4 初動接触
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洋上飛行中 2日目自機標準時2100 高度830m
北緯30度 東経60度
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ひとときの休憩を終え私は静かに目を開く。
弾道飛行を続けていたTASは高度を下げながら水平線上の彼方にある島へと向かっていた。少しづつ遠目に霞がかった島の全容がHMDの光学望遠で明らかになっていく。そして更なる遠景には巨大な陸地の姿が現れ始めていた……
「アイン、予定通り減速開始します、降下と同時に全センサーで索敵を行い、問題なければ残圧縮空気噴射使用後島嶼部沖2kmの海上に30km毎時で着水します」
TASに搭載された補助AI Caesarによる運用サポートは基本的な空挺降下戦闘行動に変更を加えた作戦計画でHMDに三次元モデルを表示していた。
重力下での戦闘マニューバー試験は初めての経験でもあり、私はその作戦計画を精査しつつ遭難後2回目の食事を摂っていた。
「Caesar、島嶼部でのサーモセンサースキャンの結果をレポートしてくれ、今度は揺れたり沈んだりしないか確認しないとな」
「了解しましたアイン、生体反応は複数確認されています、ですが島全体が生物である痕跡は確認できませんでした、他の生体反応についてのレポートは必要でしょうか」
私はジョークのつもりで言ったのだがCaesarの反応はいつも通りに忠実だ。
宇宙携行食を摂り終え報告に苦笑しつつ他の生体反応について調査を始めようとしたところ、HMDインジケーターから着水準備を促すアラートサインが発せられた。
着水軌道に入り稼働を始めた前面背面のエアブースト効果で姿勢制御されていく。
海面が近づいてくる、着水抵抗でバランスを崩さないようにするのは私の重要な仕事だ。パワーアクチュエイターでの補助はあくまで私の動きの補佐であるため生命の危機が迫らない限りAIの自律制御はなされない。
AI制御でも可能であるが過去の実践例では熟練兵ですら着水時に首を傷めたという記録がある。予期しない物理衝撃というのは何時の時代でも危険と隣合わせということだろう。
現在の私は孤軍であり友軍からのバックアップは望めない。ここで負傷してしまうことは生還を諦めることになってしまう。
HMDに表示された着水ポイントが迫り、同時にCaesarのサポートで着水前最後のエアブーストが噴射され着水角度が安全値になって私は機体の体勢を整える。Caesarが着水タイミングをカウントし始めてくれる。
「アイン、周囲の索敵問題ありません。本機は着水行動に入ります、カウントダウンを開始します。5秒前、3、2、1」
着水。
水抵抗が機体に絡みつき速度が一気に落ちる。その直後に制動用に残された最後の圧縮空気で進行逆方向にエアブーストした。強烈な水の瀑布が圧縮空気の作用で立ち上がり、機体は海面上に浮かび上がって安定を保っている。視界が晴れ、水滴の飛沫が飛び交って日光に照らされきらびやかに輝く合間にうっそうと緑生い茂る島の姿があった。
私はパワーアクチュエイターの助けを借り平泳ぎの態勢を取って泳いでいく。圧縮空気はTASの浮力分のみ残したため充填が終わるまで原始的移動手段に頼らざるをえない。
TASの機能によって全て感覚はシールドされているため水の触感も冷たさも、潮の香りですら私には感じられないが気分は晴れやかであった。陸上であればさらに情報収集は容易となり、大陸の影も見つけられた今、原隊復帰は時間の問題であるとの楽観的観測ができたからだ。
そうして15分程遊泳していくと島につながる岩礁が見えてきた。
重力下での負荷運動は実に久しいため私は汗まみれになる。だがそれもTASに装備された循環処理システムによって時間と共に快適さを取り戻すのだ。
着水寸前のセンサースキャンでは生体反応は近くには存在しなかった。しかし念のためHMD光学望遠を用いて肉眼でも確認する事にした。海面から身を起こさないように屈み、頭部だけを出して周囲を見渡す。
