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酒と煙草と異世界と  作者: 逸環
3/3

3話  酒と煙草と異世界と笑顔

第三話です。どうぞ。

集落の長、グレグソンの家を出て二分後。

踏み固められた道を歩きながら、家畜小屋へと向かっている途中に、カタリナが口を開く。


「さて、家畜小屋に行く前に、一つ言っておくことがあるわ」


「何だ?愛の告白なら受け付けてるが?」


「軽薄な男は嫌いよ。そうじゃなくて、家畜小屋にいる動物の注意よ」


「ああ、なるほど。残念」


顔に薄く笑みを張り付け、ワザとらしく肩を竦めて、やれやれと首を振ってみせる。

これで火の点いた煙草でも咥えてれば様にもなるだろうが、いかんせん今はとにかく煙草は大事にしなくてはいけない。

軽々には吸えないのだ。

などと禁煙ならぬ節煙をしているが、これもいつまでもつのか。


「家畜小屋にはウーフを飼っているの。温厚だけど、体は大きいし角もあって、怒ると怖いからちょっかいをかけないようにしなさい。っていう話よ」


「ああ、分かったよ。気を付ける」


そもそも、動物の扱いなんて、せいぜい分かって犬猫程度の人間が、畜産動物の扱い方なんて分かるわけがない。

触らぬ神に祟りなし。余計な事はしないに限る。

と、思ってても余計な事をしてしまうのが、人間という生き物なのだが。


「そういえばジャック。アナタ、どこの人なの?気が付いたらここにいたって言っていたけど、もしかしたら帰してあげられるかもしれないわ」


「ん?日本っていうんだが、分かるか?」


カタリナの問いかけに、ほぼほぼダメ元で答えてみる。

まあ、おそらく十中八九だが、何も分からないだろう。

何せ、異世界なのだから。


「あー……ごめんなさい。分からないわ」


「大丈夫だ。その可能性の方が高かったしな」


やはり、か。

予想通りだが、それはそれで心にクルものがあるな。

帰る手段が見つからない可能性が、更に増したという事にもなるわけだし。


そんな事を話しながら、また数分歩くと、徐々に獣臭さがする建物に辿り着いた。

一般的な牛舎の、屋根が他の家々同様に植物でできている様な感じだ。

壁が柵になっているので、中にいる十数匹の動物の姿も見える。

黒毛に、がっしりとした体躯。愛嬌を感じるつぶらな瞳。サイの様に生えた、見るからに頑健そうな一本の角。


「この子たちが、ウーフよ」


「こいつらがそうか」


まあ、サイの角が生えた牛たちだった。

おそらく、ジャングルという木々が多い環境では、横に張り出した角は邪魔になる。

だから、一本の角という形で進化したのだろう。


「こいつらは食肉用か?」


「それにもなるけど、基本的には畑仕事とか、重い物を運ぶ時に使うわね」


「ああ、なるほど。……ところで、俺はこの獣臭いとこで寝泊まりするのか?」


「そういう事になるわね。後で毛布とシーツくらいなら持って来てあげるわ」


「……マジかー」


正直、寝れるかどうか心配だな。

臭い的にも、後ウーフたちの寝息とか鳴き声とかうるさそうで。

まあ、なんなら寝酒でも飲んでしまえば良いか。


……いや、そうか。今は酒もなかったな。

ああ、愛しのジャックくん。また会える日を待っている。

さて、寝床の確認はできたな。では、次だ。


「じゃあ、畑を見せてくれないか?さっき作物を見せてくれるって言ってたし」


「ええ、良いわよ」


そう言って、家畜小屋(俺の寝室)を離れる俺達。

背後では、ウーフたちの低い低い鳴き声が聞こえていた。

さらば同居人たち。また会おう。ルームシェア生活のコツは、相互理解とお互いへのリスペクトだ。

お互いに歩み寄ろうじゃないか。


そして畑に向かい歩き出し、集落を囲む柵を出て森の中をしばらく進むと、水の流れる音が聞こえて来た。

おそらくは、川が近くに流れているのだろう。

農耕をするには、水源が近くにある必要があるしな。

集落に井戸の類は見当たらなかったが、生活用水は川から汲んでいるのだろう。

などと考えていると、木々がなくなり視界が開ける。

そこには、大きめの葉の植物が数多く生えている畑があり、何人かの紫の髪に褐色肌の、カタリナと同じオーク族だろう人々が働いていた。


「ここが畑よ。ここで育ててるのは、全部ロータよ」


「これがか。これはどこを食べるもんなんだ?」


「全部よ。見えてる葉っぱや茎の部分も、根の部分も食べれるわよ」


「へえ?」


何かあれだな。大根とかみたいだな。

大根の葉っぱは油で炒めて、炒飯に入れると美味いんだよな。

でも、この植物は葉の部分が大きいから、そういう調理よりサラダ系の方が良いかもしれないな。


「気になるなら後でお昼ご飯で作ってあげるから、試してみると良いわ」


「良いのか?悪いな、世話になりっぱなしで」


「良いのよ。明日から働いて返してもらうから」


「ハハ、なるほど。善処はするさ」


