5国とカナンの王子様
「ライル、地図をお願いね」
メルさんの声にライルさんが軽く手を振ると、何もない空間に一瞬で立体的な地図が現れた。
地図の形は不恰好なクロスの形をしている。
「簡単に、まずはこの世界のことから」
メルさんはそう言いながら、どこから出したのかクリスタルのような長い棒で立体地図に触れる。
「この世界はサイネリアと言って、5人の王がそれぞれ国を治めているの。まずはナナハン家が治めるこの国、ナギ。農業と織物が盛んで他国より優れた魔術師が多いのが特徴ね」
メルさんの説明と連動して、棒で触れた地図上のナギがより分かりやすくオレンジに光る。ナギはクロスの右横の部分だった。
「それから、隣の国のカナン。カナンはサイネリアの中心となる大国で、地上からはカナンを通らなければ他のどの国に行くこともできないわ。カナンを治めているのはロータス家だけど、今は国王不在の状態よ」
メルさんはそう言って、少し眉を顰める。今度は地図上のクロスの中心がオレンジに光った。
大国というだけあって、地図で見る限りナギの4倍くらいの大きさがある。
「……カナンについては、後から詳しく話すわね」
メルさんは続ける。
「カナンの上にある国、シロダエ。タジ家が治めるシロダエは5国の中で一番面積が小さく、殆どの民が漁業で生計を立てているの。それから、カナンの下にあるアサナ。薬物の研究が進んだ国よ。クレバ家が治めていて、人種的には優しい人が多いわ。ナギとは特に親交が深いわね」
メルさんの説明に合わせて、次々と点灯する国が変わっていく。
「最後はハイド家が治めるソンワ国。カナンの左側に位置するソンワは林業が盛んで武術に長けた国よ。海上から移動できることを考えれば、ナギからは一番遠い国ね。ハイド家は昔から好戦的で、カナンが世界の中心であることを良く思っていないの。長い歴史の中では何度かカナンと戦っているわ。今のところ、微妙な均衡状態を保ってはいるけれど……」
メルさんはそこで言葉を切って、何故かライルさんを見つめた。
「国の話は大切ですが、やはりカナン……ジェイド王子のことを早く話した方がよろしいのでは? 俺から説明しましょうか?」
ライルさんは淡々と言った。
「ライル……」
メルさんは心配そうに彼の名を呼ぶ。
「俺への気遣いなど無用です。話を進めてください」
ライルさんの表情は変わらない。
空気が重く、何か言ってもよさそうなクライまで、ずっと暗い表情のまま一言も話さないのが気になった。
「セリア、単刀直入に言います。ジェイド王子と婚儀を挙げてほしいの」
あまりにも突然で、何を言われているのか全く分からなかった。
わたしは馬鹿みたいに呆然とメルさんを見つめる。
コンギ?
こんぎ?
婚儀……!?
「それは、わたしがジェイド王子と結婚するってことですか?」
メルさんは大きく頷く。
「無理です!! わたし、まだ高1……15歳ですよ?」
「いいえ。セリア……あなた、今年で23になるわ」
「23……? こっちの世界での年齢……。そっか……。あの、でも……そもそもジェイド王子って誰なんですか? わたし、そんな誰だか分からない人と結婚なんてできません」
「ジェイド王子はカナンの第2王子。あなたの婚約者よ」
メルさんは当然のようにそう言い放った。
メルさんはスワリのお茶を一口飲み、再び口を開く。
「……セリア。記憶のないあなたが驚く気持ちは分かるけど、落ちついて聞いて。ジェイド王子はあなたの知らない人なんかじゃないの。ナギとカナンは親和国でね、カナンの王様とお父様もとても仲が良かった。だからジェイド王子も、あなたと歳が近いこともあって、幼いころから良くナギに遊びに来ていたの。そしてあなたはずっと2歳年下のジェイド王子を妹のように可愛がっていた」
「……妹? 王子様……なんですよね?」
「その頃のジェイド王子は泣き虫で髪が長くて、とにかく女の子みたいに可愛かったから、いくら王子様って言ってもあなたは信じなかったのよね」
「……全然……覚えてません」
そんな風に聞かされても、ジェイド王子の顔すら思い出せない。
唯一、わたしが覚えていたのは(と言っても願望かもしれない)ライルさんのあの綺麗な笑顔だけ。
「それでね。問題があるのよ」
メルさんは、急ぐように話を続ける。
突然王子様が婚約者だなんて言われて、それだけで混乱してるのに、これ以上どんな問題があるっていうんだろう。
できればもう何も聞きたくない。
「あなたの婚約者、もう一人居るの」
「もう一人……?」
わたしは言われた言葉をただ返す。
「カナンの第1王子であるトキ王子。私は認めたくないけど、彼もあなたの正統な婚約者よ。それで、現在あなたを捕えようと攻撃を仕掛けてきている。向こうの世界でも攻撃されたってライルから聞いたわ。あなたを妃にした方がカナンの王位を継げるから」
王位を……継げる?
婚約者が2人?
もう、駄目……。
キャパオーバー。
斜め前に座るライルさんの瞳の色が揺れていた。さっきとまた色が違っている。
不安定な美しいアイスグリーン。
夢の中の……王子様。
わたしの王子様は、目の前に居る。
ライルさんが冷たいからって、別な王子様なんて望んでない……。