右前方200m先に動きがあった。何者かが木陰からこちらの様子を伺っている。人間だ。サーモセンサーの熱分布情報もそれを裏付けた、身長130cm程度だ。子供だろうか。着水時の大瀑布で発見されてしまったか。十分距離は離れていたと油断していた。私は気持ちを切り替え動きを最小限にして正面に子供の隠れている辺りを捉えた。
さすがに透視はTASには不可能なため警戒しながらゆっくりと浅瀬に足を進めていく。機体が海水をまとわりつかせながら私は島に上陸した。
子供のいる方角には直接向かわないことにした、子供は動く気配がない上に今だにこちらを見たままだ。
これからの行動が肝心だ、情報収集をするにあたり相手がいるということは目的を円滑に達成する助けとなる。ゆえに相手に警戒させて逃してはならない。最初の接触方法を間違って取り返しのつかない状況になることは十分に考えられた。
いくつかの問題が想定される。TASを装備した私の外見はマトモな人間のそれではない、従ってTASの守りを解き、防御スーツ(アンダースーツ)姿になるのだが、非常にリスクが高い。おまけに空気が危険レベルで薄いと結論づけられた先の調査結果だ、海抜ゼロで高山病の恐れがある。
次に、言語でのコミュニケーションは容易ではあるが通じない場合は効果が薄い。選択肢はそれほど多くない、絵と文字だ。原始人類も絵からコミュニケーションを始め、やがてそれは文字になっていったという。私の受けた士官教育は言語が通じなければボディランゲージを用いよとなってはいたが、それは相手が警戒していない時に限るのだ。
先に相手の警戒を解く、重要なのはこの一点だった。私はCaesarにアドバイスを頂戴することにした。
「Caesar、見ての通りだ。このチャンスを逃したくない。隠密行動なのは当然として相手に警戒されずに接触する方法を提示してもらいたい、頼む」
Caesarから返って来た答えは簡潔であった。
「ノーリスクで相手の信頼を得ようとするのは非常に困難です。最初に相手の立場に配慮し当機が危害を加えないことを意思表示することで初回接触の難易度を大幅に下げることが出来ます」
つまりこちらの武装解除か、子供相手に武器をちらつかせての接触は方法としてとても穏便とは言い難い。
「Caesar、武装解除の時間は出来るだけ少なく抑えたい。早急に接近して相手を拘束してから交渉に及ぶことが必要と考える、次善策はあるか?」
「アイン、その方法は接触の目的を果たすことが出来ても友好的な展開が望めなくなりリスクが増大しますがそれを理解しての上でしょうか」
「ああ、理解している。情報を得た上で友好的でない場合は全く本意ではないが永久に口を閉ざすしかない」
私は博愛主義者ではない。今この状況で子供の生命と私の任務を秤にかけるならば迷わず自分の任務を選ぶ。
加えて自律作戦行動中だ、捕虜は取れないのだ。全て処理しなければならない。非情なまでの隠蔽優先ではあるが私は軍人だ。人間としての情は訓練中も任官した時も捨て去るよう心がけてきた。仲間や戦友を想う心情はあるが、それも任務を果たす上で犠牲となるならば捨てねばならなかった。
私は迷いを捨て、制御コマンドを入力して短距離を高速で移動し目標を確保するためパワーアクチュエイターをセッティングした。そして木陰に潜む子供の温感データを入力してHMDに位置固定表示させた。
気は進まないがやるしかないのだ。
TASと目標との距離は約200m、20Gセッティングのパワーアクチュエイターで通常1G下での2mの跳躍は40mになる。およそ5歩で目標に到達する。減速を考慮して10m前からエアブーストを逆噴射する。目標の至近に接近し右マニピュレーターで確保してさらってしまうのだ。減速はするものの確保の衝撃で目標が気絶してくれると大助かりである。
私は重心を落とし、膝に溜めをつくった。だがそこで私は動きを止めた。
地響きが起きた。地震ではない。
腹の底に響く地鳴りはこちらに近付くように大きくなってくる。そして私たちが向かい合っている方向とは別の方角から生い茂る森の木々を乗り越えるようにしてそれは現れた!
