冗談?
第04話「冗談?」
薄いグレーのセーラー服、前面を止めるホックを男の雑な腕力で殆ど毟り取られた少女の上半身はあられも無い姿である。
淡いピンクの薄衣で隔ててはいるものの、白いきめ細やかな肌が隆起した滑らかな二つの丸い曲線は主張するように存在感を示し、それを覆う繊細な刺繍が施された同色のブラがしっかりと透けて見て取れる。
――これくらいの美少女だ、普通ならこの光景に釘付けになるんだろうが
残念ながら今の俺はそれを堪能できる状態じゃ無い。
そう、言うなれば本職状態だ。
「"こういうこと”できるひとなんだ?折山くん」
そこで初めて、下から見上げる少女の可愛らしい声が聞こえてくる。
潤んだ大きくて垂れ気味の穏やかな瞳。
ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。
軽やかな栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合う美少女。
「恥ずかしくないのか?」
「ものすごく恥ずかしいよ」
――震え声のクセにしれっと答えやがって
信憑性の不確かな真意を判断できない言葉だ。
「それより、こういうことできるんだね……折山くん」
「時と場合によってはな」
潤んだ大きくて垂れ気味の……穏やかな瞳。
何故だか俺の方が目を逸らしていた。
「あのね……なんだか誤解があるようだけど、わたし何も知らないよ、折山くんのこと」
「……」
「冗談だから、さっきのは」
睨み付ける俺に彼女はわたわたと慌てて釈明を始める。
――冗談?さっきの言葉が?
”全然知らないよ……憶えているだけ”
「……」
「ごめんね、折山くんがあんまり真剣だから怖くてつい茶化しちゃった」
「……」
「怒った?」
「……どっちだ?」
「え?」
「だからどっちが冗談だ?」
”憶えている”と言うことか、
それとも”俺の首を絞めていた事”か、
――どちらが本気でも全く笑えないけどな
「ふ…ふふ、両方だよ。りょーーほう!」
「……」
煙に巻くような、ある程度予想済みの彼女の答え。
俺はそれでも対応しかねてそのまま睨み付けたままだ。
「ねぇ、それより折山くんはどういうつもりなの?キミに何があるのか知らないけど、こんな事……」
――だよな
守居 蛍の言葉と態度につい先走って短絡的な行動を起こしてしまったが……
こいつが本当に何も知らない、当時のことも俺の事も憶えていないなら俺は非常に不味い行動を起こした事になる。
「ねえ……おりやま……」
「じょ、冗談だ!」
「へ?」
白い頬を少し朱に染め、覆い被さる俺を上目遣いに見上げてくる女に俺はそう答えた。
というか、良い言い訳が思いつかない。
「……」
「えと?」
思いつかないんだよーー!!
――
―
私立天都原学園の校外、校門前に一台の白い高級車が停車していた。
一見してわかる有名な高級外国メーカーの派手なオープンカーだ。
中には如何にもな柄の悪い中年男が二人。
一人は後部座席から行儀悪く前の助手席にまで足を伸ばして横になっている男。
ノーネクタイでワイシャツの胸元が大きく開いた開襟シャツ、細身の割にガッシリとした印象のある男は、草臥れてはいるが上質のスーツを着崩していた。
三十代半ばの男は痩けた面長な輪郭、鋭い切れ長の目、不機嫌そうな"への字"に固定された薄い唇で何を考えているのか考えていないのか静かに目を閉じている。
どう見ても堅気で無い男はこの辺を取り仕切る非合法組織、一世会、哀葉組若頭の西島 馨という男であった。
そして運転席に座る小太りのサングラス男は、その舎弟の森永という男だ。
柄は悪いもののそれなりにセンス良く着こなした兄貴分とは違い、こっちは艶のあるパープルのサテン生地スーツという、お世辞にも趣味が良いとはいえないザ・ヤクザという出で立ちだ。
「あのガキ、遅いですね……兄貴を待たせるなんて自分の立場わかってやがるのか?」
森永はいらついた声でハンドルを軽く叩く。
「兄貴の温情でこんなところに通えるって事が分かってるのかよ!」
舎弟である小太りサングラス男の態度に、後部座席で寝転び足を助手席まで放り出した男は閉じていた目を少し開く。
「まぁ、待とうや森永。どうせ彼奴は行くところなんて無いんだからな」
たちまち鈍く光る鋭い眼光が姿を見せるが、男はまたすぐに目を閉じて黙ってしまった。
「そ、それもそうっスね、朔の野郎に行くとこなんてありゃしねぇ」
一瞬ビクリと反応した小太りサングラスであったが、直ぐに尤もだと大きく頷き”さすが兄貴は器がでかい”とばかりにサングラスを揺らして下品に笑った。
「…………もっとも奴は最初から逃げる気なんて更々ないだろうがな」
ぼそりと聞き取れるかどうか、そんな音量で声が漏れてくる。
「兄貴?」
森永は西島の呟いたであろう言葉の意味を確認しようとしたが、不機嫌そうに目を閉じた男がその後、もう一度口を開くことは無かった。
――
―
――そんな校外でのことはいざ知らず……
俺のピンチは続いていた。
「冗……談?」
潤んだ大きくて垂れ気味の、何とも穏やかな瞳をくりくりと輝かせて、軽やかな栗色のショートボブが愛らしい美少女が小首を傾げる。
「あ、頭がな……ちょっと強く打ったせいか……気が動転して……」
「……」
少女の潤んだ、大きくて垂れ気味の瞳が俺を凝視してくる。
――やめてくれ!
