6 誰がために
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種子植物で覆われた島 3日目 現地標準時1655 海抜5m
北緯30度 東経60度
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私と少女は鍾乳洞を出てもと来た道を辿り彼女の小屋へ戻ってきていた。
先ほどまで痛みが残っていた私の右脚もいまは鎮痛剤が効いており歩行に支障はない。
彼女は先程掘り返して持ってきていた恐竜の肉塊を円状に組んだ小さな石竈に置いてその下に木片をくべて火をつけようとしている。
私は原始的な手法で着火しようとしている彼女の側から少し離れMB-14を抜き放つと安全装置解除して近接格闘《CQC》モードにセットする。起動音と共に光刃が現れた。プラズマ剣で近くにあった1m大の岩石の表面を撫でるように一閃した。岩石は超高温のプラズマで溶解し赤い光を放ち始めていた。そこに乾いたシダの枯れ木を突っ込む。上手いこと着火した。いつのまにか私の側に近寄ってきている少女の手に着火した枯れ木の燃えていないほうを手渡そうとした。
彼女はすぐに気付いてそれを受け取り竈に差し込んでいく。薄い煙が上がって無事竈の火起こしは成功したようだ。
プラズマ剣での着火は航宙軍ではあまり推奨されていないが教本に申し訳程度に記載されているのだ。
5分もしない内に炎はますます燃え盛り、その舌なめずりは肉塊を包んで焼き上げていった。
私はその間にTASのチェックを行って順番に着装していく。
彼女は時折振り返りながら私の様子を見て興味深々の様子であった。そして焼きあがった肉塊を黒い刃で器用に切り分けて口に運んでいく。
既にTASを着装し終えていた私が傍らでそれをにこやかに見ていると少女は口に肉を詰め込みながら再び焼かれた肉を切り取って私のほうへと差し出してきた。
「ΘヴヵヶΓヮ♭‰∬∵」
言葉の意味は解らないがこれを食べろと勧めて来ていることはわかる、だがどう対応してよいか決めかねていた私にCaesarからの内部側音声が久しぶりに発せられた。
「アイン、お待たせしましたこの娘はこれを食べなさい、とアインに対して勧めてきています」
「ああ、Caesar、なんとなく解るよ。簡単な意思疎通に言葉は要らないのがよくわかったよ」
「仰るとおりですアイン、ところで現在、この娘が扱っている言語分析が98%終了しています、残るのは各センテンスのサンプル収集のみとなっています」
ありがたい話だ。これで本来の目的である尋問ができる。
「そうか、今気付いたのだが彼女、名前はあるのか?あるのであれば聞いてみてくれ、ああ、必ず先にこちらから名前を伝えてくれ」
「了解しましたアイン、しばらくお待ち下さい」
そういってCaesarが外部音声出力で少女に会話を試みた。何回か聞き返すような会話の流れを経てから、
「お待たせしましたアイン、彼女の名はミャン、年齢は不詳です」
「ウム、わかった。よろしくミャン、私はアインだ」
通じているかは判らないが私はミャンに手を差し伸べる、それを見たミャンは何を考えたのか焼かれた肉をおもむろに差し出して私の手にのせてきた。残念ながら握手の習慣はないと言わざるを得ない……
掌に乗せられたものを振り落とすわけにもいかず、私は焼かれた肉の薄切りを落ち葉を拾って皿代わりにして足元に置いた。そんな様子を見ながらミャンはようやくこちらに聞き取れる音声を発した。
「……ァインヵヶΑΑΚヮ‰Θ?」
それを聞いた私は意志の疎通が出来たという喜びに自然と笑みがこぼれた、ミャンの綺麗な白金色の髪に手を乗せて撫でてみる。
ミャンは最初身を縮めて驚いていたが、私に悪意が無いことが解るとなすがままにされていた。
簡単ではあるがお互いに名乗り合うことができた、今後の尋問がスムーズになるのは十分に期待できるだろう。
Caesarが待ちかねていたのか尋ねてきた。
「お邪魔してすみませんがアイン、今の状況ですと食事中でしょうから、尋問は食後という事でよろしいですか?」
