過去も、現在も無い世界 後編
第10話「過去も、現在も無い世界」後編
――バタン!
永伏 剛士は乱暴にドアを閉めて部屋を出た。
――天都原学園生徒会室前
「その顔だとぉ、話し合いはもう済んだのかしらぁ?」
生徒会室を出た永伏の横に、彼の見知った女が立っていた。
「……」
壁にもたれかかり腕を組んで永伏を眺める女は、多分わざとだろう”話し合い”の部分を殊更強調して尋ねて来る。
長い髪を後ろで束ねた、化粧っ気の薄い成人女性だ。
「てめえはて……いつもいつも時間にルーズだな」
「あらぁ?剛ちゃんが真面目過ぎるんじゃ無いのぉ?」
誰の目からも品行方正とか真面目とかの類いとは程遠いイメージの男を捕まえ、そう評価してコロコロと笑う女。
「ちっ!くだらねえ事ほざいてないで帰れよ、凛子!ガキ共に話はしといた。この役立たずが!」
自身が凛子と呼ぶ女の指摘が居心地悪いのか、永伏は女を邪険に扱う。
――椎葉 凛子
彼女もまた”六神道”の一人であった。
「半年ぶりくらいなのにご挨拶ねぇ?……いいわ、じゃあ"真理奈ちゃん”帰りましょうかぁ」
男の言葉にこれと言って腹立たしい感情を覚えている様子でもない女だが、素っ気ない態度には素っ気ない態度で返す主義のようだ。
「っ!?ち、ちょっとまて!東外……お前、なんで凛子と?」
少し慌てながら永伏は凛子を引き留める。
いや、この場合は女と一緒にいる制服姿の少女を引き留めたと言った方が正しい。
「あ、はい……えっと」
天都原学園指定の制服を着用した少女。
淡いピンク色の薄いカーディガンを羽織った下は薄いグレーのセーラー服と膝までの清楚なプリーツスカートで、パールブルーのタイは一年生の女子ということを示している。
利発そうで静かな瞳と控えめな薄い唇。
前髪を横に流した肩までのミディアムヘアの髪型は、清潔で生真面目な印象を受けるが、毛先を軽くワンカールしている辺りオシャレにも気を遣っている最近の女子高生という感じだ。
制服姿の少女は短く返事した後で、やや動揺した表情で立ち尽くしていた。
「そこで偶然会ったのよぉ。なんだか永伏に報告があるとか聞いたような気がするけどぉ?まぁ、そういうことならぁ……帰りましょう、さぁ!真理奈ちゃん」
傍らの戸惑う少女を促してさっさと帰ろうとする凛子。
「ない言ってんだアホ!てめえだけ帰れ!こっちは仕事なんだよ!」
「り、凛子さん、困ります。永伏さんに頼まれていた件の報告もありますので……」
永伏 剛士と東外 真理奈という少女はそろって凛子に反論していた。
「なぁによー、二人そろってぇ!」
途端に椎葉 凛子は子供のような拗ねた顔をする。
真理奈は困った顔で凛子を見た後、永伏に改めて向き直った。
「例の準備は……永伏さんの指示通り整っています。明日には動き出すかと」
その報告に満足そうに口の端を上げる男。
「そうか、岩家の情報といい、お前は"奴ら”と違って優秀だな」
永伏の言葉に、平静を装いつつも満更でも無いような笑みが零れてしまう少女。
東外 真理奈という少女は意外と単純なところがあるのかもしれない。
「うわぁ、なんだか知らないけど悪い顔してるわぁ、剛ちゃん」
口から出た言葉とは反対に、椎葉 凛子は二人を交互に眺めながら楽しそうに笑っていた。
「あと一つ気になる事があるのですけど?」
変わって、少し考えるような仕草をした東外 真理奈は”ついで”のように付け足す。
「なんだ?岩家のことなら処理してきたぞ」
「いえ、岩家先輩の件ではなくて……ある意味似たような問題ですけど」
「なんだ?」
少女の多少持って回った言い方に、ガラの悪い男は不機嫌そうに先を促した。
「あの女……守居 蛍の近くに、最近よくいる”折山 朔太郎”という男の事です」
「あ?岩家の同類か?」
「ある意味……あの件が動き出せば、あの女の味方になるような事は無いとは思いますが、一応は保険として先に何か手を打っておいた方が良いのでは無いでしょうか?」
東外 真理奈の進言に少し考える仕草をする永伏 剛士。
「……」
真理奈は、この男にしてはヤケに歯切れが悪いと思い、不思議そうに男を見ていた。
いつもなら――
”そんなもん、ぶっ潰せばいいだろうが!”
と、即答しそうなものだが……
「……危険な男か?その、”なんとか太郎”は」
そして永伏は、時間をかけた割にはあまり興味なさそうに尋ねた。
――やはり、この男が気にとめるのは相手の実力のみのようだ
基本、弱い奴には何もできないと高をくくっているのだろう。
真理奈は内心で呆れながらも、そんな態度はおくびにも出さずに答える。
「折山 朔太郎です。嬰美さんの太刀筋や、岩家先輩の組み手を裁くような男です……最終的にはどちらにも歯が立ちませんでしたが、正直それも本気だったかどうか?」
東外 真理奈は自分と永伏の考え方は相容れないと解っていた。
そもそも六神道の長老達からの命でなければ、目の前の男は、彼女の本心として六神道家中でも最も組みたくない相手であったのだ。
「そんな奴がいるのか?何者だ」
「わかりません」
強いと解った時点で多少の興味を寄せる男。
そして――
"わからない”と即答した真理奈の瞳は若干泳いでいた。
「じゃあ、俺が仕留めてやるよ!」
永伏はそんな彼女には気づかずに勝手に結論を出す。
「……」
――やっぱりそう来たか!
真理奈はきっとそう思っただろう。
眉をひそめた表情を一瞬見せる。
"こういう"暴力的なところがウンザリとするのだ。
「学園内のことは学園生が対応すべきです」
真理奈は正面の永伏に気づかれないうちに表情を整え、そう答えた。
「ちっ、どこかで聞いた言葉だな」
日に二度も、それもかなり年下の相手に諭され、永伏は面白くない様子だ。
「とにかく、私に任せてください」
「腕が立つんだろうが?嬰美か剣、もしくはライト・イングラムあたりをぶつけるのか?」
「敵になる可能性の方が低いですし、強引なやり方は避けた方が無難かと」
真理奈は、この男は何が何でも腕力で解決しようとするのか?と改めて呆れ、
自然と永伏 剛士と親しく年齢も近い、椎葉 凛子の反応を確認していた。
「ふんふん、ふふぅぅん」
しかし女は壁に靠れて鼻歌を歌っていた。
女は既にこの話題には興味がなさそうだ。
「……」
真理奈は、こっちはこっちで人間的に色々と問題があるわ、という困った表情で密かに溜息を吐く。
「?」
会話の途中で凛子の方を向いて、直ぐに逸らす真理奈を不思議そうにみる永伏。
――やはり私がやらなければ……
生真面目な少女は再認識する。
「私に考えがあります。平和的かつ、効率的な方法が」
気を取り直した後、東外 真理奈は宣言した。
「"折山 朔太郎”なる男は私にまかせて下さい」
そして彼女は自信満々にそう言って、”作り物の笑顔”を輝かせたのだった。
第10話「過去も、現在も無い世界」後編 END