20m近い大きさを持つ土気色の生物。彩り豊かな毛が生えている。人智の及ばぬ太古で陸上の真の王者であった存在。
その名を恐竜という。
私は一瞬でパニックに陥った。想定外の事態だ。
センサーの反応は?ここまで接近する間にいくらでも感知出来たはずだ!Caesarに問いかける間も無いまま呆然として私は波打ち際に立ち尽くしてしまう。
視線が現れた恐竜に奪われる内に子供らしき人影も恐竜に気付いて移動を始めるように見えた。逃走しようと森の奥へと足を向けようとする動きだ。そして恐竜はその動きを捉えたのかその子供に視線を向け一息ついたと見せるとそこ目掛けて巨大な足を進めていく。捕食行動を始めたのだろう。そこで恐竜が当機を認識していない事に気付き、私は我に返った。自失した思考を改めてフル回転させ現況の把握に努めようとする。明らかにあの子供が狙われている。当機の安全はともかく情報入手遂行においては恐竜からよりも子供から得たほうが容易だ。よって子供の身を当機が確保し迅速に安全圏へ遁走することが理想的な展開だろう。
私は足りない智慧を振り絞ってこう結論した。すぐに子供の後を追うべく跳躍する。温感センサーは未だ子供の姿を見失っていない。だが恐竜の温感受動表示の反応は鈍かった。レーダーセンサーには巨大な影の反応があった、私はそれに気付かなかっただけなのだ。子供の温感情報に意識を専有され見えていた筈のレーダーセンサーの情報を見落としていたのだ。
10数秒後、私は子供の移動が止まっていることに気付いた。やがて視界に入ってくると20mほど離れた場所で子供はあやまって泥のぬかるみに足をとられ、そこからずぶずぶと沈み身体すら呑み込まれようとしていた。危機的状況に陥っていると認識した私は緊急と判断しパワーアクチュエイターの設定をCaesarに口頭で上げるように叫ぶ。
「Caesar!パワーアシスト限界出力!壊れてもいい!全速力で目標を確保するぞ!」
「了解しましたアイン、パワーアクチュエイター反力制御解除します、セッティング安全限界上限に達します」
強烈な加速を得るが私の脚は悲鳴を上げる、関節がきしみ足首には今まで経験したことのない負荷がかかった。足首が千切れそうだ。間一髪で私の伸ばした手が届き、すぐに牽引用ワイヤーを左腕から射出し近くの立木に絡み付ける。子供を底なしの泥沼から救い出して私は固い地面に辿り着く。気を失っているが息はあるようだ。泥まみれの子供をそのまま腐った立木のウロに隠し落葉で覆って私は次の脅威に備えた。
恐竜がこちらに近づいているのだ、それももう間もなく姿を現す。足音の地響きはこちらを捉えたまま向かっていることは間違いない。
脅威を除去し目下の安全を確保して目的を達成するため、私は作戦方針を修正した。再び制御コマンドをコンソールに打ち込んでいく。Caesarもそれに併せてHMDガイダンスに移行した。全力で対応せねばTASといえども楽観視できない状況だ。
―― 全兵装オープン、電磁砲スタンバイ、弾頭は有翼徹甲榴弾、MB-14CQC充電状況確認後即応状態、左腕リニアキャノン、浮揚式打撃杭装填、エアブースト充填量に応じて各部分配開始……
HMD表示に次々と現れる戦闘行動分析結果に目を通しながら私は初撃をレールランチャで加えることに決めた。
数秒後、巨大な足で大地を震わせて恐竜がこちら目掛けて殺到してきた。レールランチャは発射態勢を終えていた。近距離な上に大きすぎてどこを狙えばよいのか見当がつかない。ロックオンマーカーが上下左右に揺れている。私は照準方向だけを頼りに引き金を引いた。
轟音と電磁スパークを纏いながらレールランチャが火を噴く。
次の瞬間命中した。だが、命中しただけだ。肝心の榴弾効果が無かった。私は目を疑った。あまりにも高初速な徹甲榴弾は恐竜の右肩部を完全に貫通してしまったのだ。
HMD越しに怒りに狂う恐竜の巨大な顎が襲い掛かってくる。パワーアクチュエイターに補佐され私は地を蹴って森の中に奇跡的に存在した横に広がる空間へ身を投げ出した。
10m程木々の合間を転がり距離をとる、あちらにとってはまだ至近距離に等しいだろう。細い立木は怒り狂う恐竜の圧力でへし折れている。今更ながら奇妙な植生の中にいると私は認識した。ここは本当に地球なのだろうか。生死を賭けた状況なのにそんなくだらない事を考えてしまう。次の攻撃に移ろう。
