ともだち
コルネリア様との買い物を終え、家に帰ってのんびりと読書をしていた時、ノックが鳴りました。
来客の予定はなかったですし、そもそもこの家に来る方などそう多くはありません。
怪しい薬の訪問販売なら一度ありましたが。
なんでも胸が大きくなるとかならないとか。私の胸を見てそんなことを言ったので、今その訪問販売員は鉄格子の向こう側です。
「それが噂になって悪質な訪問販売はなくなったのですが――誰でしょうかね」
もしまた失礼な方であれば、また刑務所送りにしよう。そう思ってドアの覗き窓を見ると――
「あ、アキラ様!?」
そこには、恋人がいたのです。
……本来であれば仕事中のはずの、彼が。
頭の中で「仕事中に抜け出して私の家に来たアキラ様をどのようにあしらうか」で数秒迷い、
『おーい、ソフィアさーん』
「あ、はい。今開けますからちょっと待ってください」
結局なにもせずに、普通に開けてしまいました。
---
「今、お茶を入れますので」
自慢ではないですが、私の家は何もありません。
家と言っても集合住宅ですから部屋も少なく狭いので置く場所がないというのもありますが、単純にインテリアの類に興味がないというのもあります。
ですが、その、殿方が来ることを想定してなかったため、この殺風景な部屋にアキラ様が引いてしまわないか不安になりました。
今度、家具買いましょうか……。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
なんだか落ち着きません。そわそわします。
でもアキラ様もそわそわしています。自分から来たくせに。
仕方ありません。ここは私の方から――、
「あの」
「あの」
かぶりました。小説みたいに。
「あ、ソフィアさんから……」
「いえ、アキラ様からで大丈夫ですよ。何しに来たのか聞きたかっただけなので……」
「そうでしたか」
言って、アキラ様は私の淹れたコーヒーを飲んで口を湿らし、本題に入りました。
「ソフィアさん。単刀直入に聞きます」
「はい」
「コルネリアさんって、誰ですか?」
「…………」
なるほど、アキラ様が早退してここに来た理由がわかりました。
恐らくは見たのでしょう。
私とコルネリア様が会っているところを。そして楽しく遊んでいることも、全て見たのでしょう。
黒目・黒髪・黒翼の彼女の姿を。
「……コルネリア様は友達です」
もうばれているのに、私は誤魔化しました。
意味がないとわかっていながら、そんなことを言ってしまいました。
するとアキラ様は、問い詰めることはしません。代わりに出たのは、こんな言葉。
「ソフィアさんはずるいです」
「……は?」
意味が分からず、聞き返しました。
ずるい? どうしてそんな言葉が返ってくるのでしょう?
「いつだったか、ソフィアさんは私に言ったはずです。『どうか優しくしないでください』と」
「……」
そうでした。確かに私は、そんなことを言いました。
「でも立場が逆になったらこれですよ。ずるいですよ、ソフィアさん」
「……そうかもしれません」
何もかもばれていると、悟りました。
コルネリアがコルネリアではないことまで、アキラ様はわかっている。
私が彼女を見抜いたように、私がアキラ様の心の内を見抜いたように。
アキラ様は、私の心を見透かしていたのです。
その上であえて聞いているのです。
コルネリアは誰だと。
「……アキラ様は意地悪です」
つい、口を尖らせてしまいました。
「好きな子には悪戯をしてしまうのが男の常でして」
「…………はぁ」
まったくもう、この「人間」は……。
でも、ようやくわかりました。
あの時アキラ様が話してくれた時のように、私も話せば、何か解決策が見出されるのではないのかと思います。
だから私は、正直に言いましょう。
あの時のように無様な泣き顔を見せることはしません。もう私は成長したソフィアなのですから。
二人は話し合って、共に前に進むものだから。
「コルネリア様は――私の初めての友達です」
---
「――あなた、何言ってるかわかってるの?」
「当然です。あなたは私の初めての友達だと、そう言ったのです」
「本気?」
「勿論です」
