信長にまつわる 其ノ十一
ー岐阜県山県市ー
山県市は山県郡の高富町、伊自良村、美山町が合併し
2003年4月に人口3万1千人の市として発足した。
この合併で山県郡の名は消えたが、山県市として継承された。
のどかな風景の中、
目的地の桔梗塚に向け車を走らせていた。
山県市は岐阜市の北に位置し刃物の町、関市にも近い。
戦国武将と刀は切っても切れない関係であるため、
いつか関市にも行ってみたいとは思っていた。
しかし、今回は信長埋蔵金の謎を追っている。
刀に関しては、また機会があればだ。
不意に野中が切り出す。
「明智光秀の生存説はどこから出てきたんだろう?」
「明智光秀を直接殺したのは農民だと言われている。
兵に借り出された農民だと思う。
しかしテレビも新聞もない時代。
いち農民が光秀の顔を知っていたとは思えない」
「たしかに!そうですよね」
「光秀だ!と言って追い回されている者がいれば
そいつが光秀だと皆、思い込むはず」
「でも、誰かが光秀の首を光秀本人だと確認してるはずですよね?」
「豊臣秀吉が確認したとも言われている。
しかし秀吉が確認したのは首が切り落とされてから
数日たった後だと言われている」
「数日もたってたら腐るんじゃないですか?」
「そう、だからはっきりとは分からなかったようだ」
「そんないい加減な・・」
「それ故、光秀生存説は生まれたんだろうな」
光秀は生きていたのか?
それとも死んでいたのか?
そんな思いを抱えながら桔梗塚へ向かう。
その途中、私はある場所を発見する。
「あれは?」
「どうしたんですか?国素裸さん」
「日吉神社?」
少し気になった私は立ち寄ってみることにした。
そこはまるで白い神社、といった印象を受ける
綺麗な神社だった。
「日吉って言ったら豊臣秀吉の幼少期の名前、日吉丸が浮かびますよね」
野中の言葉に少し考え込みながら私は返事を返す。
「そうなんだが、なんか気になるんだ」
「確かに密書の文字にも"日吉"ってありましたし
気にはなりますね」
「密書の日吉が秀吉のことだと思っていたが
もしかすると違うのかもしれない」
「日吉というのが日吉神社を指すと?」
「それは分からない。でも日吉と付く以上
一応、確認はしておきたい」
神社内を一通り歩いて見て回った。
が、信長や光秀に関係ありそうなものは
何も見当たらなかった。
少し考えすぎていたのか?
そう思いながら神社を後にした。
家が建ち並ぶ集落の中、車を進めると
明智光秀公の墓、の看板を見つける。
が、意外に入り組んだ場所に桔梗塚の場所を見つけられない。
農作業をしている方を見つけ、私は桔梗塚の場所を尋ねた。
もう少し先に行った所にあるとの事で、そのまま車を進める。
車が1台通れるかどうかという狭い道を突き当たりまで進むと
目指す場所はそこにあった。
桔梗塚である。
車を停め、その地に降り立つと
なんとも不思議な神聖な感じがした。
まるで本当に光秀公が眠っているかのよう。
白山神社の脇にある小道を登っていくと
石塔がある。
それが光秀公のお墓である。
お墓に手を合わせ今回の謎が早期に解決することを願う。
お墓の周りも確認してみるが、やはりそこに
信長に関するものは何もなかった。
「国素裸さん。下に説明看板ありましたよ」
そう言う野中と共に小道を下り看板の前に立つ。
その看板の説明によるとこうだ。
山崎の合戦で討たれたとされる光秀は実は影武者であり、
本物は荒深小五郎と名乗りこの地で暮らしていた。
「国素裸さん!
荒深小五郎って」
「ああ。小五郎に"五"の文字が入っている。
密書に記されていた"五"の文字から、
長篠合戦図屏風に描かれている旗だと思ったが、
おそらく荒深小五郎のことだ!」
「密書の"五"は、荒深小五郎と書かれていたんですね」
「密書には、"五"の文字の前に明智という文字がある。
これは明智光秀は荒深小五郎と名を改め生きている、
というような事が書かれてたんじゃないかな?」
「だとすると光秀はやはり生きていた。
そして荒深小五郎と名乗ってこの地にいた。
ってことになりますね」
「光秀が生きていたとすれば、
光秀は信長と濃姫の居場所を知っていたことになる」
「濃姫は本能寺の変の後。忽然と姿を消してますよね。
秀吉が行った信長の葬儀にも出席した記録がありません。
国素裸さんの推理どおりだとすれば
信長と濃姫は一緒にいた可能性は高いです」
「やはり信長埋蔵金の謎を解く鍵は
光秀にある可能性が高い」
それ以上のことは、この桔梗塚では分かり得なかった。
だが、明智光秀が信長埋蔵金に
関わっていることは間違いないだろう。
私は桔梗塚を後にし、
さらに光秀について調べることにしたのだった。




