はた迷惑な大和撫子
第03話「はた迷惑な大和撫子」
「あっ、ごめんね、キミがあんまりすごいからつい……」
俺の訴えに今更気づいた少女は申し訳なさそうに謝ってから殺気立つ友人に向き合った。
「エイミちゃん、やめて!」
待ちわびた少女のその一言で一先ず俺は身構えていた全身の緊張を緩める。
「ごめんね、エイミちゃん。私には解らない悩みだけど……力になれることがあるなら何でもするから」
――は?
ピシッと氷に亀裂が走ったような音が聞こえたのは俺の耳だけじゃ無いはずだ。
――ナニイッテンノ?コノムスメ
固まり引きつっている俺の顔面はさぞ滑稽だろう。
「ふふん!」
視線だけ動かして窺い見た”てる”の表情は一点の悪意もない。
キラキラとした憎らしいくらいの美しい瞳だった。
俺はそのまま、飽くまで確認のため、ゆっくりと視線を下へ移動させる。
勧誘のビラを抱えた彼女の女性らしいふっくらした胸元……
確かにこの娘には解らない悩みだ。
「……ふふ……ふふふ」
エイミという黒髪剣道女は不適に嗤った。
シュバ!
ザシュッ!
ブオッ!
途端に先ほどとは比べものにならない鋭い切っ先の数々が俺を襲う。
「うおっ!」
「ち、ちょっと!」
「がはっ!」
ものすごく器用に、それ以上に必死に逃げ惑う。
「注ぐな!注ぐな火に油を!わざとやってんのか!小娘!」
俺は必死に逃げ惑いながら元凶の少女に文句を叩きつけていた。
「え、えーーと、テヘッ!」
ゴメンねと胸の前で紙束を抱えたまま謝る仕草をした少女は申し訳なさそうに微笑んでいた。
「お、おまえ、何でもそれで済むと思うなよ!」
「ううっ……すみません」
なおも怒鳴る俺にしゅんとしてしまう少女。
ブーー!!
ブーー!!
途端に観客達から一斉ブーイングが沸き上がる。
――なに女の子怒鳴ってんだ!
――器小さっ!最低!
――斬られろー!
口々に俺に投げつけられる罵詈雑言。
――くっ俺か?俺が悪いのか!くそっ何だこのアウェー感は!
心中で泣き言を言っている間にも女の剣筋はいっそう鋭さを増してゆく。
――たくっ、ほんと面倒くさいな
紆余曲折の末にそう結論づけた俺は無防備に頭上を見上げた。
バシィィィ!!
「く、くだらねぇ……」
そう心の中でごちながら、俺、折山 朔太郎が最後に聞いたのは――
――わぁーー!
一斉に沸く野次馬達の悲鳴、見たのは目の前に飛び散る色取り取りの火花であった。
――
―
グッグッ!
――くっ……うっ
ググッ!
――くふっ!
俺は……多分、意識の覚醒の狭間にいる。
闇の中、いまいち明瞭で無い感覚、それでも俺はそう確信していた。
――どうしてそう言い切れるか?
簡単だ。
俺の日常は大概こういうことの繰り返し……
前後不覚なんて珍しくも無いイベントだからだ。
ググッ!
――かはっ!
けど……じゃあ、この感じは何だ?
首を……器官を圧迫されている様なこの不快感は……
――
―
「……」
目が覚めた時、俺が最初に確認したものはすごく見覚えのある白い天井だった。
――あぁ、ここは……ごく最近、来た場所だ
たしか保健室?
度々お世話になります。
俺は心中で深々とその場所に頭を下げていた。
――いやいや、現状はそれどころじゃ無かったな
保健室のベッドに仰向けに寝た俺の腹部には柔らかくてじんわり暖かい感触……
相変わらず俺の首は圧迫されているがその原因は今ハッキリと解った。
ググッ……グッ
「あれ?なんで?これで……あれ?」
上方からフワリと甘い香りが漂い、俺の上にある柔らかい物体はなにやらブツブツと呟いては四苦八苦している。
「たしか……こうっ!……だめだ」
大きくて垂れ気味の瞳。
ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな唇。
軽やかな栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合う美少女。
――守居 蛍?
少しばかり気に掛かる事があって俺が会いに行った少女だ。
天都原学園指定の制服である薄いグレーのセーラー服姿の彼女は、端なくも俺に跨がっていた。
「ううん……むつかしいな、こう?」
膝までの清楚なプリーツスカートが若干捲れ、白く眩しい太ももと腹部に乗った臀部のプルンとした感触、ジワリとした生暖かさがヤケに生々しい。
グイッグイッ
――ぐはっ!
――って、そんな場合じゃ無かった。
現在、俺は……
「何してるんだ?おまえ」
後ればせながら、俺はやっと人として正常な対応を開始した。
「見ればわかるでしょ!首をギュッて絞めてるんだよ」
「……」
そして当たり前のように人として正常で無い答えが返ってくる。
「なんで首を?」
「手でだよ、もう、見ればわかるじゃない!」
的外れな解答をされた上になんか逆ギレされる俺。
「いや、手段じゃ無くて理由を聞いているんだが」
ぐいっ!ぐいっ!
