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悠久の一  作者: さむちゃん
第一章 翻弄される新任少尉
3/18

2 奇妙な星空

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 洋上漂流 1日目宇宙標準時未明 海抜0m

 北緯31度 東経78度

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 闇夜を月光が照らしていた。

 私はその月明かりの下、大海原の大波に揺られひとり浮かんでいる。まずひと息つくと浮上前からCaesarに命じておいた周辺環境調査報告を待った。周囲の脅威をセンサーで調査させ、かつ記憶障害に陥った状態からある程度回復したことを受けて思考を整理し、次の行動に備えるためだ。

 数分後補助人工知能(AI)Caesarシーザーからの報告レポートが音声通知及び文字情報で表示された。

 Caesarから申し送りされていくひとつひとつのを報告をまとめながら私は迅速に判断を下していく。


「3次元座標レベルで半径20kmには自機を捜索する脅威は確認できませんでした」


 ひとまずの安全は確保されたようだ。少し時間に余裕ができた。


「浮上前より現在まであらゆる周波帯域での電波通信を傍受できませんでした」


 懸念された疑問が更に大きくなった、本来ノイズだらけの電波通信がただの一報も傍受できないとは通常では考えにくい。


「GPS衛星接続が機能していません、現在地特定はシステム的に困難です」


 現在位置を簡易に特定できるGPSが使用不能であると同時に遭難事故が甚大な被害を地球圏にもたらした可能性も考えられ私は憂鬱になる。


「地磁気の確認は完了し潮流に乗って北北西に向けて漂流中です」


 方位特定ができていても現在位置の特定がなにより優先される、これは新しい指示が必要だろう。


「レーダーセンサーは周辺200kmに陸地が無いことを示しています」


 海上移動手段が乏しい現状では海流に任せて漂流、充電池バッテリーを消費して遊泳、

もしくは深海で不発だったロケットモーター(エンジン)を稼働と3つの方法があったが現在位置が把握できていない現状では無駄な移動に終わる可能性があるため現実的ではない、

 最後の手段になるだろう。


「携行食料及び水資源の残日数は1週間分です」


 当機が海底に沈み救難無線標識(ビーコン)を発振してから既に3時間近く経過している。救援の望みは薄いだろう。生存率を上げるために自律行動による自給手段を考慮しなければならない。


「大気組成が異常で特に空気の薄さが問題です、長時間のTAS未装備での行動は生命の危機に陥る可能性があります」


 TAS固有の生命維持システムから長時間切り離されると急性高山病状態になり、私の生命は危険だということだ。

 Caesarから報告は一旦終わりです、と受け今度は私から尋ねることにする。


「現在位置が不明なのは認識した、転輪方位測定儀(ジャイロコンパス)は?」


「航宙仕様の為装備されていません」


「そうだったか、宇宙空間では使えない上に想定外の事態だ仕方ない、では天測特定はできないか?」


「5分前に実施しましたがDBデータベースに該当しない星図の為信頼性が低いと想定されます」


「正確でなくていい、結果を提示してくれ」


「北緯31度、東経78度近辺という結果が算出されています」


「世界地図に当てはめるとどのあたりなんだ?」


「ユーラシア大陸中央部高山帯であるヒマラヤ山脈です」


「……」


 私は言葉に詰まってしまった。此処は……海だな。凍りついた山脈など何処にもない。

 予想外の事態である。私は素早く思考を切り替えた。


「わかった、その結果は無視しよう、再確認したいのだが本機の重力機は稼働しているのか?」


「重力機は第3次セーフティ状態のまま休止状態でロックされています、原因は外部接続チューブASSY(バイパスユニット)の喪失です。制御ログによると本機が海底1000m付近へ着底する前にバイパスユニットは本機より切り離されていました」