「……なら、最高のバカ。私が本気で、あなたのこと友達だと思ってと思うの?」
普通に考えたらそうなるだろう。
コレットは友達のフリをしてソフィアさんに近づいたのだから。
そんなこと、ソフィアさんは百も承知だ。
その上で、あえてソフィアさんは言っている。友達だと。
「友達だと思っていた奴が実は友達じゃなかった。そしてそれを残念に思いながら死ぬということになるのね、あなた」
「思いません。残念とか、後悔とか、そんなことはしません。だって、私はあなたがスパイだと知っていたから」
「適当な事を――」
「適当ではありませんよ。見ればわかります」
スパイとしてはポンコツ。
クレーメンスさんの言葉が再び脳内に木霊する。
簡単な罠に引っ掛かり、治安の専門家じゃないソフィアさんにも察知される。
偶然とはいえ、俺にも正体がバレかける。
ポンコツなのだ。彼女は。
そんなポンコツスパイが、本気でソフィアさん相手に「友達のフリ」なんて出来るのだろうか。
『……これは確たる証拠があるわけじゃなくて、私見なのですが……あの人は、コルネリア様は自分が友達のフリをしていると思い込んでいるのではないかと思うのです』
ソフィアさんは、あの時俺にそう言ったのだ。
自己暗示というものだろうか。自分が完璧なスパイだと思い込んで演技をし続ける。
当然ソフィアさんにはそれがばれる。
だがソフィアさんは、その「完璧な」演技の中から、別の思いを見出した。
「あなたは演技をしていないのではないのか、と」
「何を、バカなことを!」
「気付いていないのなら教えてあげますが、普通のスパイは声を荒げたりはしませんよ? それに如何に陛下憎しで動いているとしても、信じられないと言いたげな顔で『嘘よ』なんて言いませんよ?」
コレットは口をパクパクさせて反論できないでいる。
これは俺も見た。表情がみるみるうちに変わって、叫びそうなくらい興奮していた彼女の顔を覚えている。
直後にクレーメンスさんが乱入していなかったら、叫んでいただろう。
「たとえそうだとしても――私は人類のスパイとしてここにいる。だから友達だろうがなんだろうが、私は任務の妨害をするあなたを殺すわ」
「……そうですか」
「そうよ。だから――」
「では撃って御覧なさい」
そう言うとソフィアさんは、腕を広げた。
ハリウッドのドラマさながらに「撃てるものなら撃ってみろ」と言わんばかりに。
「……本当に撃つ」
「だったらはやく撃ってください。本望です、と言ったはずです」
コツコツと、これ見よがしに軍靴を鳴らしながらソフィアさんはコレットに近づく。
でも、コレットは撃たない。
否、撃てない。
ソフィアさんと銃口との距離がほんの数センチになっても、コレットは引き金を引かなかった。
「どうして、撃たないのですか?」
「――撃つ」
「それは、嘘でしょう。現に撃てていません。その理由は――」
「やめて。聞きたくない」
銃の狙いがソフィアさんを外れる。
それどころか両手で耳を塞いで、必死に外界の音をシャットダウンしようとしている。
「その理由は、私とあなたが、友達だからではないのですか?」
「――違う、違う!」
錯乱したコレットはついに銃口をソフィアさんの額に押し付け、引き金を――、
「……えっ?」
「やっぱり、引けないでしょう。友達ですから」
引くことはできず、ソフィアさんに銃をあっさり取られてしまった。
「な、なんで……」
「やっぱり友達を殺すことは、できませんもんね?」
ソフィアさんはそう言ってコレットを抱き締めた。
女友達同士ならやるかもしれない、そんなよくあるスキンシップだ。
こちらに背を向けているソフィアさんの顔をうかがい知ることはできない。
でもコレットの顔は俺の所からよく見えた。
今すぐにでも泣きそうな、少女の姿だ。
その直後、二人は黒い霧に包まれ、コレットは気を失った。
「…………無茶をし過ぎではないですか、ソフィアさん。銃を取り上げても、ナイフを所持している可能性があるのですから」
この言葉は俺のものではない。
黒い霧が喋ったのである。否、その黒い霧は次第に集まり、周囲を飛んでいた蝙蝠と合流し、一つの身体となった。
