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悠久の一  作者: さむちゃん
第一章 翻弄される新任少尉
9/18

7 大陸へ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 種子植物で覆われた島 西端の岬 22日目 自機標準時2018 海抜30m

 北緯30度 東経60度

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 闇を切り裂いて発射された成形炸薬弾(HE)は巨獣の胴体に命中する。

 弾頭を変形させつつ高熱を発して巨獣の表皮を突き破り、炎を吹き上げながら炸裂した。たちまち爆風であたりの岩走りたちも吹き飛ばされひっくり返ったり海へと落ちていく。

 爆発音が辺りに満ち、煙がもうもうと爆発跡を覆っていた。潮風が一陣吹き付け、その煙を晴らしていくと跡には半径15m程の爆発痕クレーターができていた。

 巨獣の肉片が周囲数百mまで原型を留めぬまま散らばっているようだ。

 爆音と衝撃波で岩走りたちは気絶したり方向を見失ったりしていた。爆発に近いあたりの個体は全てバラバラに吹き飛んでいてそれが何であったのかわからなかった。木っ端微塵だ。

 新月は中天にあって闇に包まれた戦場はやがて静けさを取り戻していく。

 生き残っている狩人たちは成形炸薬弾(HE)の爆風を岩走りたちの巨体によって防がれ被害をほとんど受けていない。

 私はいまだ狩人たちの周りを取り囲んでいた岩走りたちを警戒し左腕を構えて電磁推進砲(リニアキャノン)を発射態勢にしていた。電磁砲(レールランチャ)で使用する大質量の成形炸薬弾(HE)の破壊力であれば殲滅も容易であったが、狩人たちを巻き込んで被害が拡大することと、レールランチャの残弾が心許なく節約のためでもあった。。

 しかしながら先ほどの状況にプラズマ剣で飛び掛かっていってもあまりに多勢に無勢すぎて撃退に時間がかかり狩人たちの生存率が低下する。

 そこで左腕装備で残弾豊富な小口径リニアキャノンで攻撃して爆風の衝撃効果を最大限に活用し、岩走りたちの気勢を削ぎ動きを止める方法がより良い選択だった。

 しかし私の意図とは別に岩走りたちは生き残った狩人たちから離れて再び集まりだし整然と産卵地へと向かっていく。先ほど射撃した着弾衝撃の影響があったのか彼らの攻撃性はなくなってしまった様子だった。岩走りたちは姿を消し、狩人たちの危機と共に去った。


 ……


 ここで視点は狩人たちに変わる。

 先ほどまで恐慌を起こして右往左往していた彼らは突然背後から起こった大音響に振り返るとそこから現れる白銀の戦士から放たれた雷が巨獣に当たり跡形も無く消し飛ばしてしまった事態に困惑し呆然としていた。自分たちが圧倒的暴力によって蹂躙される存在に成り果てていたのは間違いなく、次々と死の圧力に屠られ、既に集団としての機能は失われていた。

 しかしこの異形の戦士の動きは止まっていない。辛うじて生き延びた10人程度の狩人たちは畏れを持ってこの戦士の次の動きを警戒していた。絶望的状況から助けられたのは事実だが自分たちの味方とは限らないからだ。

 彼らはよそ者に対しての警戒が強かった。


 ……


 アインは警戒を解かずに狩人たちの出方をうかがっていた。この雰囲気は余り良いものでない事を感じ取っていたのだ。しかし問題はすぐに解決しようとしていた。

 ミャンが松明を持って私の後方から駆けて来る。立ち尽くす狩人たちと私の間に位置取って両手を大きく拡げて高々と掲げ、武器を所持していない事をアピールしている。彼女の表情は革のフードにほとんど覆われて彼らには判別できなかったようだが、そのあと彼らに向けて大きく通りのよい声で語りかけた。


「ト―ロ・コロの狩人のかたがたに申し上げます、私たちはこの島に立ち寄った旅の者です。乗りあわせた船が巨獣に襲われ遭難してしまいやむなくこの島で生活しておりました。あなたたちに敵対する意図はありません」