「期待してるわね。……さてと」


ロータを見ながら、2人でそんな話をしていると、不意にカタリナが辺りを見渡して、何かを探し始める。

少しだけキョロキョロとしていたが、すぐに目当てのものを見つけたのか、大きな声でそれを呼ぶ。


「ああ、いたわね。マルシルー!ちょっとこっちに来てー!!」


「はーい!」


カタリナが呼びかけると、畑の畝の間を通って、小柄、と言うよりも小さな人影がこちらへと駆け寄って来る。

その人影が俺を無視し、カタリナに突撃するのを、彼女は優しく受け止めた。

そしてしゃがみ込み、突撃してきた人物に目線を合わせると、その頭を撫で始める。


「こーら、危ないでしょ?」


「えへへー」


マルシルと呼ばれ、カタリナに撫でられているそれは、少女だった。

見たところ、5歳くらいだろうか。天真爛漫といった言葉が似合うであろうその笑顔が眩しい、可愛らしい女の子だ。

顔の造詣がカタリナに似ているのは、気のせいではないだろう。

歳の離れた兄弟か?


「カタリナ、この子は?」


「ああ、紹介するわ。この子はマルシル。私の娘よ」


「マルシルです!よろしくおねがいします!」


「おお、よろしく。俺は『ジャック・ダニエル』。ジャックと呼んでくれ。お兄さんでも良いが、おじさんはやめてくれよ?」


「はーい!」


ニコニコと笑っているマルシルに表情を合わせ、俺もニコニコとした表情を作りながら、畑仕事のせいか泥だらけの手に握手をして、自己紹介をする。

うむうむ、元気があっていい子だ。それにちゃんと挨拶ができるのも好感が持てる。

後でお小遣いをあげよ……ああ、俺ここの通貨を持っていなかったか。

それ以前に、日本円は使えるのだろうか。まあ、無理だろうが。

いざとなれば、珍品として売れば良いだろう。多少は金になるはずだ。


……ん?待て、俺は何かを見逃さなかったか?


「……カタリナ。この子、お前の何だって?」


「娘よ」


「うん!」


……なるほど。これは予想外だったな。

てっきり妹かと思ってたな。

いや、カタリナは若く見えるが、とても美人だ。それに集落に早婚の風習があれば、別に不思議な事でもない。更に言うなら、カタリナが見た目通りの年齢かどうかも疑問だな。異世界の別種族なんだ、平均寿命と老化の速度が違ってもおかしくはない。

まあ、どっちでも良いか。


「そうか。ああ、娘さんがいるなら、後で旦那さんにも挨拶しないとな。世話になったわけだし」


「ッ!!」


俺がそれを言った瞬間、カタリナの表情が強張る。

どうやら、今のは良くなかったらしい。

この反応だと、おそらくは。


「……この子の父親は、3年前に死んでるの」


「……すまないな」


「良いのよ……知らなかったんだから……」


後ろからマルシルを抱きしめ、沈痛な面持ちで俯くカタリナと、片手で頭を抱え、目を逸らす俺。まだ子供のマルシルだけは、どういう状況かイマイチ分かっておらず、キョトンとしている。

どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。安易にこういう事は聞くべきではなかったか。

気まずい沈黙が流れる中、ふと、鞄の中に入れていた物に気が付いた。

鞄の中をゴソゴソと探し、目当ての物を出して、マルシルに渡す。


「ほら、チビ助。甘いもんだ。食いな」


「う?」


「この外側の透明な部分は食べれないから、剥いてだな……」


数個の個包装されたピーナッツチョコの包装を解き、マルシルの手に置いてやる。

その内の一個を自分で食べ、食べても大丈夫な物だと示す。

そうすると、マルシルは食べても良いのかとばかりに、カタリナの方をチラチラと見始めた。

それに苦笑を一つして、母親が子供の頭を撫でる。


「良いわよ。ちゃんとお礼は言わないとね?」


「はい!ありがとう!」


「どういたしまして。さ、食いな食いな。美味いぞ」


「うん!……おいしー!!」


もぐもぐと一個ずつ口に運び、その度に花が咲いたかの様に笑うマルシル。

いや、お日様の様に、の方が合っているかな?

どちらにせよ、眩しい笑顔だ。


「ほら、カタリナ。お前も一つどうだ?」


「あら、私も良いの?」


娘の分だけだと思っていたらしく、カタリナにも勧めるとキョトンとするが、一個口に運ぶとすぐに柔らかな笑顔になる。


「……美味しい」


「なら、良かった」


マルシルが太陽の様な笑顔なら、こちらは嫋やかな月の様な笑顔と表現すべきか。

似た様な顔で、しかし違う笑顔をする2人。ああ、確かに2人は親子なんだと、自然と理解する光景だ。

しかしあれだな。


子供の頃の俺にも、こういう光景になれる様な、そんな可能性はあったのだろうか。

そんな、今となっては無意味な疑問を持ってしまう。

まったくもって、らしくない。






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