キミは期待に応えてくれるかなぁ 後編
第14話「キミは期待に応えてくれるかなぁ」後編
「詐欺に遭った人への謝罪の言葉とかありますか？神さま」
茶化しながら彼女を攻撃する生徒達。
守居 蛍の事が気になっていた学園生は男女問わず少なくなかった。
特に男子生徒は彼女のその容姿から好意を寄せる者が多い。
しかし、彼女の活動が宗教的であるとの噂や”守居 蛍は死神”という風評により、大半の者は怖じ気づき、近寄る事が叶わなかった。
実際、それでも蛍への興味を抑えきれなくて近付いた者達は軽傷や軽い不幸であるが、例外なく災難に遭っている。
そうした噂を裏付ける事実が更に多くの人間に彼女に近づくことをためらわせてきた。
――しかし……
守居 蛍という少女の美しい容姿と本来備わった神聖な佇まい……
恐ろしくはあるが、それ故に不可侵で神秘的な美しい少女。
何時しか現実からかけ離れたイメージは、守居 蛍という少女の魅力をより際立たせ、悪い意味で学園内で有数の興味の対象として存在させていたのだ。
「お、おい……」
――その守居 蛍が
――ごく普通の少女のように頼りなげに不安に打ち震えている
「な、なに黙ってるんだよ、はは……」
少しばかり異様な空気。
――好奇な目で見ていた男子生徒達の手の届くところにいる
――いや、墜ちてきた！
何時も気丈で不可侵のはずの存在が一転して凌辱の対象に成り下がった瞬間。
彼女のことを気にくわなかった者は勿論、彼女に好意を寄せていた者達でさえ、
行き過ぎた興味は屈折した感情となって下卑た快感にすり替わり、生徒達の間に蔓延していた。
「うわぁーー！だったら俺、入ってもいいかもなぁ」
「おれも！おれも！」
興奮した男子生徒達はもう、とことん調子に乗っていた。
「ばぁか！」
「男子達ってほんとバカね、ふふふ」
そしてその光景を遠巻きに、クスクスと嘲笑する女生徒達。
「う……」
震える蛍の足は最早限界で、直ぐにもその場に崩れ落ちそうである。
「ねえねえ、カルトな宗教って良い事とかあるの？」
しかし、口々に放たれる下卑た言葉の数々はそれを許さない。
「……し……しらな」
逃げ出すことも出来ない身体。
黒い塊のような悪意に晒され、意思を裏切る身体は動くことができない。
「ない……よ」
ただ小さくなって震える。
「だよな、神様？教祖様？どっちでも良いけど、”ほたる”ちゃんがさ、なんか良いことしてくれるのかってことだよ！」
――わぁぁぁぁ！
普段相手にされなかった守居 蛍という少女のあまりにも脆い姿に、彼女を囲んでいた数名の男子生徒達が異様な雰囲気で一気に色めき立った。
男子生徒たちの……
”そういう”趣旨を含んだ言葉に周囲の空気が歪んでゆく……
「な……んで……しって……」
小さい唇をパクパクさせた少女は……やがて、
「蛍ちゃんって超可愛いと思ってたんだよ、入信したらそんな娘が色々してくれるの？」
「おおい、それお前、露骨すぎ！ぎゃはは！もっと上手くお願いしないと神様もお慈悲をくれないぜぇ？あはははは」
陸に釣り上げられた魚のように……
「し……しな……そんな……わた……ぅ……」
――息が出来なくなる！
「……うぅ……ぁ」
蛍の白い肌は色白というよりは最早、彩りを無くした氷のようで……
動かない膝はただ震えて……落ちるのを待つのみ。
「……」
「……」
――ゴクリッ
何時しか彼女を囲むような形になった男子生徒の集団は――
その中の一人が、蛍の小刻みに震える白い膝を凝視していた男子生徒の一人が、生唾を飲み込む音がやけにハッキリと響いた。
「………」
――ふ……ふふ
そして俯いた守居 蛍の可憐な唇の端は……
追い詰められた少女の弱々しいはずの唇は……
――何故か歪んで妖艶に口角を上げる！？
――
「なにしてるの！そこっ！！」
騒然とした朝の廊下で凜と通る怒声が響きわたった。
――っ！？
「始業時間が近いのにこんな所で！」
声の主は”学生連"の波紫野 嬰美。
スラリとした身体で堂々と廊下中央に仁王立ち、鋭い視線は居並ぶ野風俗な輩を睨みつける。
「お、おい！？」
「ああ……」
「ちっ！」
途端に、さっきまでの雑然とした状態が嘘のように静まりかえって、悪ノリと言うよりも最早、悪意の塊と化していた集団は、ばつが悪そうに銘々が視線を彷徨わせていた。
「あ……」
恐る恐る視線を上げた蛍から零れる言葉。
同時に守居 蛍の表情から、その場に不相応であった”歪な笑み”も消失していた。
「エイミ……ちゃん」
ホッとした表情で縋るような瞳で友人を見る、頼りなげなひとりの少女。
「……守居さんも気をつけて！」
「っ！」
しかし返ってきたのは……
他人行儀に投げつけられた冷たい言葉だった。
「……」
波紫野 嬰美の眼差しにも特別何の感情も見て取れない。
「う、う……ん、ご、めん……ね、エイミ……波紫野さん」
弱々しい蛍の言葉。
嬰美の態度が、いつも通り下の名で呼ぶことを躊躇させる。
「……」
そして波紫野 嬰美は、申し訳なさそうに俯く少女を一瞥しただけでクルリと背を向け去って行ってしまった。
――
やがて守居 蛍を取り巻いていた生徒達もすぐにバラバラと散ってゆく。
「……」
ただ独り……
そこにポツンと取り残された蛍は去って行った友達……
その毅然とした態度の少女を見送った後も顔を伏せて立ち尽くしていた。
――
「…………」
そして、そんな守居 蛍を遠巻きに観察するパールブルーのタイをした少女。
二年生の教室が並ぶ階で場違いな一個下の学年の少女。
「嬰美さんはホントに……まぁ、いいわ。取りあえずは上々かな、あとは……”折山 朔太郎”ね」
その一年生の少女、東外 真理奈はそう呟いてそこを後にしたのだった。
――くすっ……
誰もいなくなった廊下。
そこで笑みを漏らすのは……
”守居 蛍”
俯いた顔の愛らしい口元が悲しげに、しかし確実に綻んでいる。
「あーあ、こうなるんだ、やっぱり……最後は……ね……思ったより……駄目だなぁ……駄目だ……こんなんじゃ…………ぜんぜんたりない」
途切れ途切れに何かを呟く小さい唇。
そして守居 蛍の瞳は――
「……」
何も映さない空虚な闇を携える。
「ほんと……ばか…………ふふふっ……」
無機質な造り物の顔で佇む少女。
彼女の胸にある人物が過った。
「……朔太郎くん……キミは……期待に応えてくれるかなぁ」
第14話「キミは期待に応えてくれるかなぁ」後編 END
