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悠久の一  作者: さむちゃん
第二章 決意する異邦戦士
17/18

15 廃棄物処理論 四

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 大陸東部 トーロ・コロから西へ435km 24日目 自機標準時1640 海抜70m

 北緯30度 東経56度 焼け残った集落

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 斜陽がゆるやかに遠景にみえる山々へと落ちていく中、TASを駆る私は女奴隷2人を乗せる走竜と共に山道を駆け進んでいた。

 走竜に積んであった荷が重く速力が上がらなかったのでその中の武具を全て捨て去り、小休止も挟まずに先行集団を追いかけていた。

 なかなか追いつけないのはTASの速度ではなく走竜の速度に合わせているからであるが、彼女たちをどこか安全な場所に誘導するまではやむを得ない。

 このまま東へ進んでいけば集落があるのは確認済みだからだ、それもそう遠くは無いはずだ。

 5つ目の峠道を越えた頃、ふもとに延びる山道の先に煙が立ち昇っているのを確認した。私はCaesarに全周スキャンを命じる。Caesarが返した答えは判然としないものであった。


「20を越える熱反応および火災の発生が前方3km東北東方面に確認されています、生体反応の形跡もありますが巨獣のような大きなものは存在しません」


「ここからでは森に遮られてまったく見えないな、よし、周囲を警戒しながら進もう、巨獣かそれとも奴らが近くに居るかもしれない」


 遠間からみえる情報には限りがある、すると後ろの女奴隷のひとりが私に声をかけてきた。煙の発つ方向へ心配そうな表情を向けつつ彼女が言うところではあの場所に自分の生まれた集落があるという。気が気でないだろうその表情は不安を抑えきれない様子だった。

 ならば話は早い、向かう途中に脅威が無いことはスキャンして確認済みだ。私は彼女たちに先にあの場所の様子を見てくるから後からついてくるようにと言いつけた。そのまま進んでも巨獣はいないからと付け加えることも忘れない。彼女たちは不安気な様子だったが他に良い方法がないと悟ったのか頷いて私を見送った。

 私は彼女たちに先行しパワーアクチュエイターを駆動して一気に山道を駆け降りる。150km毎時の跳躍なら3kmの距離も2分とかからない。それに比べ走竜は観察したところ最大でも25km毎時しか出せないからだ。


 ……


 私がその場所に辿り着いたときあまりの惨状に目を疑った。

 先日夜中に通り過ぎた時には人の気配がなかった廃集落だとすぐにわかったのだが、あの時はまだ建物がいくらか原型を留めていたはずだった。それも今は燃え尽きて炭と化している。あたりの地面には走竜の足跡がいくつもの重なりをみせて赤黒く染まる地面を飾っている。血に染まった足跡はさらに東へと続いているようだった。

 そして廃集落の領域に入り込んだ私は歯を知らずのうちに噛み締めている自分に気づく、そこは殺戮の終わった跡だった。心臓の響く音がやけに痛い。抵抗したであろう男たちは残らず倒れ伏し息絶え、女たちは全て纏いを引き裂かれ全裸にされて仰向けになりその胸には槍の穂先が突き立っている。あの青銅の槍だ、見間違える筈があるものか。

 これは奴らの仕業だ、間違いない。

 私は生存者がいないか捜索しようと焦げ付いた建物を見渡そうとした時、後方から彼女たちの乗る走竜の足音が迫るのを聞いた。大慌てで駆けて来たに違いないだろう長い髪を振り乱して走竜の上からこの凄惨な光景をみた彼女は息を呑み、そのまま走竜から崩れ落ちるように駆け降りて膝をつき力なく項垂れた。嗚咽を抑えきれず慟哭する彼女にさらにあとから来た女奴隷のひとりが気遣い悲嘆にくれる彼女を慰撫している。

 それを見る私はいたたまれない気持ちに心が揺れるが、今はけが人か生存者を捜索するほうが優先だ。Caesarに生命探索(ハートビートスキャン)を命じた。人間の微量な心拍電波を電磁波センサーに探索させるのだ。すぐに反応が現れた。不幸中の幸いか生き残りはいるようだ、私はすぐに女奴隷たちに声をかけた。