「誰が何時、切り離したのかわかるか?」


 少なくとも自分でないことは確かだ。


「非常に不正確ながら不明です」


 グレイ少佐が外部から切り離し命令を送った可能性があるが現状ではわからない。


「ならば重力機の再稼働は可能なのか?」


「通常の制御コマンドでは不可能です、航宙基幹軍のプロジェクトエクゼクティブ以上の階級者が持つ解除コードが必要になります」


 将官級以上の所持している暗号鍵がなければ重力機は再起動できずに休止状態か。時間が許せば重力機で行動範囲を広げる事が容易にできると考えたのだが無理のようだ。

 できないことだらけではあるが次の行動選択は可能だ。私はCaesarに命令を発した。


「Caesar、本機は規定により自律作戦行動を開始する、作戦目的は友軍もしくは同盟軍との接触、加えて原隊復帰で期限は本機標準時を基準に現在1605より1905とする」


「了解しましたアイン、期限を1905で設定し友軍接触、加えて原隊復帰を作戦目標とします」


 Caesarはさらなる情報収集を続けるべく全機能を索敵状態にシフトさせた。

 ひとまず方針は定まった。私はふと上空を見上げてみる、星天の中に見知った星座がひとつもなかった。

 航宙軍に入って星図読みが必須となったため頭に叩きこまれたが、それに該当するものは見つからない。

 少佐の安否も不明のままだ、少佐の危機対応能力はずば抜けて優秀だ。こんなことで死んでしまう事はない筈だ。根拠はないが私は彼の無事を信じた。

 同じ空の下で少佐も波に揺られているのだろうか……それすらもわからないのだ。

 電波通信は2時間間隔で一報発信することになった。

 大海原の中で揺られながら私は一時目を閉じて仮眠することにした。


 …………


 それから約2時間後警報音で私は覚醒した。

 仮眠のために消灯していたHMDヘッドアップディスプレイに光が戻り、すぐにCaesarの音声ガイドと情報が表示された。


「う……現在時刻は……?」


「1808です、おやすみの所失礼しましたアイン、10時方向より接近する複数の飛行体を確認しました、高度は200m、距離は現在本機より15km、速度は160km毎時で等速機動、本機のおよそ100m東に向けて直進しています」


「ああ、了解した。随分速度が遅い……偵察機か?それにまだ夜が明けていないんだな、現在位置は水平線以遠か、温感サーモセンサーで接近する飛行体群の形状が判明したらもう一度報告レポートしてくれ」


「了解しましたアイン、飛行体群は密集しているのか数が判別しにくい状況です、既に隠密性重視で対空戦闘を行うため装備を選定してあります、装弾する許可をいただければすぐにでも迎撃いたします」


 ずいぶんとCaesarはやる気ではあるが……AIにやる気などというものがあるとは思えない。中途半端な覚醒のため私の意識レベルは非常に低かった、少々面倒だが接近する相手の情報を収集することが必要と判断した。


