12 廃棄物処理論 一
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大陸東部 トーロ・コロ西 23日目 自機標準時2003 海抜40m
北緯30度 東経58度 街道筋
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闇夜の中TASを駆って私は西へ向かう。TASの両肩とバックパックには獣油の入った袋がそれぞれ固く縛り付けられていた。
目的地はまだ定まっておらずスユゥアンから聞き出していたヴイラ王国のある方角だけを頼りに移動していた。
周囲の景色は闇に包まれて全容は明らかではないが、森林が厚く覆う中に簡素ながら街道と呼べるだけの幅があり西の方角へ伸びていることだけがわかった。
TASのパワーアクチュエイターで私の移動速度はおよそ150km毎時、視界はまっくらであるが3次元音響センサーと温感センサーから送られてくるデータがHMDに視覚情報として変換表示されていて不自由はない。
広い大地を移動している30人近い集団を追跡するのだ、一度発見してしまえばその足跡を辿り追跡は容易くなるが、最初の接触を図るのが最も難しい。
陸上での狩りや偵察で主に扱われるトラッキングと呼ばれるフィールド技術のひとつを用いる事で捉えることができるだろう。
詳しいことは置いておくが獲物が移動する形跡を追跡することでその獲物の身体的特徴、数、警戒状態、体重や体調などを知ることができるものだ。
一流の狩人ならば身を以って経験しているため教育など受けなくても理解しているが、日常に生きるもの達には決して触れることができない智慧を学ぶことができる。
私はこれから外道たちの進路を予測して捕捉し追跡する。そして奴らを闇に葬る狩人となるのだ。
奴らがどのような集団であるかまだわかっていない。巨獣を移動手段にするというこの世界ではかなり非常識な手段を用いるのであるから軍人としてはそれなりに優秀な資質と戦闘力をもっていることは十分に予測できた。
そんなことを考えながら1時間あまり経過する。TASで跳躍し続ける私は向かう方角に待ち構える森林を抜け次第に高台にかわっていく先にあらわれた山岳地帯を目にしていた。トーロ・コロからおよそ200kmほど離れている。
まだ奴らを発見する地域には距離が遠すぎるが狩場を調査するにはこのあたりがよいだろう、この一帯は隠れる場所が多く狭い道が一本しかない。奇襲するのに好都合な場所だ。私は油袋をここにいくつか隠すことにした。補助AICaesarに周囲の脅威があるかセンサーで探索させる。
「アイン、全周スキャン完了しました。周囲5km丘陵の陰に潜む場合を除き巨獣の存在は確認できません。他に必要な情報を収集しますか?」
「いや、いらない。この場所は見晴らしが良く奴らがトーロ・コロに向かう際に通る可能性が高い。それにここまで来るのに2日はかかるはずだ。多少の状況変化はやむを得ないだろう」
いくつかの油袋を道筋からすこし離れて掘り下げた穴に隠し埋め戻していき目印をつける。ここの準備はこれだけで十分だ、探索を再開しよう。
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大陸東部 トーロ・コロ西 23日目 自機標準時2125 海抜/標高900m
北緯30度 東経58度 名も知らぬ山頂
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そうして街道を軽快に跳躍するTASは植生に包まれた山をも越えようとしていた。
街道は山道めいた様相を呈し始め幅も狭くなって茂みに覆われてはいたが道筋はまだ残っている。普段からあまり往来がないのか道標のようなものはどこにも見当たらなかった。
私は道から外れてHMDに映っていた山頂を目指すことにしていた。高みから地平線下の展望を得て情報収集を効率化するためだ。
険しい山道もTASを装備した私にとっては庭の散歩と変わらない。跳躍して着地できる確固とした足場がスキャンされHMDに次々と表示されていきその場所に向けて跳躍するだけだ。
わずか数秒間の浮揚感はまるで自分が飛行しているかのような気分に陥る。やがて降下し着地する際の重力加速と位置エネルギーをパワーアクチュエイターが相殺する瞬間は己のバランス感覚を必要とする。それを繰り返し急坂をものともせずにTASは山頂に辿り着く。岩肌の絶壁が無かったのは幸いだった。