私はCaesarの提案通りにすることを了承してから、おもむろに頭部ヘルメットを脱装し始めた。饗応に応えないのは家主に対して失礼だと私は考えたからだ。
そうして私は自ら斃した獲物のこんがりと匂い立つステーキ……を目の前にしていた。すごい臭いだ。しかし彼女は恐竜焼肉を頬張りながら私を見つめている。逃げ場はない。覚悟を決めて私は異臭を放つそれを口にした。おそらく胃薬が要るだろう。
……
予想に反して中々オツな味がした。肉そのものの味は悪くない、脂分が少なく筋張っていることを除けば。
ゴリゴリとした食感を楽しむ間もなく私は急いで咀嚼して首と装甲の間に挟まれた内部制御パネルから伸ばしておいたストローに口をつけ淡水で流し込んだ。
私は冷や汗を流しながらこちらの様子を伺う少女に自分ではそう思っている爽やかな笑顔を向けた。
それをみた彼女は満足したのか再び残りの恐竜焼肉に挑み始めたのだ。当然私にもしきりに薦めてくる。私は何回か断ろうとしたが、5回に1回くらいは断りきれずやむなく口をつける。私が躊躇しているその間にもミャンは恐るべき食欲でそれらを食べ続けている。食べ終わるとひと息付く間もなく竈から火種を分け焚き火をつくり始めた。私とミャンの間に静かに燃える焚き火が細い煙を上げる頃には陽がゆるやかに傾き始めていた。
日が暮れるまでに私はミャンからいくつかの情報を聞き出すことが出来た。短い時間で十分な尋問はできなかったが、時間はまだある。焦ることはないだろう。
私たちがいる小屋は少し森に入った場所であったから、森の奥へ沈んでいく夕焼けの光は木々の隙間を抜けて私たちを照らしていた。日没を過ぎても気温は下がらなかった、これならば彼女が薄着でも納得いく。
辺りがすっかり暗くなってくるとミャンはすぐに火種に砂を掛けて消してしまった。恐竜焼肉の残りは薄く切ってシダの落葉に包んであった。それを終えると辺りを見渡しながらぼろ小屋に入ろうとする。彼女がいるのは大きめのシダの枯れ立木を山型に組んだだけの粗末な小屋だ、私が入ったら壊れてしまう。
小屋の入り口から顔を出してこちらを伺っている彼女に私は近づいていって入り口の前に腰を降ろした。小屋の中には何の動物かはわからないが大きめの毛皮がありそれを寝具がわりにするのだろうか。
そこで私はCaesarに通訳を命じた。
「Caesar、彼女に伝えてくれ、わたしはここで休むから眠ってくれていい、とな」
「了解しましたアイン、ただちに彼女に伝えます、ところで定刻電波発信ですが変わらず応答はありませんでした」
「そうか、Caesar、尋問の続きは明朝様子を見ながら行おう、なに、こんな特異な状況だ焦ることはない」
Caesarもそれには同意した。
私は毛皮を被りながら横たわっているミャンに向き直るとCaesarの人工合成音声の独特なイントネーションが紡ぎだす言葉が耳に入ってくる。
「@⊇◯」「┳┫※◎°+-±」
既に眠りに落ちているのかミャンは毛皮を被ったまま反応が無い。息を潜めて様子を伺ってみると静かに寝息を立てていた。
私は肩を竦めて改めて外に向き直る。それから私は20分ほどかけて遭難からここまでの行動詳報を日報として記録し終えると、上半身を小屋の傍らにある立木に寄り掛からせ思案にふけった。ミャンから聞き取った情報について考える。
最初に尋ねたのはこの島の位置である、太平洋という言葉にはミャンはまったく覚えがないという。ならばどの地域に所属する島なのか?この疑問を解決するにはもっと人の多い場所へ赴かなければなるまい。
次に尋ねたのはヒトがたくさん居る場所は他にあるのかと問いかけたがこれにはミャンは答えを渋った。あまり言いたくない様な素振りをみせ、最後に一言、ある、と答えてくれた。
この島の持ち主はいないのか、いるとしたらそれは何処へ行けば会えるのかと云う問いには彼女は持ち主など知らない、ここは人間たちにとって非常に忌み嫌われている場所でもあるからだ、と言った。私がその理由を尋ねると、ここは天の白い環が闇にその身を喰らわせ姿を隠す度に島の東の彼方にある岬と大陸が繋がって人や獣が四半日の間行き来することができる島だという。
新月の夜に大陸へと繋がる道ができるのか。