「悲しむのはあとだ、生き残りの人びとがいる、お前たちは今できることをやるんだ。それは生きているお前たちにしかできない。さあ、立て、立たねばせっかく生き残った彼らの生命の灯が消えてしまうぞ」


 半ば脅しのような文句でも打ち拉がれる彼女たちの心に響いたのかゆるゆると立ち上がり私の指示した方向へ歩きながら声をかけて生存者を探し出していく。

 10分後、私たちの元に老人と女子供あわせて10数名の褐色の肌をもつ集落の住人らしき者たちが集まってきていた。私は彼らに事の経緯を尋ねた。一番年かさのあった白髪の老人がそれに答えてくれた。


「この集落は2日程前に巨獣に蹂躙され一時的に集落の者どもは疎開した……今朝ようやく戻ってきてこれから建て直そうと人を集めているころ、巨獣に乗ったあの忌々しい奴らが押し寄せてきた。奴らは問答無用で襲いかかってきた。男たちは抵抗しようと武器を手に取るが奴らに手傷を負わすことも出来ずに蹂躙されていった。やがて最後の集落の戦士が倒れると奴らは女たちに襲いかかった。全ての女たちが奴らの毒牙に掛かりそして最後に槍で突かれて果てた。事が済むと奴らは燃え残った建物に火を放ちまるで何の関心もなかったかのように去っていったのじゃ。わしら力なきものたちはただ全てが終わることを震えて待つことしかできなかった……」


 屈辱に唇を噛みながら語る老人は視線の先にかの女奴隷の姿を認めると思い出したかのように声をあげ両手を広げて叫んだ。おお、お前はヴイラに捕らわれていたと聞いていた、生きていたのか、と。

 女奴隷たちもその老人を見て思い当たることがあったのかすぐに駆け寄ってきた。

 老人と女子供しか生き残っていない有り様だった、私は女奴隷たちに声をかける。


「お前たちはここに残れ、全員の安否を確認したらすぐに走竜に荷物を載せて北東にある集落へ向かえ。弔いはしても構わないが時間が少ない、すぐに夜になる、早く出発せねば闇に乗じて巨獣が襲ってくるかもしれない。急ぐんだ」


 彼女たちは無言で頷いた、もう悲嘆にくれている場合ではないと悟ったのだろう、強い女たちだ。私はそう思った。

 私は感情を抑えつつ素早く穴を堀り、亡骸を埋めていく。生き残った彼らもそれに続く、そうして日が沈む前に全ての埋葬は終わった。


 やがて生き残りの者たちも出発の準備を終えたようだ、私は最後に彼らに声をかけた。


「これをもっていけ、獣油の入った革袋だ、これだけあれば集落で取引していくらか助けになるだろう」


 そういって全ての手持ちの油袋を渡す、ここまで世話になってさらに恩まで受けるわけにはいかないという老人に、私は頭を下げてこういった。


「ここで別れよう、私はいかねばならない。ここが襲われてしまったのも元はといえば私が彼らに仕掛けた策が原因だ。罪滅ぼしという訳ではないが受け取ってくれ。それに女奴隷たちのことも頼まなければならない。そうだ、もう奴隷ではないな、彼女たちは自由になるからそれも併せて頼む。私はこれでも足りないくらいだと思う。だが今はこれしかない。私の気持ちを汲んで貰えるとありがたい」


「お気遣い誠にありがたい限りです偉大な戦士よ。我われは頼るもの無くこの集落を捨てなければならなくなってしまった。しかし贈られた賜物と受けた恩は必ずやお返しいたします、どうかお忘れなきよう」