 この時ミャンはとても12、3の少女に見えない迫力を持っていた。狩人たちも彼女の堂に入った態度と力強く語られる言葉に耳を傾けていた。3週間近く共に語り合ってきた私たちではあるが、彼女は自分の生い立ちについてはあまり語らず、私も多くは尋ねなかった。男性に対する別け隔ての無さと子供にあるまじき膂力などから、孤児になる前にある程度戦う訓練を受けたであろうことだけはわかっていたが。

 そんな中でざわめく狩人たちの集団の中からリーダーらしき人物が出て私たちに近づいてきた。私たちの手前5mくらいの距離で立ち止まる。

 180cm程度でなめらかな筋肉に覆われた男だった。簡素な革仕立ての胴鎧を身につけている。特徴的だったのは露出した腕と脚の長さだ。肌の色はコーヒー豆のように黒く、滴る汗や泥汚れにまみれている。

 彼はミャンに向けて、


「助けられたのは感謝している、旅の少女よ。後ろにいるのは人間なのか?雷を吐き炎で巨獣を消し去る恐ろしい武器をもっている。われわれはあんな武器をみたことがない、何者なのか?」


 と次々と質問を投げかけてきた。ミャンは落ち着き払ってこう返した。


「こちらは我が師であり、巨獣を狩る偉大な戦士アイン、そしてわたしはその弟子ミャンと申します」


 膝を折って腰を低くして恭しく頭を下げ天に向けた掌で私を指した。こんな作法を教えた覚えはないのだが……


「先立つ名乗り承った。我が名はトーロ・コロの戦士の長ソータ・タッタ、しかし巨獣を狩る戦士とは聞き覚えがない名だが生まれはいずこか?」


 私は彼に近づいて自己紹介をしようとしたが、ミャンがそれをさえぎる様に立ち上がり


「師は天の火(たいよう)に力を与えられた者、海の彼方より訪れました。私にはそれ以上お伺いすること(あた)わず、また門外の者に明かす要もございません」


 毅然とした態度を貫く彼女にソータ・タッタも感じ入ったのか表情を緩め。


相解あいわかった偉大な戦士アインの弟子ミャンよ、改めてわれわれの危機に助力頂いた事を感謝する。ところでおまえたちには迷惑であるかもしれないが頼みたいことがある、聞いてくれるだろうか?」


「私たちができることならば、伺いましょう」


「我が戦士たちの亡骸を運ぶのを手伝って欲しい、おまえたちが知っているかは存ぜぬがわれわれの後ろに広がる海の道はそれほど長い時間ここにあるわけではないのだ。それにわれわれは恐ろしい災厄を受けて人数が心許ない。手伝って貰えるのならば相応の礼は保証する、重ねてお願いしたい、いかがか?」


 ソータ・タッタはミャンに向けて両手を肩まで挙げて動きを止めた。それを見たミャンは合わせて彼に向き合って両手を挙げて動きを止めた。

 お互いが同じ格好をした数瞬後、ソータ・タッタの表情がにこやかに変わった。


「戦士の誓いを知るものよ、誓いの儀、確かに交わした。今からおまえたちとわれわれは戦友だ」


 私は急な展開に戸惑った。二人の間に何らかの交渉が行われたようであるが……ここから窺い知るには距離が遠すぎた。

 私抜きで話が進んでいる気がする……ソータ・タッタから離れて私のもとに歩いてきたミャンに問うてみた。

 彼女の表情は達成感に満ちて笑みを浮かべていた。


「先生、彼らと友好的な関係を結べました、褒めて下さい」


「ミャン、一体何を交渉したんだ、結果的には問題なさそうだが私には理解できない。答えられる限りでいいから教えてくれ」


「先生、それは後でご説明しますから、まず彼らと協力してけが人や亡くなった人たちを助けましょう、あまり時間がないみたいです」


 ミャンがそういうのであれば私はそれを信ずるしかない。彼女の頭をくしゃくしゃに撫で回してから私は戦闘状態を解除した。

 左背側部から目前に伸びている電磁砲(レールランチャ)の砲身が私の視界から引込まれ見えなくなると背負式汎用装置バックパックに収納され、左腕内蔵電磁推進砲(リニアキャノン)は収納されたあと安全装置セーフティがかかった。