その最中にたくさんの人で巨獣や害獣を狩り立てこの島へ追い払うことがよくあるという。
これはCaesarにも分析させたところ月の満ち欠けが関係して海に影響を与え大規模な引き潮が起こり大陸と地続きになる可能性が高いという結論になった。
そんな島があることは私の知識には勿論CaesarのDBにも存在しなかった。
私はかねてからあった疑問……ここが自分の知っている地球ではないという思いが少しづつ確信へと変わってきているのを感じていた。
最後に彼女になぜこんな島にいるのかと問うとミャンは言葉少なく自分は親を亡くしたあといろいろあってここで暮らすしか他になかったと寂しそうな表情を浮かべて目線を落とした。
私はそんなミャンの様子をみて自分の過去の姿を思い出した。彼女が他人との繋がりを欲している事がよく理解できたのだ。
幼少の私と同じ境遇よりもなお厳しいこの場所で逞しく生き抜こうとしている彼女をみて、私はなにかしてやりたいという感情を抑えきれなかった。
彼女に居場所をつくってやりたい、かつて両親が亡くなって独りだった私を守ってくれた我が師のように。
私はその時軍人であることを忘れていた。だが良いのだ。彼女は敵ではない、守るべき力なき者だ。幼いミャンにはまだ力が足りない。何の因果かわからないが私は自分に関わった人間をできるだけ不幸にしたくなかった。私が守ってやらねば。理由はわからない。だがそうせよという心の奥底からの命令に私は従うことにする。
恐竜が存在し言葉も通じぬ見知らぬ環境への不安感はある、しかし私には脅威に対抗できるTASがある、Caesarというこれ以上にない相棒がいる。悲観することはない、私がミャンを助け守ることで彼女を通じてここで生きるための術を学ぶことができるだろう。希望の光はここにあって未知の闇を照らしてくれるに違いない。決意を新たにし、今後は負傷の治療で休養しつつこの島で調査を行い、環境への順応を行いながら場合によってはミャンのいう海に道ができて陸地と繋がるという日まで待って大陸に渡って情報収集することにしよう。
そんなことを考えながら私は静寂に包まれた森の中でいつの間にかゆっくりと目を閉じていった……
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種子植物で覆われた島 4日目 現地標準時0423 海抜10m
北緯30度 東経60度
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私はサーモセンサーからの接近アラート音で目覚めさせられた。HMD越しに東の方角を確認する。薄明かりが島を包んでいたがまだ夜は明けていなかった。
ミャンが目の前で私の様子を伺っている、彼女は私が目覚めるのを待っていたようだ。私は手を挙げて彼女に挨拶しようとするがどうやればよいのかわからない。
「Caesar、彼女たちの言語で挨拶のそれがあるのなら発声法を教えてくれ」
Caesarが待機状態から復帰してすぐに反応する。
「おはようございます、了解しましたアイン、それでは私に続いて発音してみてください、┥①┓」
難しい授業だ。だがやるしかない。
「……┥、①┓……?」
Caesarが私の発声をいつのまにか外部向けに変えていた。
それを聞いたミャンが驚いて私に詰め寄ってくる。
「Γヮ♭!ヴヵヶΓヮ?」
HMD越しにミャンの嬉しそうにしている様子が見て取れる。どうやら通じた、まずはひと安心だ。
Caesarの配慮に感謝しよう。
日は昇っていないが今日もまた大変な一日になるだろう。
……
それからミャンと私の共同生活が始まった。足の負傷は二日後にはほぼ完全に回復していた。
飲料水の確保や、食料確保、そして住居の改善。やることはいくらでもあった。ひとつひとつ、私はCaesarのDBから引き出した情報を元に環境になじむべくミャンと共に実践していった。
広大な島の探索に乗り出し、日に日に私たちの生活環境は好転していく。
彼女の粗末な衣服は毛皮のフードや外套、足抜きに変わり、またあばら家も今ではTASが入ることのできる大きめな小屋へと建て替わっていた。