「おい……だから理由を!」
「もうっ!さっきから、なんでなんでって質問ばっかり!後にしてよ!」
「いや、後にしたら俺が死んじまうだろ!」
叫ぶ俺。
そりゃそうだろう、だってこのままじゃ死んじゃうから。
「……」
「……」
声の主に今更気づいた少女は、俺に跨がった状態で俺の首に二本の白い手を置いたまま、見事に固まっていた。
――
暫し後……少女の大きめの瞳がツツッと俺の顔に視線を移動する。
「えっと、目が覚めたんだ……気分は……どうかな?」
「勿論、最悪だ」
「……」
「……」
「あはは……」
「……」
「あは……ふ……ふ」
しれっと誤魔化そうとした後は笑って誤魔化すつもりか?
状況的にそれは無理だろう、どう考えても。
「笑って誤魔化すような巫山戯た出来事じゃないぞ、人殺しは」
俺は一転して真剣な顔で少しドスを利かせた声色で追求する。
「……」
しかし彼女の綻んだ桃の花のような、優しげな唇はピクリとも動かない。
「解った。なら出るとこに出て……」
「……だよ」
「?」
「笑うしかない巫山戯た出来事だよ、人殺しなんて」
「……」
「それに……折山くんも困るんじゃないかな、そんな場所は」
その時、俺にはその言葉を発した彼女の顔が、
優しげな容姿とは相容れない、
他人の弱みを見つけ自身が上位者であると言わんばかりの不快な表情に見えた。
ガッ!
そして、そう感じた後の俺の行動は迅速だった。
――お前が?
――六花……いや、守居 蛍がそう言う顔で俺を見るのかよっ!
少女の表情に過剰に反応したといえる俺の右腕は、咄嗟に覆い被さる少女の胸元を鷲掴む!
「おり……」
ぐいっ!
驚いた少女の言葉は最後まで完成しない!
胸元のオパールグリーンのタイごと胸ぐらを鷲掴んだ俺は、右腕をベッドの上に勢いよく振り下ろし、同時に横たわっていた俺自身をクルリと回転させて少女と上下、体を入れ替える。
「……」
ベッドに仰向けに横たわり、今度は逆に俺に馬乗りになられた少女は突然の出来事で反応が間に合わないのか、ただ呆然と大きめの瞳を見開いて俺を見上げていた。
「どこまで知っている?」
「全然知らないよ。憶えているだけ」
「……」
――は?なんだそりゃ
無防備に組み敷かれる美少女。
怖くて動けないか?
いや、そんな可愛い理由とは無縁のようだな……
なら単に俺から逃れる自信があるのか?
それとも俺を侮っているのか。
「……」
――暴力で黙らせるのは簡単かもしれない……だが
入学早々厄介事はご免だ。
しかし放置しておくと更なる厄介事に発展する可能性もある。
一つ言っておくが、俺自身は問題を起こして退学になるのなんて何てこと無い。
俺にとって学生生活なんていつ終わりにしても一向に構わない”くだらない”代物だ。
だが、学生生活が西島さんの命令である以上、そんな半端が出来るわけも無い。
「……」
暫し思案した後、俺はチラリと鷲掴んだままの少女の胸元に視線を這わせる。
――そうだ、相手が女ならこの方法もある……
俺も伊達に裏社会で生活してきた訳じゃ無い。
シュルッ!
思い付くや否や、少女の胸元を飾る滑らかな手触りのオパールグリーン色のタイを解き、雑に背後に投げ捨てた。
「……」
装飾を無くし、実際よりも大胆に開いて見える白い胸元に両手をやり……
「……」
「……」
俺の下で横たわる守居 蛍と視線が合うが、彼女はさして暴れることも無く助けを呼ぶでも無く、ただ俺の目を潤んだ垂れ気味の瞳で見つめ返して来るだけだ。
俺の行動の意味がわからない訳じゃ無いだろう……
なら、なんだ?
何か考えがあるのか?
まったく意味が解らないのはこっちだ。
「ちっ!」
だが躊躇はしない!
迷った時こそ、正解が朧げになったときほど、躊躇は厳禁だ!
”チンタラ考えたかったら先ずブチかましてから考えろ!”
俺に色々と教え込んだ最悪の男の言葉だ。
ブチッブチッ!
次の瞬間、俺の両手は乱暴に少女の胸元を一気に押し広げていた!
「……」
軽やかな栗色の髪の毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿の美少女は、それでもやはりピクリとも抵抗しなかった。
いや、反応さえしなかった。
「……っ」
――いや、それも違う……か
守居 蛍という少女は俺と目が合った瞬間、ほんの一瞬、そう本当に刹那の時間だが、潤んだ垂れ気味の瞳を……伏せた。
――この女……
よくよく集中して見ると、跨がった下の身体は小刻みに震えている。
やっぱり不明だ……意味がわからない。
第03話「はた迷惑な大和撫子」END