「迎撃は却下だ、だいたい160km毎時で飛ぶ偵察機など聞いたことがない、もっと情報収集できる距離まで引きつけろ」


 私はこちらに向かっている未確認飛行体の正確な情報を得るべく指示を出す。Caesarはまだレポートが残っているようで続けてきた。


「了解しましたアイン、本件とは直接関係ありませんが海中に遊泳する生物らしき群体を確認しました、お望みであればサーモセンサーの映像記録を提示します」


 私の脳裏に数時間前に遭遇した新種の巨大鮫の影が浮かんだ、ああいうのとはあまりお会いしたくないものだ。


「大型の群体か?そうでなければ今は必要ない、大型ならば可能な限り遠距離で迎撃できるよう準備しておいてくれ」


「了解しましたアイン、ですが群体は小型のものです数百の群体が周囲1km以内を周遊しています」


「こちらを中心にしてか?」


 私は嫌な予感を覚えた。


「いいえアイン、そのような動きはありません、こちらを捕捉している状態ではないと分析しました」


 悪い予感は外れた、この非常時に魚類と戯れる時間はない、無視していいと私はCaesarに告げた。そんなやりとりで3分ほど経過した。

 温感(サーモ)センサーに飛行体の情報が表示され始めた。飛行体が水平線上を越えて現れたようだが闇の中で目視はできない。

 しかしHMDにはサーモセンサーから送られて次々と情報が表示されており、私はそれを見て首を傾げる。


「……私はこんな生物を見たことがないよ、Caesar、DB参照して該当する生物個体を検索できるか?」


「……検索終了しました。1件のDBに一致する個体情報があります、投影します」


 私は目を疑った、HMDに投影されたのは……


 "翼竜" バルゴリンクス という個体の名称がHMDに表示されていた。

 翼竜と思しき個体は大小合わせて4体、こちらを目指しているわけではない様子ではあるがこのまま放置すると相手側に私が発見されるおそれがある。

 いや、その前に確認することがあるはずだ。私はCaesarに問うた。


「本当に生物なのか?擬態した偵察機かもしれない。温感(サーモ)センサーの熱分布を再確認してくれ、推進機関からの熱航跡はないんだな?」


「熱航跡はありません、明らかに生体反応に等しい情報しか得られません」


 判断しにくい、私が教育された常識外の事態だ。動揺はするものの対応はふたつあった。

 発見されるリスクを侵して迎撃し撃墜する。または潜水してやり過ごし隠密性を保持する。

 だが敵対勢力の装備している擬態した偵察機であれば潜水したところで無駄だ、発見されて運が悪ければ拿捕される可能性がある。

 今日は何度となく大きな判断をさせられるな、と私は他人ごとのように皮肉りひとりごちた。まだ遭難して半日も経っていないのに。

 対応策として、威嚇と迎撃を同時に行い、必要とあらばロケットモーターを用いて空中に位置取って全火力を持って全機撃墜する。その後深度100mほど潜水して飛行体の飛んできた方向に向けて海中を移動する。高確率でなんらかの貴重な情報を得られる可能性が高い。

 翼竜の存在など有るはずがない、擬態した高性能偵察機に違いないのだ。

 私は迎撃準備を整えるため、これから採る迎撃計画を制御盤(コンソール)へ入力していく。そして行動前の最終確認をCaesarに伝えた。


「Caesar、現時刻1814を以って前作戦行動を中止、かわって敵性飛行体群と予想される飛行体に対する迎撃作戦を開始する。作戦計画は制御盤(コンソール)に入力済だ」


「了解しましたアイン、迎撃に関する全てのシステムを起動します。作戦行動に消費するエネルギーコストを提示し搭乗員の許可を得次第、直ちに作戦行動を開始します」


「エネルギーコストは算出してある、最小7%、最大18%だ、許可待ちは必要ない、作戦開始せよ」


「作戦開始します、全兵装(アタックシステム)オープン、ロケットモーター点火待機スタンバイ


 TASの攻撃兵装に電力が供給され背負型バックパック上部が展開して左肩部より50cm長の砲身が伸びていく。

 海面からTAS頭部と肩部砲身が露わになった状態になった。

 当機に搭載された対物および対艦攻撃用兵装 電磁砲(レールランチャ)だ。制式名は別にあるが航宙軍では皆レールランチャと呼んでいる。遭難前の実験機としてのテスト行程に攻撃兵装試験が先に盛り込まれていたため試射は済んでいた。


 不安はある、大気圏内未試験状態であり、かつ遭難後に試射していない事だ。しかし先ほどの海中内での携行レールガン試射とは比べ物にならないくらいの轟音を放つため試射はできない。

 自機の位置を相手に知らしめてしまうからだ。

 レールランチャへバックパックから全弾給弾されたレポートがHMDに表示された。

 装弾数は5発。目標数は4体。

 初速10,000m/sを超える直径28mmの有翼徹甲榴弾(APFSDS)を毎分12発で目標に叩きこむ。

 TAS同士の戦闘では強磁力防盾や電磁シールドで威力を相殺される可能性がありはすれども当機に向かってくる飛行体ならば位置エネルギーを上乗せして相手の防御を貫通することは十分可能だ。

