笑顔
「よかったね、セリア」
「セリア、嬉しいね」
「セリアちゃん、おめでとうございます」
いつの間にか、わたしたちは花の妖精さんたちに囲まれていた。
「お前達、覗きか?」
「覗きってなによー」
「失礼な。ここ私達のお家みたいなものだよ。私達のお家でみんなが勝手に始めたんじゃない」
妖精さんたちが抗議する。
「姿を現すな」
「やーだー。ライルってばこれから見てたらダメなことしようとしてたの?」
シシリカさんが腕を組んでライルさんの周りを飛び回る。
「それはしょうがないんじゃない? 長年の蓄積っていうかさぁ。ライルも男の子だし」
セレントピノさんが言った。
「どーぞどーぞ、やっちゃって。妖精って子供じゃないのよね。ライル達よりずっと長く生きてるんだから。人間のことなんて人間より分かってるわけ」
「だけどセリアちゃんが嫌がることしたら許さないですからね」
トレメニアさんがわたしとライルさんの間に入り、大きく手を伸ばす。
「いやいや、セリアは嫌がらないでしょう」
「嫌がらなくても心の準備ってあるよ」
「ライルって優しいけど鈍いから」
「クライが戻っても鈍いの?」
「だって、ライルだよ?」
妖精さんたちは銘々勝手に好き放題、話している。
「……喧しい」
ライルさんは呟くと、素早く左腕を振り、絨毯状のキニュちゃんを出した。
「さっさと乗れ」
ライルさんが言い終わらないうちに、キニュちゃんの端が伸びてきて、わたしはくるりとキニュちゃんに包まれる。
ライルさんは優雅にわたしの横に飛び乗ると、ゆっくりとキニュちゃんを浮上させた。
拘束され、寝転んだ体勢のまま、だんだんと上空に近づいていく。
それはジェットコースターで最高点まで登っていく感覚に似ていた。
寝転んだ体勢で、ずっと空しか見えない状態でいるのは怖い。
「キニュちゃん、もう離して?」
わたしの言葉に反応するかのように、キニュちゃんの拘束はさらに強まる。
「違うよ? キニュちゃん、離してって言ったんだよ?」
いつの間にか、座った体勢でライルさんがわたしを覗き込んでいた。
「ライルさん、キニュちゃんが離してくれません」
「ああ」
ライルさんは適当に相槌を打つと、徐にわたしの髪に触れた。
そしてぎこちなくわたしの髪を撫でる。
「ちょ……ライルさん!! そんなことしてる場合じゃないです。キニュちゃんをどうにかしてください!!」
「俺の言うことを聞かない」
ライルさんは無表情のまま目を細めた。
「異常だ」
「異常って……」
「まあ、今は都合がいい」
ライルさんはそう言うと、わたしにそっと口づけた。
わたしは吃驚して左右に首を振る。
「不満か?」
ライルさんは有無を言わさず、立て続けに二度、三度、四度、五度、口づける。
回数を増すほど深く……。
「これで満足したか?」
わたしは更に夢中で首を左右に振った。
「では」
ライルさんの顔が、また近づく。
「ひっ!! ち、違います!! 回数が不満とかじゃなくて……」
わたしは必死で、少し緩んだキニュちゃんの隙間から右手を出し、自分の口元をガードした。
ライルさんは首を傾ける。
「き、急にそんなにいっぱいしないでください。慣れてないんで、心臓が……。し、死んじゃいます。こんなのただ、ライルさんが満足しただけでしょう?」
「こんなもので、満たされるはずもない」
ライルさんはきっぱりと言い放った。
そんなにきっぱり言われても、なんて返していいのかわからない。
そしてどういうタイミングなのか、ここでキニュちゃんがやっとわたしを解放してくれた。
わたしはゆっくり体を起こす。
「何を怒っている?」
ライルさんは怪訝な表情をしている。
「俺は、もっとお前の中へ入りたい」
「――っ!!」
わたしは吃驚して、キニュちゃんの上に座ったまま硬直する。
体が熱い。
「いや、今のはそういう意味ではない。まあ、そういう意味でないこともないが……。お前のことが解らないから、もっとお前を理解したいという意味だ」
「じゃあ、そんな変な言い方をしないでください!!」
わたしは慌ててそう返す。
なんだかとっても恥ずかしい。
ライルさんは少し考えてから、
「もし、そういう意味なら駄目なのか?」
とついでのように尋ねた。
彼の表情は先程から変わらない。
そういう……。
あ、今度こそ、そういう……だよね。
ライルさんが動じないから何を言われているのか、すぐに理解できなかった。
嫌なわけがない。
わたしは俯き、小さく左右に首を振る。
「わたしも……ライルさんの中に、入りたい?」
「やっぱり馬鹿だな、お前は」
ライルさんは笑った。
笑っ……?
ああ……笑ってる……。
夢じゃないよね……。
「ライルさんが、笑ってる。ずっと、ずっとその笑顔が見たかったんです」
嬉しくて、嬉しすぎて、胸が震える。
白く霞む。
止めようのない涙が頬を流れた。
ライルさんは笑ったまま、そのわたしの涙を手のひらで拭った。
なんて綺麗な笑顔……。
わたしは霞む目で、ライルさんの笑顔をただいつまでも見つめていた。