そんな中で私は状況が許せばTASなしで探索を行い、この過酷な環境に順応させる訓練を併せて行っていく、その効果は徐々に現れてきていた。生活基盤の余裕ができると次に重要な言語の習得、私はCaesarの助けを借りながらミャンと時間が許す限り話し込む。Caesarが人間でないことを知ったミャンは恐れおののきはしたが次第に慣れ今では逆に姉妹のような意識を共有しているようだった。
そして私はミャンに27世紀の常識に基づいた様々な知識と実践法を教えこんだ。環境や時代が違っても汎用的な人間の智慧というものは変わらない。医学、薬学、言語学、諜報学や衛生学、農学などに加え生き残るために必要なサバイバル技術、限られた時間で与えられる授業は厳しい内容だったろう。しかし彼女の好奇心と強い意志はそれに打ち克つほど強く、水がスポンジに吸われるが如く私の教えを自らのものにしていった。
私もCaesarから彼女らの扱う言語体系の授業を睡眠時間を削って受けている。
そんな生活に日々明け暮れ、当然ふたりの信頼関係は深まってどんな時でも私と彼女は行動を共にする。しかし……私の名誉のためにいっておくが沐浴だけは別々にすることにした。
それからおよそ3週間の時が過ぎた。
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種子植物で覆われた島 西端の岬 22日目 現地標準時1923 海抜30m
北緯30度 東経60度
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月明かりのない新月の夜、松明を持ち島の西端へ到着した私とミャンの目の前には壮大な光景が広がっていた。
引き潮の影響で10mの深さがあった大陸との海峡が今は見る影もない。
幅30mほどの海底が2kmほどの距離でむきだしになっている状態はおよそ半日の間続くという。
私たちはこれから大陸側に移動する。生活基盤が安定し蓄えが豊かになってきた事と、情報収集の目的、集落との接触の必要性だ。
ミャンはここでずっと暮らしていけるとあまり乗り気ではなかったが、私がその必要性を説くとすぐに納得してくれた。私たちはお互い隠し合うようなことが無くなっていたからだ。決断すれば行動は早かった。
さてこの波が穏やかに打ち寄せている海底の道だが、当然ながら大陸側からの来訪も予想できた。私はレーダースキャンならびに温感スキャンの感知範囲を最大にして何者かが接近していないか探った。ミャンの話では再び巨獣を狩り立てて島に置き去りにしていく可能性が高いという予想だ。果たして10分もすると温感スキャンに反応が現れた。
かなりの大人数が居た。ある者は囮となって先導し、ある者は15m程度の大きさの巨獣をうしろから棒状のもので押しやってそれを島へと向かわせようとしていた。私と以前対峙した巨獣とは大きさも動きも違って遅くのろまであったがそれは40人ほどの人間たちによって追い立てられ島へ島へと近づいてくる。
私とミャンは岬のある海岸でよくみられる凹凸の激しい岩肌に姿を隠し遠くにみえる彼らの灯りを距離をとって警戒していた。
私はTASの銀と蒼の輝きを泥を塗ったくったり枯れ葉を纏めて敷布にして被ったりして隠蔽工作を施していた。傍らに控え同じく来訪者たちの様子を注意深く見つめているミャンも同じようにして枯れ葉の覆いで暗がりでも姿を確認しにくくなっていた。
私は彼女の後ろ姿をみてミャンの恐るべき環境適応能力を思い返していた……
……
痩せぎすだったミャンであったが健康的な生活を私と共に送る内に今では女性らしい体型に戻ってきていた。彼女は10の歳を数えた時にこの島に置き去りにされ、それからおよそ2回の冬を越す間独りで生き抜いてきたという。乱雑に伸ばされていた腰まで伸びていた白金の髪は新たに設えた毛皮のフードで隠されていたが肩口で短く切り揃えられ後頭部で結わえられていた。照り返す直射日光を防ぐために前髪は長く鼻半ばまでに揃えられエメラルド色に輝く瞳を守っている。陽に焼けた肌も彼女が捕獲した小動物たちの脂を元に私が製作した石鹸によって清潔に保たれていた。