 老人は私に真剣な表情を向け頷いてそう告げる。それに私も相槌をうって応えた。


「戦士よ、貴方はどこへ参るのです」


 老人は私に問うた。


「私は奴らを追う、奴らを捕らえ非業の最期を迎えねばならなかった人びとへ弔いの祈りを捧げさせてやろうと思う」


 私がそう答えると老人は得心したのか頷いたあと戦士の誓いの構えをとった。私はそれに気付いて彼の前に立ち同じ構えをとる。


「我、勇気ある戦士と誓いを交わした。戦士はこれから強大な敵と戦う、我らは戦士の勝利を祈り、祈りのために戦士にこの腕輪を捧げる」


 そういって老人は自分の嵌めていた大きめの飾り腕輪を外して私に押し付けてきた。それを受け取りTASの右腕に革紐で結びつける。すると後ろに控えていた生き残りの者たちが口々に唄い始めた。


 ――― 戦士は戦う、戦士は戦いに赴く、戦士の盾は災いを防ぎ、戦士の槍は天を衝く、戦士は勝利を称える人びとの歓喜の中で神々に祝福を授かるのだ、戦士に誉れあれ、戦士に勇気あれ ―――


 トーロ・コロでの宴の中で聞いた調べによく似ていた。

 私は身体を翻しその唄を背に受けて一路東に向けて駆け出した。渦巻いていた怒りの感情があの唄を聞くうちに戦意に変わっていく、言葉には言い表せない何とも不思議な心地だ。

 彼らの無念の想いに突き動かされるように私はTASを駆り、夜の闇を裂いて疾走していくのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 大陸東部 トーロ・コロから西へ310km 24日目 自機標準時1853 海抜190m

 北緯30度 東経57度 見渡しのよい丘陵部

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私は奴らのつけた足跡と走竜の排泄物を辿り追跡(トラッキング)しつつ跳躍移動を続けていた。地形は森を抜けいよいよ目の前に1000m級の山岳がそびえる一帯にさしかかっている。

 あたりは既に暗く、奴らももう夜営に入っている筈だ。発見したら即座に夜襲を仕掛け連中を恐怖の底へ叩き込む。

 移動しながら奴らに手向ける祈りの言葉を考える内に1時間あまりが経過した。やがて私は闇に浮かび上がる松明の炎の明かりを2km先の丘陵部の上に見つける。Caesarからも発見の報告がなされHMDに情報が提示された。奴らは小高い丘の頂上を野営地に選んだようだ。森の木々はだいぶまばらになっていて明かりを遮るものは少ない。それが幸いして奴らの数を正確に探知することが出来た。

 私はおそらくいるであろうエク・ヴェリたちの反応を探った。先の集落の襲撃で彼らに害が及んでいないか気に掛かっていたのだ。

 奴らはまだ就寝していない様子で活発に動きがある、そこから少し離れてエク・ヴェリたちの温感(サーモ)センサー反応があり、私はそこへ静かに近づいていった。


 奴らの天幕の明かりはそこまで届いていなかった、代わりに半天に差し掛かった細い月明かりが彼らを照らしている。周囲に奴らが居ないか確認しながら接近するとそこには道先案内人の男奴隷が倒れておりエク・ヴェリが付き添っていた。男から苦しげで力ない呻き声が漏れている。私は嫌な予感がして彼らの側面から早足で駆け寄った。


「エク・ヴェリ」


 私が彼の名を小声で呼ぶと視線と共に顔を向けてきた、私だとわかると周囲を確かめるように見渡してから、


「貴方は……いろいろお伺いしたいことがありますが今はそれどころではありません、彼が……」


 そういってエク・ヴェリは道先案内の男奴隷に向き直って苦しげな表情で彼の手を握った。


「何があった、様子をみるにかなり具合が良くないようだな、見せてみろ」


 私は膝をついて男奴隷の生体反応をCaesarに分析させた。その間に彼の顔を観察する。血の気がない、真っ青だ。月明かりであることを加味してもあまりにひどい。これは……チアノーゼ状態だ。私は彼の身体を隅々まで見渡してみるが外傷がない。するとCaesarから報告(レポート)が来る。


「アイン、彼は内臓破裂状態です、外科的施療がなされない場合、致死率は99%です。しかし当機には外科手術が可能な衛生キットは装備されておりません」


 CaesarはAIゆえにこのような無慈悲な報告をすることもある。事実のみを述べ楽観的観測は決してしない、それを判っている私もエク・ヴェリに伝えるべきか大いに迷った。