俺が悪かった……けど……
――色々と認めるわけにはいかないんだ!
解ってくれ、童顔の割に胸の大きい美少女よ!
反省しつつも、つい自身の下に横たわる少女の露出した胸元に視線が……
「っ!」
不埒な視線に気づいた少女がそそくさとはだけた制服の前を自身の手で覆う。
「うっ!うう……頭が割れるようだーー!!」
「えっ!」
不味いと動物的本能で悟った俺は怪我人というポテンシャルをフル活用して畳みかけた!
「あ、ああ……し、白い……白い獣がっ!体中に黒い闇を纏った白い巨獣が、緑色の植物を握って襲ってくるぅぅーー!」
「え?ええっ!?だ、大丈夫?だいじょうぶかな!?やだ、どうしよう……折山くん!」
――よし!グッジョブ!
話題は完全にすり替えられた。
素直で純真な少女に感謝しつつ、俺は心の中で親指を立てる。
あ、因みに俺が叫んだ妄想の巨獣はただの”パンダ”ともいう。
「だ、大丈夫だ……少し落ち着いてきた」
「ほんとに、ほんとに大丈夫?」
「ああ……」
「よ、よかった……折山くんが倒れたとき、病院に運ぼうかとも考えたけど、エイミちゃんが立場上困るからっていうから、隠蔽のためにこっそり保健室に連れてきたんだけど……大丈夫なんだ……よかった」
――ちっとも良くないっ!
前言撤回!
いや、追加事項だ!
――素直で純真で結構腹黒い美少女だ
それにエイミだって?あの剣道女か!
くそっ!衆人観衆の前であれだけ派手にやっておいて隠蔽とは良い度胸じゃないか?ええっ!!
「病院行く?」
――う……優しい声だ
俺から解放された少女は上半身を起こし、頭の中で不満を爆発させていた俺の顔を覗き込んでくる。
「……」
――距離も近い……それに良い匂いだ
「折山くん?」
「いや、いい……バイト在るし、さっきのは冗談だから」
「冗……談?」
俺の前ではだけた胸元を両手で押さえている少女はポカンとした。
――あぁ、もういいか……面倒臭い
その時の俺はいつも通り、なんだかこれ以上のやり取りが煩わしくてどうでも良い事のように思えてきていた。
――あぁ、ほんといつも通り……くだらねぇ
「そう、ちょっとお約束をやってみただけだ」
少しの間、その大きめの瞳をぱちくりと瞬かせていた少女はそのままの姿勢で”はっ”となる。
「ひっ酷いよ!心配したのに!折山くん、もともと少し変わってそうだったけど、本格的にどうかしちゃったと思ってすごく心配したんだよ!」
胸元を押さえた手と逆の手で、ぐいと俺を押しのけて少女は堰を切ったように俺に詰め寄ってくる。
「いや……その」
そしてじんわりと涙をためて必死に抗議する少女に俺は平謝りしながらも考えた。
――ついでになんだかすごく失礼な事を言われたような気がするが……
いや、状況が状況だけに今それに突っ込むことは更にややこしくなるな。
俺がそんなことを考えている間に、一通り不満をまき散らした少女は暫くしてやっと落ち着いたようだった。
「えーーと、あのね……」
そして彼女はチラチラ此方を伺いながら……
「えっと、私は二年A組の守居 蛍。”ほたる”と書いて蛍です。奉仕活動部の部長をしています……って、言ってもまだ愛好会なんだけど」
唐突に自ら自己紹介を始める。
「……」
恐らく変な顔で彼女を見ているであろう俺に対して、守居 蛍は散々いろいろあった後の今更ながらの自己紹介だからか気恥ずかしげにこちらを伺っていた。
第04話「冗談?」END