 HMDにロックオン通知が表示された。

 そこで私は重大な事実を忘れていたことに気付き叫ぶ。


 「迎撃一時中止!重力係数再チェック、Caesar!海上用連続射撃姿勢制御データはあるのか?」


 Caesarの音声応答は作戦中の聴音を妨げる為無く、かわりにHMDに"航宙仕様のためデータなし"の表示が出た。

 その間にも飛行体はあと7kmところまで接近している。

 私は航宙仕様の諸元リストをいまさらながらにHMDに投影させた。このままレールランチャを射撃しても無重力下で撃ちだされる設定の弾道では目標から大きく外れ命中することはない。重力圏の影響を考慮した弾道を計算して照準を合わせないとならないからだ。

 調べるとやはり重力圏での射撃参照データが不足していた。私が優秀でない証左でもあった。

 本当に私には実戦経験が足りないのだ。

 だが足りないでは済まない。時間の猶予が無くなっていく。私はひとつづつデータを再入力しつつ目的に向けて意識を集中しなおす。2分後再入力を完了させ、ロックオン通知を再チェックする。

 飛行体との相対距離は4kmまでになり、目標数が3体に減っていた。4体いたはずだ。1体はどこにいった?

 私は驚愕した。対センサージャミングを持った偵察機なのか?疑念と動揺がおそった。

 周囲に気配が感じられない。これはTASの防御システムが外部感覚を遮断しているためだ。

 見失った1機の飛行体が当機に対して攻撃態勢に入った可能性も考えられる。私の思考が目まぐるしく動き続ける。迎撃優先か?防御行動か?

 Caesarから警報が発せられた。

 当初の3体いた飛行体のコースが当機に向かっていることを示している軌跡がHMDに表示され始めた。

 海上での遊弋状態で急激にTASの射撃姿勢を変えることができないのは自明で、ゆえに最大射程で姿勢制御角度を最小にして迎撃するという当初の作戦は失敗に終わった。

 私は窮地に立たされつつある。

 敵性飛行体である可能性大であることと発見されてしまったという焦りだ。飛行体との距離は2km、暗闇の為目視困難。目標1機 探知不能(ロスト)、あと4~50秒後に最短距離で接触する。

 再迎撃は不可能だ。

 私は迫る敗北感に打ちひしがれながらもやむを得ず次策としていた潜水態勢にすべく制御盤(コンソール)にコマンド入力インプットした。

 TASの機体が浮上バランスを意図的に崩して潜行開始していく。

 いつの間にか水平線の彼方から光の雫がこぼれはじめていたのを視界の片隅に捉えた。

 日の出が始まったのだ。

 接近してきている3体の飛行体を目視した。私に向けて速度を上げて降下してきている。

 なんという脅威であろう、飛行体はいまだ黒い影にしか見えないが鉤爪でTASを捉えようというのだろうか。わずかにTASの潜行速度が敵性飛行体の到達より早い、私は緊張に息が詰まって心拍数が跳ね上がる。

 警報が鳴り続けている中視界外からTASに何者かが衝突した!

 TASの耐G防御システムが働くが不意を突かれた為相殺が十分ではなく、強大な衝撃が機体に加わりそれを喰らった私は意識を失う羽目になる。

 7m大の翼竜は水中に没しようとしているTASを鉤爪で捉え飛行速度を落としながらも引き揚げようとしていた……

―――――――――――― 用語解説 ―――――――――――――――――


 翼竜……地球の地質年代で中生代に繁栄していた爬虫類の1種で羽ばたいて高度を取りグライダーのように飛ぶと言われている。

 ※注 バルゴリンクスという翼竜種は完全オリジナルの爬虫類です。全翼幅7mほどの種でノコギリのような細かい歯の生えた巨大な嘴を持ち、自分よりも小型の生物を捕食する空のハンターです。


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