王室御用達隠れ宿ハンナ
「セリア姫……? いつの間にそんなに遠くに……? 今一度、お側でその美しいお顔を拝見させてください」
そう言いながら、距離を取ったはずのコレットさんが赤い顔をしながらふらふらと近寄ってくる。
「は? ホントいい加減にしてよね!! 基本的にコレットは綺麗な女の人なら誰だっていいんでしょ? 誰に興味持とうが関係ないけど、セリアにだけは近寄らないで!!」
クライは、わたしの前で目一杯両手を広げてガードした。
「ああ、クライ殿……。いらっしゃったのですか?」
「さっきからずーっと居るけど?」
クライは呆れた声でそう返す。
「……失礼ながら先程のお話ですが、綺麗ならば誰でもいいということはありません。私は外見だけではなく、その女性の内面の美しさも一瞬で見抜いているのです。片方だけの美しさは不完全なもの。私がそういった方に惹かれることは決してありません。私は常に完璧な恋のパートナーを探し続けるさすらい人。いえ、誤解されないでください。私が心に想うのは節操を持って常に10人までと決めております。そしてその最高峰が今この瞬間、セリア姫になったというまでのことです」
「さすらい人……? 何言ってんだか全然分かんないよ。でも、とにかくセリアがコレットの恋のパートナーになることなんて死んでもないんだからね!!」
「それは当然です。重々承知しております。ですから結局、今のところ僧侶のように生きるしか私に残された道はありません。セリア姫を只管想って暮らします」
コレットさんは自分に酔っているかのように右手を胸に、目を閉じていた。
「……セリアのことは忘れて、2番目の人と幸せになったら?」
「現時点での2番目はメル姫です」
「分かった。もう僧侶のように生きて……」
「クライ、いつまでコレットの馬鹿馬鹿しい話に付き合っている気だ?」
ライルさんが言った。いつにも増して冷ややかな目をしている。
「今からどちらへ?」
コレットさんがライルさんを見ながら尋ねた。
「……アサナへ向かう。船は出航できるか?」
「今すぐですか?」
「いや、あと40時間ほどはメル姫を待つ。その後だ」
「メル姫を? ……分かりました。準備を進めておきます」
コレットさんは真剣な表情でそう返す。
「それと、現時刻をもって全てのゲートを通常に戻せ」
ライルさんが言った。
「そうしていただけると大変ありがたいですが、セリア姫がコルハにいる状態でゲートを戻して本当に大丈夫なのでしょうか?」
「閉鎖していたところで意味はない。もう敵にはとっくに侵入されている」
「なんと!? 私は何の報告も受けておりません。一体どちらのゲートから?」
「……把握していない」
ライルさんが答えると、コレットさんは大袈裟なくらい頭を抱え込んだ。
「まずゲートの管理者は報告できない状態にあると考えるべきだな……。城に居る守護者から調べれば分かることだか、俺たちには確認している時間がなかった」
ライルさんはそう続けた。
「まさかその守護者、国王陛下やお妃様ということは……?」
「そうだとしても、側に王家専用の魔術師がいるから最悪の事態にはならないだろう。治癒魔法に長けたものもいる」
「……はい」
「とにかくメル姫に会えれば詳しい事情が分かるはずだ」
ライルさんは言った。
「主、早く行こう。もしかしたらメル姫さま、もうハンナに着いてるかもしれないよ?」
クライが言った。
「クライ殿、メル姫によろしくお伝えください。私、コレットはいつでもどんな状況であろうと港のゲートで待っておりますと。そしてセリア姫、私は僧侶のように生きる覚悟でおりますが、もし万が一、このコレットを選んでくださるのなら私はいつでも貴女様と駆け落ちする覚悟です。どうぞ思い切って遠慮せずに私の胸に飛び込んで来てください」
コレットさんはそう言って頭を下げる。
……えっと? 冗談……だよね?
「セリア、無視していいよ。セリアとメル姫さまの二股とか最低なの」
クライは、ライルさんにも劣らない冷たい目でため息をついた。
港から20分ほど歩き、わたしたちは古びた民家の前に立っていた。
「ここが……ハンナですか?」
わたしは思わずそう聞いてしまう。
裏通りの誰も気づかないような細い坂道を下って、ようやくここに辿り着いた。
目の前の建物は、宿とすら思えないくらい小さくみすぼらしい。
わたしたちが宿に入ると、受付にいた小柄な女性は急いで誰かを呼びに行った。
現れたのは30代中頃の優しそうな女性。薄いオレンジ色の髪を後ろで綺麗に束ねている。
その方に案内されて階段を降りる。
降りた先は、まるで別世界だった。
「地下は信じられないくらい広いんですね……」
わたしは呆然と呟く。
「改めまして、いらっしゃいませ。ライル様、クライ様、お久しぶりでございます。セリア姫様……本当にお久しぶりでございます。本当に良かった。またお会いできて光栄です。覚えておいででしょうか? わたくし、宿の主人をしておりますシンリーです」
彼女はそう言って深く頭を下げる。
「えっと、初めまして……? 星川陽……じゃなかった。セリアです。お世話になります」
「やはり覚えておいでではなかったですね。この宿にいらっしゃったのはお小さい頃でしたし……」
「シンリー、違うの。セリア何にも覚えてないの」
クライが小声で説明する。
「まぁ……。申し訳ございません。記憶を無くされているのに良かったなどと……。そういった意味ではございません。目覚められて良かったと、わたくしはただ心から思っておりまして……」
「シンリー? 大丈夫だよ。セリア、そんなことぐらいで怒ったりしないから」
クライが笑って言った。
「メル姫はこちらに来ていないか?」
ライルさんが聞いた。
「いらっしゃっておりません。メル姫様も当宿にお越しになる予定なのでしょうか?」
「はっきりとは分からないが、とにかくここでしばらく待たせてもらう」
「何かあったのですね?」
ライルさんは返事をしなかった。
「……皆様お疲れでしょう。宜しければ貸し切りの浴場もございますので、どうぞゆっくりおくつろぎ下さいませ」
「シンリー、ありがと。事情はちゃんと後で話すからね」
クライが言った。
「いいえ、その必要はございません。来ていただけるだけで光栄に存じます。皆様のお世話をさせていただけることこそ、わたくしの最大の喜びですので」
シンリーさんはそう言って、また深々と頭を下げた。