MB-14CQCを手に取る。おそらく高初速の弾頭をもつMB-14ですら奴には一撃で致命傷を与えるには及ばないだろう。相手が限りなく未知の生物でありしかも高初速弾頭が貫通してしまう目標だ。初速を調整できるリニアキャノンで迎撃したいところではあったがリニアキャノン用低速弾頭は装備されていない。
近接格闘戦でカタをつける。
大きすぎる相手ではあったがプラズマ剣とパワーアシストで斬れない筈がない。足が痛むが目標の息の根を止めるまで私は倒れるわけにはいかないのだ。痛みは無視してMB-14CQCの光刃を展開した。目標の顎が射程に入り大きく開かれたその隙を狙って斬りつけるのだ。私の集中力は研ぎ澄まされていた。
ふと目を伏せ、幼少の頃教えを受けた刀術の師の言葉を思い出す。
「敵が我を押し倒し斬りつける意図あらばその力を用い敵を受けとどめることなく斬り流せばよい」
「後の先」と呼ばれる刀術での奥義のひとつだ。
私が体得することは叶わなかったが挑戦してみることも悪くない。極限の状況で人の限界は磨かれ輝く、と師は容赦なく私を鍛え抜こうとした。道を修める前に私は孤児となって軍の施設に入所することが決まり、道半ばで終わってしまったが。
視線を戻すとすぐにヤツが姿を現し、物凄い勢いで顎を開いて私に牙を突き立てようと繰り出してきた。戦いの興奮はあったが、私の心は不思議と鎮まってヤツの動きがのろまにみえた。スローモーションの世界で光刃が奴の顎から喉にかけてバターを切るかのように薙いでいく。やがて時が戻り、プラズマ剣を両手に構えた私は絶命した恐竜の躯を肩越しに見やった。
斃せた。
あまりにも自然に剣戟が走り私は実感がわかなかったがパワーアシストは然と駆動していた。忘れていた足の痛みもそこそこにその場に立ちすくんでいた私はゆっくりとプラズマ剣を収める。
達成感に喜んでいる暇はない。少し距離が離れてしまった子供の様子が気にかかる。冷たくなった恐竜の躯を調べるのは現時点の優先行動ではない。私は足早にその場をあとにした。
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恐竜……定義は学術的に鳥類も含まれるのが21世紀現在の主流だそうです、本作ではすべての恐竜を物語の中で統一して「巨獣」という名称で呼びます。
あくまで創作での取扱ですので決して学術的に裏付けされたものではございません、ご了承下さい。
先ほどのアイン少尉が「恐竜」として扱った言葉も物語が進むにつれて使われなくなります。
有翼徹甲榴弾……現代兵器の区分で略称はAPFSDS、弾体の後部に翼を付けて射撃後の飛翔時の状態を安定させ、速度を落とさないようにすることで命中率を上げ目標の撃破率を高めるための兵装だ。ここでは徹甲榴弾としているが実際は榴弾装備ではない。本作の徹甲榴弾は重装甲を貫徹しその後大爆発を起こさせる一点集中撃破用の装備だ。
浮揚式打撃杭……未来兵器の区分で携行型杭打ち武器だ、杭打ちというと非常に想像しにくいがビル建設現場の近くを通りかかった時に物凄い高さの棒を地面に突き立てているのをご覧になったことはないだろうか?これはビルを建てるときの基礎を地面に打ち込む為のボーリング工作機械ではあるが、それを例えば生物に使ってみたとしよう、杭の重さとそれを押し込む力によっては先端が当たった時強烈な衝撃力と破壊力を同時に与えることができる。これを兵器に転用したのがパイルバンカーと呼ばれる武器なのだ。本作のパイルバンカーは火薬発火式や重力加速式ではなくリニアパワー、つまり超伝導加速を用いて杭を一定距離に突出させて攻撃するための兵装だ、なぜこんなものが必要かと云えば、先刻紹介したTAS同士の戦闘で用いるプラズマ剣が電磁シールドで防御されてしまうとお互いに決め手がなくなってしまうためだ。実体弾射撃で攻撃してもほとんどはシールドで防御されてしまうことが多く、そういった場面を想定して用意されたのが本装備である。シールド干渉を力ずくで突破できる威力と速度を持っているため場面は限定的であるが高い評価を受けている。
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