 彼は助からないだろう、少し考えて私は彼に告げた。


「エク・ヴェリ、残念だが彼は助からない。治す方法はあるのだが今はなにもかもが足らない、本当にすまぬ」


 喉がつまりそうになるがやっと声を絞り出して私はエク・ヴェリに告げた。彼は首を振って、


「いいえ、戦士よ貴方が謝ることなどありません、しかし、悔しい、あの時僕がアル・オを止められさえすれば……!」


 エク・ヴェリの悲痛で悔悟の念に満ちた声が私にも伝わってくる。


「なにがあった」


 私はそれを聞かずにおれなかったのだ。


「先行集団の走竜戦士たちが……通り過ぎるだけの予定だった集落に襲いかかりました。彼らの中に抵抗する戦士たちもいたようでしたが多勢に無勢、すぐに皆殺しにされてしまいました。そこにこの道先案内となっていたアル・オが走竜で走りこんで割り込み止めようとしたのですが……数人の戦士が槍の錘で彼を滅多打ちにしてしまいました。僕は戦士のひとりに槍を突きつけられたあと縛られて身動きを取れなくされてしまいました……そのあと彼らは残った女たちに襲いかかり……」


「わかった、もういい。これ以上しゃべるな、私もあの場所を通ったんだ、だから状況はわかっている。亡骸は全て埋葬しその後老人からこの腕輪を授かった」


 そう云って私は右腕にぶら下がった腕輪をエク・ヴェリに見せた、すると倒れていたアル・オが急に力を取り戻したかのように目を開いてその腕輪に手を伸ばそうとした。

 私は腕輪に何か関わりがあると感じてそれを彼の手に握らせた。


「……ああ……これはオヤジの……オヤジに……無事だったんですね……良かった、それ……なら、生き延びた人が……いるんです、ね……?」


「そうだ、10数人、女子供ばかりだが生き残った。私は彼らに北東の集落へ向かうように勧めた、女奴隷たちも一緒だ。残念ながら男奴隷のひとりは迂回路の途中で犠牲になってしまったが」


「……メウ・ビは……ざんねんです、よかっ…た、わたしは……あの集落の生まれで……奴らが襲いかかった……気付いたら走りだして……でもダメだった……」


 そこで彼は血の塊を吐き出した、咳き込むと同時に呼吸が苦しいのか胸を抑えようとする。私はアル・オの上体を起こして横にしてやった、これで出血が呼吸を妨げることはなくなる。そして医療用アンプルから戦闘薬を引き出して彼に直接投与した。

 戦闘薬は鎮静、鎮痛、興奮状態を抑えるための薬剤が調合されているものだ、彼の痛みを和らげてくれる。もうできる事はこんな事くらいしかない。彼の表情から険がなくなる。苦痛が抑えられたようだ、彼は云う。


「ああ、痛みが消えて……ありがとう偉大な戦士よ、しかしわたしは助からないでしょう……だから貴方に私の生命からの願いを聞いて欲しい……エク・ヴェリ様を故郷に還してあげて欲しいの……です、本来ならわたしがそれをしなければならないのですが……」


「なにをいう、お前はまだ生きている、僕とともに北へ帰ろう、帰ればお前を待つ家族がいるだろう。ダメだこんなところで……終わらせてたまるものか!」


 エク・ヴェリがそれを聞いて必死に彼に訴えかける。それを聞いてアル・オは目を閉じながら消え行く最後の力を込めて、


「……エク・ヴェリ様、ここでおわかれです……貴方が故郷に還る日をわたしは祈っておりますよ……さようならわが、お……」


 最後まで言葉を終えること無く彼の生命の火は消えた……エク・ヴェリは肩を落としアル・オの手を胸にとり抱きしめていた。俯き、唇を引き締めて地の何者かに祈りを捧げるようなそんな面持ちだった。

 エク・ヴェリにかける言葉が思いつかない。私は無力だった。しかし死に瀕した彼の願いを聞いた、生き残ったエク・ヴェリを故郷に還すという願いだ。

 何の導きかは判らないが私にさらなる使命が天から降りてきた感があったのだ。意を決して少年に私は語りかけた。


「……エク・ヴェリ、お前が悲しむことは彼が許さない、立ち上がれ。勇者たる彼の魂はお前の血肉に宿ってお前自身の望みを叶える助けになるだろう。その時までお前は立ち止まってはいけないのだ……」


