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神がかり!  作者: ひろすけほー
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裏世界のひとびと 前編

挿絵(By みてみん)

第09話「裏世界のひとびと」前編


 風光明媚な地方都市、天都原(あまつはら)市にも未成年が近づくのには不適切な繁華街はある。


 所謂(いわゆる)、夜の街というやつだ。


 深更へと向かう頃、その場所が最も輝きを増す時間帯でのある店舗内……


 ――コトリ


 鏡のように磨かれた大理石のテーブル上に、ワイングラスと”1999”と印字されたワインボトルが置かれた。


 ”シャトー・ラフィット・ロートシルト”


 赤ワインの中でも王様級の逸品だ。


 深みのある色と気品溢れる香り、きめ細かな味わいの最高級ワインと云われているが……


 実のところ俺は良く()らない。


 何故なら俺はワインを嗜まないし、そもそもアルコールは好みじゃない。


 そしてなにより俺は、”注ぐ側の人間”だからだ。


 ――


 「お待たせ致しました、槙子(まきこ)様」


 清潔な白いワイシャツに黒いベストとスラックス、胸元には黒いクロスタイを着用した歳若いボーイが一人前の所作で客の前に傅く。


 ――まぁ、俺のことだ


 とにかく俺は学校という異世界とは別人の顔でペコリと丁寧に頭を下げていた。


 「待ちかねたわよ、(さく)くん。今夜は何時で上がりなの?」


 店内の高級大型ソファーに半ば身体(からだ)を沈ませる、ふくよかな中年の女性。


 少し年齢が経っているのと表面積が広いのが玉に瑕だが、なかなかの美女だ。


 彼女は慣れた感じで(した)しげに俺に笑いかけてくる。


 ――ここは、一世会(いっせいかい)が仕切る繁華街の高級バー「SEPIA(セピア)


 俺は……


 長い付け睫毛をしばたかせ、ねっとりとした視線であからさまにアピールしてくる女客に愛想笑いを携える曖昧に対応していた。


 「……ふぅ」


 内心、俺は軽い疲労からため息を吐いていた。


 日中は高校生なんて柄に無い事をする羽目になった俺も、


 夜は本来の姿である労働者として勤しんでいる。


 というか、俺の人生の大半は労働だ。


 今まで”寝る事”と、あと一つ以外はほぼ労働(それ)に費やしてきた人生だったが、この春から何の冗談か高校生活という予想外のものが俺のスケジュール帳に加わった。


 「……」


 ――()(かく)、俺は忙しい


 特に今、従事しているこの仕事はかなり大変な部類だ。



 「ねぇ、(さく)くん。聞いてる?」


 ……話が少し脱線してしまったが、


 俺の目の前の見るからにセレブな女性は大田原(おおたわら) 槙子(まきこ)


 地元の代議士夫人で自身も会社を三つ経営している女傑である。


 それなりに美人ではあるが、濃い化粧と刺激の強い香水は、俺は少し苦手であった。


 「申し訳ありません槙子(まきこ)さま。今夜は遅くなる予定なので……」


 「ざーんねん。じゃあさ、(さく)くんさ、今度の日曜ドライブ行こうよ。(さく)くん、運転できる?」


 俺の素っ気ない返答も全く意に介さない中年女性。


 「いえ、免許も車も持っていませんので……」


 「そうだよねー、高校生だもんねー、あっ、これはあまり大声ではいっちゃダメよね?」


 全然悪そうでない表情(かお)でそう言う槙子(まきこ)


 対して苦笑いを返す俺。


 ――こういう女性(ひと)だよ


 彼女は俺もそれなりに良く知る上得意(ビップ)だ。



 「じゃあさ、車買ってあげるわ。フェラーリとか、ポルシェとか、男の子ってそういうの好きなんでしょ?だから……また、ね?愉しませ……」


 ――


 「槙子(まきこ)様、申し訳ありません。こちらの者には少し別件が入りまして……」


 甘え声で槙子(まきこ)が俺にしな垂れかかろうとしたとき、俺と同じ格好をした二十代の男が割って入って大田原(おおたわら) 槙子(まきこ)に頭を下げる。


 「折山(おりやま)森永(もりなが)さんがお呼びだ」


 ――そして男は俺の耳元に小声で告げる


 一転して雑な言葉遣いだ。


 「……」


 それから男はおもむろに目の前のワインボトルを手にとって、有無を言わさぬ雰囲気で既に接客を引き継いでいた。


 「失礼します、槙子(まきこ)様」


 既にそこに居場所を無くされた俺は、不満顔の女性客を残しつつカウンター奥のスタッフルームへと足早に向った。


 ――


 ――まぁ大体予想はつくけどな……


 コンコン――ガチャリ!


 軽いノックの後、部屋に入る俺。


 「おう、(さく)。仕事だ!」


 入り口に俺の姿を確認した途端、小太りの男は目も合わさずに横柄に命令してくる。


 ――たった今までも仕事してたんだけどなぁ


 俺はそう思いながらも頷いた。


 「ゴネ客だ、裏で待たせてある。いつも通り適当に処理しろ」

 

 小太りの男……森永(もりなが)という固有名称の男はそれだけ告げ、偉そうに応接セット机に脚を放り出したまま、なにやら真剣にスマートフォンの画面と睨めっこしている。


 「……」


 難しい表情(かお)をしてはいるが、どうせゲームかアダルトサイトだろう。


 ――まぁ、この(ひと)はいつもこんな感じだ、特に気にするほどの事でも無い


 クイッ


 白いワイシャツの首元に装着した黒色のクロスタイを若干緩めたあと、


 「……」


 俺は勝手口のドアに手をかけた。


 「あぁそうだ、”筋モノ”じゃなさそうだが……ボクサー崩れらしいぞ?」


 相変わらず画面を見たままの小太り男は、出て行く俺にぞんざいな忠告を投げつける。


 コクリ


 それに軽く頷いた俺は、特に変わること無く部屋を(あと)にしていた。


第09話「裏世界のひとびと」前編 END

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