元憲兵隊、吸血鬼のクレーメンスさんだ。
「……アキラ様、どういうことですか」
「私は知りませんよ」
どうやら、尾行されていたらしい。
どっかの連載再開するたびにニュースになる漫画みたいな二重尾行をやってくれたようだ。
「ソフィアさんはともかく、アキツ局長殿は尾行しやすいですから。まぁ、アキツ殿が暴漢に襲われそうになっているのに本人が全くその点に気付いていなかったことは骨が折れましたが」
「はぁ……ま、いいですよ。それが憲兵の仕事と言ってしまえばそれまでですから。で、どうするんですか」
「どう、とは?」
「コレットの今後の事です」
「決まっています。尋問、必要であれば拷問を。スパイに容赦は必要ありません」
クレーメンスさんの言葉に、ソフィアさんはビクッとさせた。
こうなることを恐れていたが故に、今回の独断専行だったわけだが、やはり憲兵隊は侮れないものらしい。
「今回のアキツ殿の勝手は、コレット確保の功績で以って特別に不問とします。ですが今後は私に何か相談をしてからでお願いしますね?」
「……善処します」
クレーメンスさんはそのままコレットを担ぎ上げ、この場を離れた。
残されたのは、友人を助けられなかったソフィアさんと、ただ傍観するだけで役に立たなかった憐れな男である。
「……ソフィアさんは、なんであんな無茶をしたんですか」
気まずくなったて、気になっていたことを聞いた。
ソフィアさんは俺に近づき、体重を俺の胸に預けながら答えてくれた。
「拳銃です」
「拳銃?」
「はい。鹵獲した武器の中に同じものがあったのを覚えていました。安全装置がかかっていて、どう頑張っても引き金を引くことはできません」
そう言うとソフィアさんは俺に体重を預けたまま腕を伸ばし、何もない壁に銃を向けた。
そして引き金をガチガチと引いたが、引き金は動かない。当然撃鉄も落ちないし、弾も出ない。
セーフティがロックされている状態だと、そうなるらしい。
自分の銃にセーフティがかかっているか否かを理解していなかったのは相当焦っていたからなのか、あるいはその銃に不慣れだったのかはわからない。
いずれにしても、やはりポンコツ……いや、これ以上は可哀そうだからやめよう。
「回転式拳銃にセーフティなんて珍しいですね」
「そういうものですか……。でも確かに、分解して解析した情報部も『工芸品のようだ』と評していましたから、生産性は悪いのでしょうね」
「えぇ。でもそのおかげでソフィアさんは助かった。友達だから、ではなかったですけど」
「はい。それはハッタリです。でも……」
でも、本当に彼女が自分の事を友達だと内心思っているのではないか、という気持ちがあったのだそうだ。
もしかしたら本当に演技だったのかもしれないけれど。
「私にとってコルネリア様は――いえ、コレット様は、友達ですから」
力なくそう言った彼女は、拳銃を持っていた手を下ろして、そのまま地面に落とした。
ソフィアさんの頭を撫でる。そして微かに震えているのがわかった。
友人を助けられなかったと、後悔している。
「――申し訳ありません、アキラ様。こんなことに付き合わせてしまって……」
「何を言っているんですか」
そんな彼女に、俺は軽く笑ってしまった。
本当に何を言っているのだ、まったく。
「私はソフィアさんから頼まれたこと、まだ達成してないですよ」
あの日、ソフィアさんから頼まれたこと。
友達を助けたいという彼女の思いを聞いた。
「で、ですが、彼女はもう――」
「えぇ。ですけれど、相談相手が誰だか忘れたんですか?」
俺がそう言うと、ソフィアさんは顔をあげこちらをじっと見つめる。
その目は期待半分、疑問半分といった感じだ。
「……えっと、兵站局局長アキツ・アキラ、ですか?」
まぁ、今まで数多くの問題に兵站局の力で打ち破っていたからその答えが出るのは当然かな。
「今回は違います」
「……では、何だと言うんです?」
ソフィアさんの疑問に、俺は胸を張って堂々と恥ずかしい事を言った。
「私はソフィアさんが大好きで、ソフィアさんのためだったらどんな無茶なことでもやってみせる、意地が悪くてやり口が汚い人間アキツ・アキラです」




