魔王軍は笑顔溢れるアットホームな職場です
「お初にお目にかかります、ダウニッシュ様。私は魔王軍兵站局長の秋津アキラです」
「噂は聞いているよ、アキラ局長。親衛隊所属のガウル・ダウニッシュだ。よろしく頼む」
ダウニッシュという士官は他のエルフと同様、長い金髪と耳を持つ男性だった。
それ以外の見た目は……日本にあった某奇妙な冒険漫画に登場していた身体の一部を変身させることができる自称宇宙人によく似ている。
「噂ですか。碌な噂じゃなさそうですね」
「そう自分を悲観する物ではないぞ。確かに人間だから、という理由で根も葉もない噂も流れてはいるが、私が関心を寄せている噂は別物だよ」
いや、どっちにしろ碌な噂じゃないと思うんだよね。
ちなみに俺自身が聞いた俺の噂は以下の通り。
『秋津アキラなる人間は魔王陛下を取り込んで公費でハーレムを作っている売国奴である』
とかなんとか。
いっそそれが本当であればよかったとか思ってないよ?
事の真相は御存知の通り、頼んでもないのにハーレム作る魔王陛下に悩まされている俺という構図である。
最近は男の比率も増えてきたけども、まだまだ女性優勢である。
「碌な噂が広まらないよう、精進しましょう」
「期待しよう。親衛隊も君の働きに関心を寄せているよ」
「身に余るお言葉です」
魔王軍にしては――正確に言えば魔王軍ではないが――物腰が柔らかく、第一印象としては良い人であった。
その後もダウニッシュさんから魔術と親衛隊の話を、俺は日本の話や今後の兵站局の話をして盛り上がった。
腹の探り合いもせずに割と普通に雑談を楽しんでいるのは、迂遠な会話を嫌う魔王軍の特徴でもある(一部除く)。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
そんな大魔術師がどうして兵站局に来たのかが疑問である。まさか雑談をしにきたわけではあるまい。
「少し頼み事があって来たのだ」
「頼み事?」
「あぁ。兵站局にしか頼めない事さ」
はてな?
兵站局にしか頼めない仕事なんざ事務と補給だけな気がするが。
魔王親衛連隊は、魔王軍とは別の組織だ。
魔王陛下直属で、魔王陛下が直接率いて敵を掃討する精鋭の部隊。その任務の特性上、独自の指揮系統と補給手段を持っている。
勿論、兵站組織を着々と構築している我が兵站局ともそれなりに連携している。
レオナが開発した輸送用石魔像Ⅰ型の優先配備とか、緊急支援物資の手配とか。
「一体どんな頼みでしょうか?」
「無論、兵站さ」
「しかし兵站については、親衛隊も独自のものを持っているはずですよね?」
「そうさ。しかし少し不具合が発生してな」
「不具合?」
「そうだ。我が親衛隊で補給を担当していた士官が……いや迂遠な言い方はやめるか。補給を担当していた私が、急用で外れることになったのだ」
なんとも、驚くべきことを二つ同時に聞いてしまった。
「……ダウニッシュさんが補給担当だったんですか? ということは収納魔術で?」
「あぁ、やはり知らなかったか。まぁ親衛隊は秘密主義だから仕方ないが……。親衛隊の補給は私がやっていた」
「しかし急用で外れると言うのは……?」
俺が聞くと、ダウニッシュさんの顔が少し曇る。
どうやら地雷を踏んだらしい。親族が亡くなって、その葬儀に参加するというのだろうか。だとしたら核地雷級だが。
だからあれほど鶏で制御する核地雷はやめとけって言ったんだ。
「……故郷の孫娘が、結婚すると言う話でな」
全然違った。
ダウニッシュさんにとっては、めでたい話でもないかもしれないが。
しかし若く見えるダウニッシュさんに孫がいるあたり、やはりエルフは長寿すぎる。
「……おめでとうございます?」
「めでたいもんか。まだまだ子供のあいつが結婚など100年早い。しかも相手は……っと、君に言っても仕方ないか」
いやいや、大丈夫ですよ。
どこの国でも娘の結婚で悩むのは同じなんだなって思っただけですから。この人の場合は孫娘だけど。
「というわけで陛下に事情をお話し、休養を取ることになった。すぐに戻るつもりだが、一週間から半月は帰ってこない。その間、もう一人の補給担当者が親衛隊の腹を支えることになる」
「なるほど。一人では心許ないからその支援をしてほしい、ということですか」
「御名答。話が早くて助かる」
「であれば、喜んで引き受けましょう。もとより、兵站局はそのためにあるのです」
「すまないね、アキラくん。ここ最近の敵の動きは鈍いから、大したことにはならないと思うが……。まぁ、よろしく頼むよ。この埋め合わせは必ずする」
「いえいえ、構いませんよ。仕事ですから」
冠婚葬祭休暇をちゃんと与えて仕事の引き継ぎをスムーズに行う魔王軍は、多分そこら辺のホワイト企業よりも驚きの白さを持っているに違いない。