 残弾をチェックし戦闘機動で消費した各所のチェックをするために圧縮空気指向噴射エアブーストの待機圧力を開放した。

 大きな噴出音と共に圧縮空気が吐出される。


 少し離れていてその様子をみたソータ・タッタは何故か恐れ慄いていたがそのあと私が何もしないことがわかると安堵し身体を翻して駆けていった。

 ひとまず警戒は解けた、あとはここの後始末を終わらせてしまおう。

 生き残った10数人の狩人たちも怪我人だらけだった。だが彼らは鍛えられているのか時折苦痛に呻く声を上げたりする以外動きを止めるような素振りは見せない。

 彼ら狩人たちの姿形が新月の中少ない灯りで私の眼で捉えられるようになる。彼らの外見は皆総じて特徴的だった。全員ソータ・タッタと同じく肌の色が黒かったのだ。夜の闇に眼球の白だけが浮かび上がって見える。

 亡骸を獣たちに荒らされないよう先程の戦闘で出来た爆発痕に集めていく、その間狩人たちは聞いたことのない唸るような調べを口々に発しながら最後に土を被せていく。まるで鎮魂の歌であった。私は犠牲者たちの冥福を祈ることにした。

 それが終わると狩人たちは巨獣や岩走りの肉片を集め始めており、集め終わったそれはあれだけ派手に破壊されたにも関わらずかなりの分量になっていた、優に500kgはあるだろう。

 生き残った狩人たちは二人組で細い立木を肩に載せ間に縛り付けた肉片の塊をぶら下げ出発の準備を終えた。

 私の身長はTAS装備時で220cmもあって狩人たちの肩の高さに合わせられないこととソータ・タッタを除いてまだ私を畏れる素振りを隠さなかったので組むものはおらず、手持ち無沙汰になっていた

 ミャンはそんな中でもっとも活力に溢れているが彼女も身長差がありすぎて組むものがいなかった。

 肉塊を携えて進む狩人たちの一団のあとに続き私たちは進んでいく、やがて自分たちの荷物を置いてあった場所に差し掛かり、同じく私たちの近くで荷物を抱えていたソータ・タッタに一声かけ荷物を抱え戻ってきた。

 その荷物を見るやソータ・タッタは息を呑んで驚いていた。これはミャンから聞いた話だが私が彼女と初めて接触したときに斃した巨獣は人間に害を為す巨獣の中でもっとも凶暴でかつ狡猾な個体であったようだ。狩人が数百人集まって少なくない犠牲を強いられようやく斃せるという、つまり人間のとっては天敵のごとく脅威的な存在らしい。

 私はその巨獣の死骸から得た2mばかりある頭蓋骨を背中に抱えていた。150kgほどのそれは大人一人で持ち運ぶにはかなり苦労する。

 しかしパワーアクチュエイターを駆動しているTASにとってその重さは大した負荷とは云えず、それとは知らず私の姿を見た狩人たちはさらなる畏れを抱いてしまったかのようだった。


 ……


 海の底の道を行く私たちと狩人の集団は小さな松明の灯りに伴われ、ゆっくりと大陸へと向かっていく。

 さざ波の音が新月の夜に響き、遠くからは潮風が低く唸るような遠海の音を運んできていた……


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 大陸東部 トーロ・コロの海岸 22日目 自機標準時2332 海抜25m

 北緯30度 東経60度

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それから途中小休止を挟み1時間30分ほどかけて私たちは対岸である大陸に上陸した。

 対岸にある一角に篝火が焚かれており、そこに向けて狩人たちは進んでいく。炎が照らしだしている中に待ち受けている別の集団があった。

 彼らは篝火に近づいていく私たちに気付いて声を高らかに上げてこちらに向かってくる。

 ソータ・タッタはその別の集団の中にわめきながら入っていき指示を出しているようだった。

 賑やかなその集団も暗闇に溶けこむような肌を持った黒人たちであった。 私はそこで以前考えていた疑問を思い出す。ここがどこなのかを。

 どうやら黒人たちの領域のようだ。しかしアフリカ大陸だとしたとしてもこの未知の言語体系が現存し使われていることの説明がつかなかった。

 しかもこの集落の文化基準は著しく低いと思われた。なぜならば彼らが履いている靴らしきものが恐ろしく粗末なものであったからだ。

 しかしそんなことを考えている私とミャンは新たな狩人たちにとり囲まれていた。彼らは一様に鋭利な黒い穂先をもつ1.5m程の槍を手にしていた。それを私たちに突きつけてくる。


