甘い嘘は羽根に塗れて
「お菓子を食べ過ぎると、羽根が生えてきて――最後には鳥になっちゃうんだぜ」
指をさした先にいるのは、ボールのように丸い体をした鳥だった。
――今日も咄嗟に思いついただけの、適当なことを村の小さい子たちに教える。
「だからこの村の鳥はみんな、お菓子の食べ過ぎで、空を飛べなくなってるんだ」
子供たちはそれぞれの親に、自分が嘘つきだということを教えられているのか。
本気にすることはなく、ただただ、笑い話として楽しんでくれている。
自分はそれが嬉しくて、楽しくて。毎日、みんなが集まっている広場を訪れては、大小様々な嘘をついていた。
今日も適当に話をして、日が暮れたころに解散――――
いつものように、帰ろうとしたところで、普段は村であまり見かけない女の子に声をかけられた。
公園で話をしている間はいなかったのだが、最後の――鳥の話をしているころには、後ろの方の木の下にいたのは覚えている。
「……今日の話って本当?」
「……? 今日のって?」
見ると自分と同じぐらいの年齢だった。服装を見ると、この村で見ないような高級なもの。たぶん、先日やってきた隣町の夫婦の子なのだと思う。
「お菓子を食べすぎると鳥になるっていう――――」
「あぁ、も、もちろん。村の鳥を見てみろよ、真ん丸に太ってるだろ。あれみんな、お菓子を食べすぎた子供が、鳥に変わってるんだ」
「へえぇ……それは怖いわ」
女の子はよほどの箱入りなのか、自分がつく嘘を、驚くほど素直に受け入れてしまう。
「これは大人に話しちゃだめだぞ、この村の秘密なんだからな」
別に信じるのは構わないが、それで恥をかかせるのは可哀想だった。
かといって、自分がついた嘘を訂正するのも嫌なので、こう言ってしっかりと釘をさしておいた。
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「お兄ちゃん、今日は面白い話しないの?」
「うーん……。今日は無しだな。しばらく無しだ」
「「えぇぇぇぇぇぇ!」」
子供たちから一斉にブーイングが上がる。
その後ろの方では新しい場所でまだ友達ができないのか、一人で佇む女の子の姿。
――その様子が、少し寂しそうに見えた。
――自分が、なんとかしてあげようと思った。
「ほら! 解散だ解散!」
ぶーぶー言いながらも、それぞれが散らばって自由に遊び始める。
「さて…………」
女の子の方へと、歩いてゆく。
向こうは、近づくでもなく――逃げるでもなく――。
といっても、逃げられるようなことをした覚えはないけど。
「……今日は面白い話をしないの?」
「いや……面白い話もするさ」
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まいった……。
いざ、嘘をつかずに面白い話をしようとしても、何も思い浮かばない。
だけど、何故だか――――、彼女に嘘をつきたくなかった。
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そして、毎日のように、広場で女の子と話す日が続く。
嘘をつかないよう、気を付けて話をしているうちに――――思いついたデタラメをそのまま話すんじゃなくて、村のなかで見かけたこと、昔に本で読んだことをたくさん話すようになった。
あまり家から出ることのなかった女の子は、そんな何気ない話でも新鮮に感じたようで、新しい話をする度に驚いて、笑ってくれた。
しかし、ある日――
太陽が沈んでいくにつれ、女の子の表情は曇ってゆく。
他の子が帰りはじめ、広場には――――自分と女の子の二人だけになった。
――茜色に包まれた遊具の中心でポツンと呟いた。
「この村に来たのは、お父さんとお母さんの仕事でなんだけどね。来週には別の街に行かないといけないんだって……」
「そんな……」
「次の街では――、ちゃんと友達できるかなぁ……」
女の子の瞳に、涙が浮かぶ。
せっかく、仲良くなったのに――
嘘をつかなくても面白い話が出来るようになったのに――
とても悲しい気持ちになったけど、それを精一杯抑え込んで、元気づけようとした。
「そ、それじゃあ、どうしても寂しいっていうなら……僕もついていくよ!」
「……だめよ、移動用のチケットがないもの」
「…………。それじゃあ、なんとか良い方法を考える」
そう女の子に告げると、いても立ってもいられず自分の家へと走る。
「また明日!」
「え―――――」
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昨日と同じように、二人で広場の片隅に集まる。
「今日はな……。じゃーん!」
来る途中に買ってきた、大量のお菓子を目の前で広げて見せた。
「遠慮しないでいいから。今日は……お店でお菓子が大安売りだったんだ」
少し前までについていた嘘に比べたら、ほんの些細なものなのに――
それなのに、心がチクリと痛む。
「う……うん」
そうして僕たちは、お菓子をたらふく食べながら日が暮れるまでお話をした。
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女の子と分かれて帰る途中、あの鳥が――――女の子と出会った日に話に出していた鳥が住みかにしている木へと向かう。
「あとは、どれだけ羽が集まるかだけど……」