 我ながら芝居めいた台詞だと思ったが彼には立ち直って貰わねばならない、今後の事も考えれば彼の生い立ちも知らねばならないだろう。私の声が届いたのかエク・ヴェリは顔を上げた。


「アル・オは奴隷になっても僕に忠誠を誓いつづけてくれた一人でした。兄のように思っていた……悲しみで気持ちが張り裂けそうなのです。しかし僕はここで倒れるわけにはいかない。彼の死を決して無駄にしない、アル・オの勇気を語り継ぐためにも必ず故郷に還ります」


 少年の身体に力が戻った。


「すみません、お心遣い感謝します。僕は勘違いしていました、あぶなく心まで彼らの奴隷になってしまうところだった。それをアル・オは生命をもって僕に教えてくれたのでしょう。それを僕は忘れない。僕は今自由です。戦士たちに服従すれども心までは縛られないのです。そして最後に彼は僕に力をくれた、暴力に抗う心のちからを」


 私はエク・ヴェリの心の強さに感心した。彼はたしかに勇者の魂を受け継いだ、それは不屈不撓の心。それあるかぎり彼の目的は叶えられるだろう。言葉にはしなかったが私は彼を助けて北へ往くのも悪くないと考えていた……


 ……


 私たちは奴らに気付かれぬよう穴を掘って勇者アル・オの亡骸を埋葬した。石を積み上げて墓標としその上に小さな松明をつくって彼の魂を天へ昇らせる。

 その後エク・ヴェリから重大な情報を得た。

 先行集団は後方集団の到着を待たずに明日早朝に出発し予定を早めてトーロ・コロに攻め入る準備を行うという。どうやら人数を減らしてしまったルォ・フは責任を取らされることを恐れ本国には報告せずに現存する隊のみで攻略を行うことに決めたらしい。こちらは朗報だ、本国から援軍を呼ばれる恐れが無くなったのだから。

 加えて奴らはあらかじめ先遣隊に策を与えていたらしい。トーロ・コロの戦士たちをあざむくため、今日の夜にも早々に巨獣複数をおびき寄せ夜襲をさせる計画になっているという。もう日は沈んでいる。それによって私は急ぎトーロ・コロに戻る必要に迫られた。集落に巨獣の被害が出てからでは遅いのだ。

 私はエク・ヴェリに集落へ戻ることを告げた、加えて彼らの侵攻ルートを予定している戦場へ誘導できるように指示を出す。彼に決して無理はせぬよう念を押して伝えた。最後に長さ15cmほどの一振りの小刀を渡し、


「これを隠して持っておけ、戦いの方法を教えている時間はないが無闇に力を使おうとするな、だが使うときが来たら躊躇するんじゃない、力の限り相手に向けて刃を突き立てろ、そうすれば生き残れる」


「感謝します、僕はもう大丈夫です。ルォ・フという男は普段の様子からは伺いしれませんがどうも侮れないようです、十分警戒して彼らを手筈通り導いてみせます。お引き止めしてすみません、どうかお気をつけて、偉大な戦士よ」


「アインと呼んでくれ」


「えっ」


「お前はすでに勇者だエク・ヴェリ、勇者に名乗らぬ理由はない」


 エク・ヴェリは驚いた表情をするがすぐに私の心に気付いたのかひとつ頷いて決意に満ちた表情へと変わっていく、こうして少年は成長していくのだ。


「私は必ず戻る、それまでのことは頼んだ」


 少年の返事を待たずに私は夜の闇に身体を踊らせて跳躍していく。


「偉大な戦士アイン、貴方の信頼に必ず応えます」


 後に残された新たな小さき勇者はそれを見送りながら呟く。

 夜闇に佇む小高い丘に一陣の風が吹き、砂埃を舞い上げながら山肌を駆け昇っていく蒼銀の風を半天から見下ろす細月が照らしているのだった……

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