「よそ者だ!」「ンドゥが帰ってこなかった!」「おまえたちは?」などと威嚇するような大声で詰問してくる。


 私は困り果ておもむろに背負っていた巨獣の頭蓋骨を乱暴に足元に下ろした。重い響きを立てるとそれを見た彼らは一層興奮し始めて我々に疑念の目を向けてくる。


「巨獣の骨だ!」「ハビウボも帰ってきていない!」「この子供は?」とさらに大きな声で槍を構えて私たちに迫ってきた。


 ミャンも困惑しており別の集団に紛れて姿の見えないソータ・タッタに声をかけようにもできなかったのだ。

 すると狩人のひとりがミャンの背後から忍び寄って彼女を羽交い締めにしようとする。彼女は私が振り返るよりも素早く両腕を身体の前で交差させてそれを逃れ、身体を捻って肘を容赦なく叩き込む。肘打ちでひるんだ不届き者はたじろいだがすぐに体勢を建て直してミャンに掴みかかってきた。彼女の武器は足首に隠されている、素早い迎撃は難しいだろう。組み合いになれば彼女は不利だ。

 そう判断した私は視線ジェスチャーでMB-14CQCの安全装置を解除した。


「この餓鬼め!」


 そういうが早いか次の瞬間この狩人は地面に倒れ伏した。私の手には麻痺(スタン)モードのMB-14CQCが握られている。

 狩人たちがざわめいた。不届き者は失禁して気絶している。私は狩人たちの囲みを破るべくスタンモードからプラズマ・ブレードに切り替えた。

 光刃の色が起動音の唸りと共に変化する。すべてを切り裂く無慈悲な死神の刃だ。パワーアクチュエイターのアシストモードを高速機動(クイックマニューバ)にセットしていた。

 弱そうな者から狙うとは、戦士の誇りとやらはどこにあるのか!憤りと共に怒りを覚えた。あとを考えるなら皆殺しは良くない。ならば報復として彼らが手にしている槍を全部使い物にならなくしてやることにしよう。

 銀色の影が篝火の炎に照らされる中、目にも止まらぬ速さで狩人たちの中を駆け抜けた。彼らの傍らを銀色の風が通り過ぎると、手元にあった槍の穂先は残らず斬り離されていた、彼らは私の人間離れした動きと光刃のきらめきに反応できず自らの槍が只の棒に変えられた事にようやく気づいて狼狽し、ある者は逃げ出そうと槍を放り出して後ずさり、ある者は腰を抜かして失禁したり脱糞していた。

 ミャンの姿を彼らから隠すように元の場所に戻った私が冷酷な表情でその無様な姿を見下ろしていると、やっと騒ぎに気付いたらしいソーン・タッタが駆けつけてきていた。

 暗くてよくわからないが大変に焦っている表情にみえる。ソーン・タッタはまずこの不心得な狩人たちに槍を振りかざし恐ろしい剣幕で罵った。


「この恥さらしども!彼らは我らを巨獣から助けだしてくれた上に戦士の誓いを結んだ戦友だ!わかったか!」


 怒り尽きぬ様子だった彼はひと息ついて感情を抑えると次にこちらと向き合って槍先を地面に向け突き刺した。


「すまぬ、巨獣を狩る誇り高き偉大な戦士よ、この者たちの無礼な振る舞い我が槍にかけて深く詫びる。本来ならば誓いの掟により罰を与えねばならぬのだが、ここを守る戦士がどうしても足りなくなってしまう。勝手な言い分ではあるがどうかそれを汲み取り彼らを許してやって貰いたい」


 ソーン・タッタは沈痛な表情でこちらの返答を待っているようだった。

 私はミャンに怪我が無いか問いかけると、ご心配なく、触れられてもいません。と返してきたので、ここは穏便に済ませようと判断した。


「ソーン・タッタ、私たちは彼らの生命まで奪うことを望まない、その証に彼らは怪我はしていないはずだ。そこに転がっている一番の不届き者を除いてな」


 私がそう言い放つとソーン・タッタは驚いて周囲を見渡す、アタマに血が昇ってきているようだ。怒声を放って意気消沈していた彼らにさらに追い打ちをかけた。


「槍まで失いおって、戦士の証たる槍を己の不始末で損なうとは臆病者どもめ!罰として貴様らには夜が明けるまであの島で亡くなった戦士たちの魂を鎮めるために此処で歌い続ける事を命ずる」