最初出会った時は全く感じなかったが彼女は27世紀の美的感覚で云えば誰もが羨むであろう魅力を持っていたのだ。
だがこの島でそれは全く価値が無く、彼女も自分の姿や所作に全く注意を払っていなかった。私は根気よく彼女にそれを諭し、それが功を奏したのか今では毎日沐浴するようになっていた。
私は満足したが別の問題が発生した。沐浴できない日は彼女の機嫌が悪くなる。
……
近づいてくる巨獣と狩人らしき集団の全容がいよいよ視界に収まり始めると彼らを400mくらいの距離から観察していたミャンがさらに遠くにいる私のところへ戻ってきた。
「アイン先生、見たところ集団はひとつだけ、他の集団はいないみたい、たぶん先生の斃したあの巨きな牙の巨獣の餌にするために連れてきたみたいね」
私はミャンの予想に相槌を打ってこれからの計画を再確認することにした。
「ミャン、再確認だ、彼らが引き上げるまで様子を伺い、あの海底の道を引き上げていく際にその後を気付かれないよう追尾して上陸する。その後は君の云っていた集落へ立ち寄り情報を集めることにする」
「わかりました先生、こちらの準備はできています、必要な道具と集落で交換する物品も全部まとめてあの道のそばに隠しておいてあります、出発のタイミングは先生の指示どおりに」
私は彼女の答えに満足してその頭に手を伸ばしてくしゃくしゃに撫でてやる、彼女はこれをいたく気に入っており目を細めて猫のように鼻を鳴らす。
さらに10分ほどして巨獣と狩人の集団は島に上陸を果たした。
少ない灯りの中に浮かび上がる彼らの姿を視界から外さずに4つ脚の巨獣を見るとその地に着いた4本の脚が大きな縄で動きを制限するように拘束されているのが確認できた。道理で彼らは襲われないわけだ。先行している囮になる集団は距離をとって何かを手に持ちつつ巨獣の歩みを先導している様子だった。
何を以ってあの巨獣を引き連れる事が出来るのか私は興味があったが今の目的は彼らが無事に巨獣を島へ放って帰途についてくれるのを待つことだ。
突然HMDに警戒灯が点いた。確認すると3次元音響センサーに接近する百体を越える生体反応を感知していた。私はミャンの肩に手を置き、
「岩走りが多数彼らに向けて近付いている、以前君が云っていただろう、産卵のためだ。丁度産卵地への通り道に彼らがいる。ひとまず様子をみて居よう」
と注意を促すと彼女は頷いて、私たちは監視を続けることにした。
狩人たちの集団が岩走りたちの集団に気づくのが遅れたのは彼らが巨獣にだけ注意を払っていたためだ。
いつの間にか岩走りに囲まれていた彼らは動揺し恐慌を起こし始めていた。そして自制できなくなったひとりが岩走りを棒状のもので突き避けて逃げ出そうとすると岩走りたちが一斉に行動に出た
巨獣に襲いかかる岩走りたち、今度は狩人たちが岩走りに追い立てられていた。すると突然巨獣の動きが大きく変わっていった。
岩走りたちの頑丈な顎が巨獣を拘束する縄を喰い千切り、巨獣が解放されたのだ。なすがままにされていた巨獣は激しく抵抗を始めた。
その動きに先導集団の狩人が何人か巻き込まれ数10mの高さに跳ね飛ばされて岩場に落ちる。全身打撲に複雑骨折、まず生きてはいまい。それをみて恐慌する先導していた狩人が10人ほど、必死にわめいてまず岩走りの囲みから抜けだそうとする。これもまた5m近い大きさの岩走りたちに体当たりされ押し潰されて全員が犠牲となった。
残ったのは後ろから巨獣を追い立てていた集団だ。私はその中にリーダーらしき人物の影を認めた。先を争って逃げようとする彼らを押し止め自分の周囲を守らせて危険な状況から離れて他の狩人たちへ巨獣に立ち向かうよう必死に声を張り上げていた。
残念ながらそんな方法で混乱し士気の下がった集団はまとめられない。全滅する可能性を高めるだけだ。力のあるリーダーならなによりもまず敵との間に立って麾下の集団を逃がす心意気を見せねば。臆病者に付き従う兵卒は古今東西存在しない。
私はこの混乱を利用し尽くすつもりだった。彼らが全滅してくれると上陸が早まって都合が良い。岩走りは巨獣さえいなければ脅威ではないからだ。彼らが岩走りや巨獣に全滅させられたあと巨獣を手早く始末して移動を始めれば巨獣の革や肉が手に入り一石二鳥だ。
