ランチタイムの襲撃者 前編
第06話「ランチタイムの襲撃者」前編
――六月中頃
久しぶりに姿を現す、すっきりと晴れ渡った青空。
天都原学園、中庭に設置されたベンチに俺が腰掛けようとしていた時にその男は現れたのだが……
ドシャッ!
学生服を着た男の顔が地面に押しつけられる!
「ぐっ、くぅ!」
――そんなに足掻いたって無理だって、完全に極まってるだろ?
俺の足下で無駄な抵抗を続ける体格の良い男。
俺はその腕を軽めに捻り上げている。
天都原学園の中庭は――
一、二年の教室がある新校舎と三年の教室や特別教室がある旧校舎の間にあった。
緑豊かとまではいかないものの、ちょっとした公園のような場所で学年に拘わらずここで昼食を摂る生徒や本を読む生徒、昼寝する生徒……
つまり”憩いの場所”になっているというわけだ。
――
「くそっ、一年!」
無様に地面に張り付いた上級生が俺に罵声を浴びせようとするも……
ぐいっ!
「ぐわぁぁっ!」
耳障りなので俺は握った手に少し力を入れて黙らせた。
「…………ふぅ」
――面倒臭い事になってるなぁ……俺
抑も事のあらましは――
俺がベンチに腰掛けて昼食を堪能しようとした矢先に、なにやら文句をつけてきた挙げ句、無粋にも襲い掛かってきた男の存在から始まった。
で、まぁ、色々あって……
そいつは現在、無様に地面に這いつくばっている。
「ぐうぅっ!!」
体を俯せに地面に張り付かせた男の右腕は高らかに天を指すように捻り上げられ、その手首部分を掴む俺が少し力を込めるだけで……
「ぎゃっ!やめ……痛てて」
ギリギリと擬音を立て、張り付いた顔面は土中に沈みこんでゆく。
「おっ、そうだった」
俺は腕一本を使い、体はその場にしゃがみ込んで無粋な男を支配していた。
「確か昼飯がまだだったな、俺」
俺の左手には咄嗟に持ち替えて無事であった、
”カロリーメイド”とパッケージに印字された簡易栄養食。
俺にとって貴重なカロリー源だ。
忙しい現代人の要求を満たす栄養価と何処でも摂取できるお手軽さ、秀逸なカロリーメイドは俺の必需品なのだ。
――因みに俺の部屋にはこれが、数ダースほど備蓄されている
――何気に食いにくいなぁ
俺はしゃがんだまま思案していた。
「そこまでだ!折山 朔太郎。無駄な抵抗はするな!!」
無粋な男を右手で押さえながら昼食を再開しようとした矢先に、今度は正面から図太い声が響く。
「……」
相変わらず無様に地面に張り付く俺の足下の男。
そしてその男とは他に三人の男達が俺を囲むように立っていた。
――はぁ、メンバーは募集してないっての……
いずれも屈強な体格で、俺と同じ詰め襟の学生服を着用していなければプロレスラーの団体と思われても不思議は無い”むくつけき”男達だ。
詰め襟の校章部分に臙脂のラインが入っていると言うことは……
俺より二つ上、三年ということになる。
――
「俺は岩家 禮雄。当校の者なら当然知っていると思うが……無駄な抵抗は為にならんぞ」
岩家 禮雄と名乗った、中でも一際体格の良い男は、他の二人より前にズイと一歩進み出る。
「……」
短髪で四角いゴツゴツとした無骨な顔、太い首……
肩の筋肉は隆々と盛り上がり、二本の丸太のような両腕を腰にあてて偉そうにこちらを睨んでいる。
自慢げに張られた胸板は、高校生どころか人類とはかけ離れた体格である。
――俺が両手で抱きかかえても腕が届きそうにない程の厚みだな……
――てか、ゴリラ?
「…………うっ」
一瞬、目の前の筋肉達磨に腕を回している自分を想像した俺は、気持ち悪くなっていた。
――な、なんて精神的ダメージだ!!うぅ……おぇっ!
「ふふん、別に獲って喰おうという訳ではない。大人しく言うことを聞けば痛い目を見なくても済む」
俺が顔を曇らせたのを見て取った岩家 禮雄とやらは……自分に怖じ気づいているものと勘違いしているのだろう。
あからさまに俺を見下して笑っていた。
「いや、違うから……てか、俺、昼飯まだなんだけど」
凄んで笑う岩家の眼光をさらりと受け流し、俺はとぼけた返答を返す。
「……」
見る間に岩家の無骨な造形のこめかみに血管がヒクヒクと浮かび上がって……
「俺を誰だか分かっているのか?一年坊」
「岩家 禮雄先輩。三年で柔道部主将、あと”学生連”の幹部の一人」
即答する俺。
入学式直後の一件があったから、今度は事前に少しばかり調べておいた。
――なにを?
――そりゃ勿論、この学園の”要注意人物”をだ!
天都原学園三年、岩家 禮雄。
全国大会常連の柔道部主将であるが、何故か公式戦に出場はしていない。
あとは……件の”学生連”幹部の一人だったか?
二年の波紫野 嬰美と同様、学園の有名人だ。
――ただし、嬰美と違うのは”ほぼ悪名”が中心ということだけどな……
「なら、折山。俺の用件はわかるか?」
「なんとなく」
俺は興味なさそうに答えながら、左手の”カロリーメイド”フルーツ味を頬張った。
「……」
ボリボリボリ……
無言ながら恐ろしい顔で凄む岩家 禮雄。
口元が忙しい俺。
何ともいえない気まずい空気の中……
睨み殺そうかという眼光の男と、それをしれっと躱す俺。
――言っておくが俺は別に馬鹿にしている訳じゃ無いし、舐めてもいない
いいかげん腹が減っているだけだ。
「……」
「こ、殺されるぞ……あいつ」
「馬鹿だな……」
手下二人の男はヒソヒソと会話を交わす。
岩家の後ろの二人が慌てるほどに、傍目には俺の態度は不遜であったようだ。
「守居 蛍から手を引け……関わるな!」
岩家が凄みを増した声で切り出した。
「いやだね」
貴重なエネルギー源、カロリーメイドを食べ終わった俺は空になった口で即答する。
「貴様!」
途端に勢いよく前に踏み出す巨体!
――筋肉達磨、見た目通り単細胞だな……
「……」
突然なんだよ、何もかも!たくっ、くだらねぇ……
俺は心中でいつものように、そう決まり文句を吐き捨てていた。
第06話「ランチタイムの襲撃者」前編 END