないですから……」
わたしは返した。
「のぼせたのか? お前、なんかいい匂いがするな」
ライルさんは、腕を組んで上からわたしを眺めている。
やめて……。
そんな近くでじっと見ないで。
……もう……倒れそう。
「主ー。主がいつも威圧的だからセリア、きっと緊張しちゃうんだよ」
クライが困ったようにそう言った。
自分の心臓の音が妙にうるさい。
確かに緊張はしている。