私はそう決めて静観することにした。傍らにいるミャンは私が動きを見せないとみて何か不満があるようだ。私は彼女のそんな様子をみて問いかけた。
「どうした、何か意見があるのだろう?言ってみなさい」
「すみません、先生、わたしは彼らが巨獣にやられていくのを見るのがつらいのです。私に力があれば彼らを助けることができるでしょう、でも、今は力がありません、それが苦しい……」
ミャンの意外な一面に私は驚かされた。
悪く云えば彼らはミャンをこの様な境遇に放り込んだ側の人間たちなのだ。それを助けたいと思う気持ち……私には理解し難い。
絶望的な狩人たちの集団が巨獣に跳ね飛ばされてひとりづつ死体にかわっていく絶叫を他所に、私は彼女の瞳に光るものをみつけた。
そうだ、彼女の親は巨獣に襲われて亡くなったのだ。
きっと彼女はそれを思い出しこの状況に重ねて見たのだろう。その心境を察してやることができなかった私は自分を恥じた。
「わかったよミャン、力あるものは無き者たちを守ることに躊躇してはならないと私は教えたな。私は間違っていた、許して欲しい」
そう云って彼女の両肩に優しく手をかけてこの安全な場所に留まるように命じた私は動いた。
……
私はCaesarに攻撃準備の号令をかけ、海沿いの岩場を抜けだし虐殺の場を見通せる岬の高台へ移動しながら考えた。
これは私の意志ではない、ミャンの慈悲に動かされ私は彼らを救ける。
―― 全兵装オープン
圧倒的な暴力に蹂躙され絶望にあえぐ人びとに知らしめてやる。
―― 電磁砲発射位置へ、弾薬は成形炸薬弾
おまえたちが見放した人間の強さを、そして誇り高さとあまねく慈悲を。
―― MB-14CQC、プラズマ剣モード着装と同時に起動
私は言い知れない憤りを覚えていた。
―― 圧縮空気指向噴射各部充填完了、パワーアクチュエイターセッティング10Gスタンバイ
そしてCaesarは攻撃準備が整ったことを私に告げてきた。
「目標4脚生態の巨獣、照準マーカー固定電磁砲トリガーON」
守りたい者ができた。心を通わせることができた。それを奪おうとするもの、それを脅かすものには容赦しない。
私の力は取るに足らぬものかもしれない、だが抵抗してやる。
無駄な抵抗を続け破滅の時を迎えていた狩人たちを見下ろした岬の高台に機体を翻させて私はトリガーを引く。闇夜を切り裂き電磁スパークと閃光に包まれた弾頭が轟音と共に発射された。
トリガーを絞った瞬間、私は思った。
これが孤独を強いた世界へ私たちができる精一杯の反撃だ。
圧倒的な力を持つ存在がいることをこの世界へ知らしめる戦いが今始まった。
―――――――――――― 用語解説 ―――――――――――――――――
岩走り……プロトステガと云われるウミガメの1種、名称は創作ではないですが生態は創作です。遠浅の海底に卵を産み付けて繁殖するといわれています。
動く姿が岩石のように見えるため現地人からそう呼ばれています。その大きさなんと5m以上。
人間に対しては攻撃性を持ちませんが産卵期やある種の巨獣に対して攻撃性を持っていて非常に獰猛になることがあります。
成形炸薬榴弾《HE》……現代兵器の分類で弾の中に爆薬が沢山つめこんであるものを指します。High-Explosiveの略称でHEと呼ばれています
当たれば強烈な爆発力で目標を爆砕します。手りゅう弾のような携行兵器と違って爆発力の規模は比べ物にならないくらい高く地面に着弾した場合もそこからうまれる砲弾の破片や爆風で直撃していなくても効果を発揮します。爆風の効果というものは恐ろしく、例えばアクション映画で爆発の炎を直接浴びていないのに主人公たちが飛び上がって危機一髪とかモブたちが主人公の放つ爆発物で直接爆炎を浴びても居ないのに吹き飛ぶのはこの爆風の仕業です。実際に土木工事などで使う発破などは効率よく爆風の力を集中させて少ない量で途方も無い大きさの岩盤を砕いたりします。衝撃波というのにほぼ同義なのですが、そちらのほうがわかりやすいかもしれません。
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