あの鳥なら、家でも一羽飼っていたけど、それじゃあ、とてもじゃないが足りないだろう。わざわざ探しに行かないといけない面倒さはあったけど、自分が考えられる方法なんてこれしかなかった。
「よかった……。たくさん落ちてる」
季節が移り替わる時期だからか、思ったよりも大量にあった。ありったけかき集めて、家へと持って帰る。
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――その羽根を持ち帰ってからが忙しかった。
拾った羽根を、一枚一枚服へと貼り付けていく。
「ちょっと! 何やってるの! そんなことをしたら服が駄目になるじゃない!」
当然、母さんに見つかって、怒られたけど。
理由を尋ねられ、答えることができなかったけど。
これだけは譲れなかった。
どうしても――、やり遂げないといけなかった。
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「その羽根――――」
「ん、昨日はお菓子を食べすぎたかな」
良く見えるように、ぐるりとその場で回ってみせる。
――よかった、ちゃんと貼り付いてる。
「もうすぐお別れになるから……。それまでは、毎日こうしてパーティーを開こう」
そう言って、昨日と同じくらいのお菓子を広げる。
村で売られているお菓子は種類が少なくて、昨日の今日で飽きてきたけど――
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毎日、羽根を拾って、服に張り付けて――――。
出発の前日には、顔以外の部分が羽根で埋まるぐらいの状態になっていた。
「もう、ほとんど鳥だな! 明日には口ばしも付いて、ピーピー鳴けるようになるぞ」
「それじゃあ……、お話できるのも今日で最後なのかな……」
そう言う女の子の顔が曇る。
「明日には出発なんだろ? 話せなくなるのは辛いけど……」
「うん……」
この後も――
日が暮れるまでお菓子を食べて、話をしたけど……。
彼女の笑顔を見ることができなかったのが辛かった。
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さぁ、明日で大詰めだ――
夜、家に帰って、服に貼り付けた大量の羽根を剥がす。
部屋の中が、あっという間に羽根だらけになってゆく。
「母さん、お願いがあるんだけど……」
「なに? これ以上何か変なことをするの?」
その表情は――怒っているようで、心配しているようで。
きつい口調にならないように意識しているのが、僕にも分かった。
「……あんた村中の噂になってるわよ、体中に羽根貼り付けて遊んでるって」
やっぱり、噂になるだろうな……。自分でも、変なことだと、馬鹿なことだと分かっている。
だから――みんなの前でも、あんな嘘を堂々と言えたのだ。
「……それも今日で終わりだから」
――――そう。嘘をつくのも、今日で終わりだ。
「明日出る列車で――、
大切な友達が遠い所に行くんだ」
ここまできても、やっぱり母さんに理由を言うことはできなかったけど。
母さんは、頭にハテナマークを浮かべながらも、突拍子のない僕の願いを受け入れてくれた。
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そして、出発の日――
「この子のお願いだから……。
連れて行ってくれる?」
男の子の母と名乗った女性から受け取った鳥を、
しっかりと抱きかかえる女の子。
その表情は。
驚いているようで――
喜んでいるようで――
悲しんでいるようで――
「――はい。大切にします」
短い言葉だけ、なんとか絞り出して。
女の子は、列車に乗り込んだ。
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「馬鹿ねぇ……。見送りに行ってあげればよかったのに」
母さんが、帰ってくるなり苦笑しながら言ってきた。
まるで絨毯のように床に散らばった羽根の中で、ひたすら服についた羽根を剥がしている自分に向けて――
「あんたはまず――、その虫歯を直さないといけないわねぇ」
「うるさいなぁ! もう!」
僕はこの――大人の、何でも分かっているような笑い方が嫌いだ。
リハビリ三題噺第四弾
[菓子] [羽根] [嘘つき]
お題見て書き終えるまで90分です
最初は はれぶた のように
ついた嘘が本当になって、
という話にしようかと思ったんですが・・・
なんだか、青春チックになっちゃいました
時間をかけ過ぎた気がしないでもないし
流し書きで終わらせたのが勿体なかった気がしないでもない
自分の力不足を如実に表している作品でした
※2015/12/24 更新
誤字脱字等の手直し、加筆が一通り終わったので
この作品はこれで完成とします。
むしろ、「完成してなかったのかよ」と突っ込まれそうですが。
とりあえず、これが
この作品に対してできる、今の自分の限界ということで。
※2015/12/25 更新
タイトル変更しました。
賞に応募するわけでもなし、問題はないと思いたい。
『三題噺 [菓子] [羽根] [嘘つき]』
↓
『甘い嘘は羽根に塗れて』です
甘い嘘は羽根に塗れて、少年にほろ苦さと痛みを与える
う~ん、この
とてつもない厨二テイスト。