 彼らはソーン・タッタの怒りに全く抗えない様子だった、どうやら彼が集団の中で高位の立場にいる事は間違いない。未発達ながらも社会性が整然と構築されている証だった。


「いいか、この事は長老たちにも報告してやる、我が戦友たちに悪い事を考える者たちは我が槍とその一族を敵に回すことと思え!」


 最後にこの場にいる全ての者たちに聞こえるような大きな声でソーン・タッタは宣言した。さらに私たちに向き直り、


「友よ、深い慈悲に感謝する。武器を収めてくれるだろうか、他の者たちはまだ偉大な戦士の力を知らず、自分たちが強いものだと思いあがっていたのだ」


 ここまで譲歩されてそれを無碍にするほど私は無慈悲ではない。すぐにプラズマ剣の光刃を解除して腰に再装着した。それを見たソーン・タッタは私の近くへ歩み寄り両手を肩まで挙げて動きを止めた、


「おお、偉大なる我が友よ、2度も我が願いを聞き届けてくれた恩を我と我が槍は決して忘れることはない。さあ、こちらへ」


 私に向けてそう言ってくる。戸惑っている私を見たミャンが傍らに寄ってきて小さな声で、


「アイン先生、戦士の誓いを立てる儀式です、全然難しくありません、彼と同じように両手を肩まで挙げて止まって、お互いを見合えば終わりです、さあどうぞ」


 私も彼に歩み寄る。とんだ茶番のように思えたがこれがこちらの礼儀作法なのだと無理矢理自分に納得させた。郷に入ればなんとやらだ。

 向かい合う私は彼の真似をして両手を肩まで挙げ掌を相手に向けてしばし待つ。とりたてて何も変化は感じられない。

 後ろでその様子を観察しているミャンがHMDの片隅に映しだされていて喜びを隠さずに微笑んでいる。

 短い沈黙のあとソーン・タッタは今までの怒りはどこへやら、相好を崩して私に笑顔を向けてくる、笑みから覗く白い歯が黒い顔に映えて光っていた。


「偉大な戦士アイン、改めて戦士の誓いは結ばれた。偉大な戦士と友誼を結べる事は同じ戦士としてこの上ない喜びだ。もう夜は更けている、ふたりが望むなら今日は我家へ立ち寄って疲れを癒して欲しい、夜が明けたら人を集めて市を開く、その時に君たちへの礼もできるだろう。どうかな?」


 ありがたい申し出だ。私はソーン・タッタが誇り高い人間であることを知り、先刻までの評価を訂正した、彼は地位に相応しい人格を備えていた。

 私は傍らに近づいてきていたミャンに目配せをして是非を問うた、彼女は何も云わずに頷いた。おそらく同じ事を考えていたに違いない。

 そうして私たちは彼に導かれて彼らの一団に合流し篝火の炎上がる砂浜から彼らの集落へ向けて歩き始めた。軍隊のような移動ではなく皆それぞれ獲物や収穫を抱え各々気の向くまま足の向くまま移動している。背後の海岸からは聞き覚えのある鎮魂の歌が潮風に乗って流れてきていた、夜は更けやがて新月は中天より落ちて水平線へ傾いていく。

 私たちの旅は始まったばかりだ。私は異邦人であるがそれは彼らに伝えないほうがよい。それにミャンの知られざる生い立ちについても知りたい。そんな事を考えながら私は寄り添って歩くミャンの姿を見た、欠伸を隠し切れない様子の彼女の頭に手を伸ばしくしゃくしゃに撫でてやる。いぶかりつつも目を細めている彼女の機嫌はすこぶる良かった。彼女は何処でも眠る事が出来るがさすがに道端で眠り込んだりはしないだろう。そんな事をする前に私が抱え上げて連れて行くのだが。

 歩く先に彼らの集落がある。私はまだ見ぬ未知の世界に思いを馳せて星空を見上げていた。星々はそんな私たちを見下ろし祝福するかのように強く輝いているのだった……

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 第一章 翻弄される新任少尉 おわり

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