襲来
「お願いセリア。一度ジェイド王子と会って、話をしてみてほしいの」
わたしの様子なんてお構いなしに、メルさんは話を続けた。
「ジェイド王子は、王位を継承したいという理由だけでお前との結婚を望んでいるわけではない」
ライルさんの言葉に驚いて、わたしは顔を上げた。
「ライルさんまで……わたしをジェイド王子と結婚させたいって思ってるんですか?」
彼は一瞬、戸惑いの表情を浮かべる。
「セリア……」
隣で沈黙を守っていたクライが、わたしの腕をゆっくり掴んだ。彼は真剣な表情で、どういうわけか、わたしではなくメルさんを見ている。
「メル姫さま、オレはセリアが嫌ならナギや世界がどうなろうと結婚なんてしなくていいって思ってる。勝手なことを言ってごめんなさい。でもオレには、この世界よりセリアの気持ちのほうが大事だから」
「……私だって可愛いセリアに無理強いをさせるつもりなんて少しもない。でもね、ジェイド王子なら大丈夫だと思ったの。彼ならきっと、この世界もセリアのことも不幸にしたりしないって信じたいの」
「メルさ……メル姉。全く意味が解りません。そもそも、カナン国の王位とわたしとの間になんの関係があるんですか?」
「前カナン王の遺言だ。お前がこうなった原因はカナンにある」
今度はライルさんがメルさんの代わりに答えた。
「こうなった?」
「お前の魂が飛ばされ、お前が記憶を失った原因だ」
「ライル、それは私が説明するわ」
メルさんが言った。
「いえ、側に居た俺が説明すべきことです」
ライルさんは愁いを帯びた面持ちで続ける。
「お前の魂を別世界に飛ばしたのは、カナンの魔術師だ。あの日は母君を亡くしたばかりのジェイド王子がお前に会いに来ていた。そしてお前の護衛である俺は、お前を守ることができずにお前はこの世界から消えた……」
「主!!」
急にクライが立ち上がり叫ぶ。
「こんな時に侵入者か……」
何?
突然……どうしたの?
「信じられない……。ナギのゲートを破ったのね。お父様たちが心配だわ。ライル、とにかくセリアを連れて逃げて。侵入者はまず城に向かってやってくる。私はできるだけこの場所に食い止めるわ」
そう言うと、メルさんは一瞬で扉の近くに移動した。
「え?」
ほんの一瞬だけど、メルさんが消えたように見えた。
わたしは驚いて彼女を見つめる。
「ナナハン王家は元々魔力が高い家系なの。もっともライルのような複雑な魔法は使えないけれど」
「メル姫、無理はしないでください」
ライルさんが言った。
「大丈夫よ。知ってるでしょ。どれだけ高い魔力の持ち主だって、トキ王子の手の者が私に触れることはできないわ。それよりライル、セリアをお願いね」
「命に代えても」
ライルさんがメルさんに向かって頭を下げる。
「あなたの魔力は気づかれやすいから出来るだけ抑えて。遠回りだけど、アサナからカナンへ入った方が安全だと思うの。私、セリアに正装させたいし、侵入者が去ったらきっと会いに行くわ。アサナへ向かう港で落ち合いましょう」
「分かりました。では、連絡役を兼ねてクライをここに残します」
「ダメよ!! クライからあなたの行方を探られるかもしれない。だから残すどころか、ゲートが復活するまで城には近寄らないでほしいの。もし48時間経って私が港へ現れなかったら、その時は私のことは気にせずアサナへ向かってね」
「メル姫さま、心配しないで。オレと主でセリアのこと、絶対守るよ」
クライの言葉にメルさんは力強く頷き、彼女はそのまま消えた。
「セリア、動ける?」
クライは心配そうにわたしに手を差し出す。
どうしていいかわからず、わたしはクライを見つめる。
ずっとみんなのやり取りを聞いていたけど、訳が分からない。
ううん……。本当は気持ちがついていかないだけで、説明と流れから多少は解っていた。
メルさんは侵入者を食い止めると言って消えてしまった。
あの時と似ている……。
緊迫した雰囲気の中、何かから逃げるようにこの世界に連れて来られたあの時と。
わたしはクライの手を取り、柔らかい椅子から立ち上がる。
「当然、空間魔法は使えない」
ライルさんは考えるように呟く。
「普通に地下通路から外に出よう」
クライがライルさんに提案した。
「セリア、走るよ」
そう言ってクライが走り出した途端、彼からわたしの手が離れる。
ダメ……。
早く逃げなくてはいけない。一緒に行こうって思っているのに、体が動かない。それどころか、意思とは関係なしにふらふらしてその場にしゃがみ込んでしまう。
「セリア!! 大丈夫? ……主、キニュレイト出してもいいよね?」
「仕方がない。……少し抑えろ」
ライルさんが冷静に言った。
クライが出したキニュレイトは素早くわたしの下に入り込むと、魔法の絨毯のように1メートル程ふわりと宙に浮いた。
その感触はこれまでとは違い、柔らかいというよりふかふかと温かかった。
ライルさんとクライは、相当なスピードで広い通路を只管走る。ライルさんはわたしの前を。キニュレイトの横を走るクライの髪が揺れている。
見るもの全てが新鮮だった。
ゆっくりとお城を鑑賞している場合ではないのだけれど、移動しながら辺りを見回してしまう。
なんて広さ……。それに何より部屋の扉、階段の手すり、通路の窓枠、どこを見ても一つ一つの装飾がとんでもなく美しい。
ようやく隠し部屋的なところから地下に入る。地下通路はひんやりとして薄暗く、迷路のように複雑に入り組んでいた。
ライルさんは分かれ道を的確に判断し、変わらないスピードでわたしの前を走っている。
「ここを抜ければ外だよ」
クライが、わたしに近づきそう言った。
彼に疲れた様子は全くない。
わたしは頷きながら、彼が人ではないということを改めて実感していた。