山頂も木々に覆われていたため、最も高い巨木まで跳躍して飛び乗り展望を得た。暗闇の中西の方角を見渡してみる。当然暗闇で肉眼で得られる情報は皆無に近い。
HMDの遠望ディスプレイエリアに熱源反応が表示された。即座に位置特定のため解析される。方角は西南、距離30km、海抜100m付近。
人里の気配があった。今確認できているだけの状態から判断するに規則的に設けられている照明の炎に違いない。山道と繋がる道がそれに続いている場合は集落を避けて進むことになる。その先はおよそ50km先の地平線まで大きな熱反応はなかった。
後に私はここで発見したダ・ドンモイという集落を訪れる事になる、しかしそれはまだ先の話だ。
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大陸東部 ダ・ドンモイの集落西 23日目 自機標準時2348 海抜70m
北緯30度 東経56度 整備されていない林道
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それを発見したのは偶然だった。
サーモセンサーからではない情報がHMDに表示された。私は再確認のためCaesarに全周スキャンを命じる。
「アイン、スキャン完了しましたが、生体反応はありません。ですが人工建造物の形跡が大量に確認されており、それらは大きく損傷しています」
Caesarからの答えに疑問をもつがその場に到着するとそれはあっさりと解決した。
何かに襲撃を受けた集落だった。ところどころに煙が燻っているが火の手は見えない。壊滅した集落なのだろうか。
暗闇のため詳しい状況を知ることはできなかった。これはあとで伝え聞いた話だがこの地域では巨獣が繁殖するのを防げずに相当数の集落が襲撃され人びとは散り散りになって周辺地域へ難を逃れていったという。
これ以上の調査は今はできない、私は先を急ぐことにした。
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大陸東部 トーロ・コロから西へ610km 24日目 自機標準時0042 海抜50m
北緯30度 東経55度 川沿いの窪地
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やはり地図というものは偉大だと私は思い知らされていた。地形情報が少なすぎて捜索範囲が限られている現状だ。
既にトーロ・コロから移動を始めて5時間は経過しているが奴らのキャンプ地を発見できない。
戻りの時間も考慮に入れると時間の猶予はあと1時間程度だろう。焦りはミスを招くとは云え己の不甲斐なさに情けなくなる。私はCaesarに助力を求めた。
「Caesar、行動予定時間まで何分だ」
「78分です、アイン」
「目標は近いと予想されるが未だ発見に至っていない。森に遮られてしまうとサーモスキャンでは捜索が難しい。他に効率的に捜索できる方法はないか?」
「はいアイン、目標に察知される危険を含みますが存在します。エアブーストで空中へ上昇しつつ機体水平下スキャンを行い偵察、目標を発見次第接近降下を試みます」
空中偵察か、暗闇なら発見されるリスクは高くないだろう。それに襲撃に深夜を選んだのは彼らがすでに移動を終えて睡眠をとっていることを予測してのことだった。見張りは立てているだろうがそんなものは障害にもならない。私は空中偵察から夜襲を仕掛けることが良策と判断しその準備を進めた。一番問題なのはエアーブーストの噴出音が抑えられない事くらいだ。
「アイン、エアブースト準備完了。空中姿勢制御はオートバランサーで実施。オートバランサー起動。圧縮空気指向噴射圧制御渡します。どうぞ」
股間部にある制御盤へ圧開放の操作を行うと下半身各部のエアーブーストが下方に向けられ発動した。ブースト圧がTASの重量と重力を上回った瞬間機体は持ち上げられ上空200mまで上昇していた。姿勢制御のため上半身各部からも小刻みに自動制御された圧縮空気が噴出している。素晴らしい機能ではあるが圧縮空気で飛行できる時間はタンクの容量の問題でそれほど長くない。
「ああ、よく見えるな、Caesar。あれだな、あの熱反応がそうだろう、この距離だとこちらの気配には気づかないだろうな」
苦もせず発見した。2kmほど離れた川向う丘陵部のふもとに生体熱反応が検出されたのだ。
その数50余り。間違いないだろう、数体を除いて動きはなくおそらく巨獣警戒のために歩哨しているのだろう。
歩哨をする奴らが最初のターゲットだ。
私は即座に地上へ向けて降下態勢に入る。彼らは丘陵部の林を背にして川のほとりで夜営しているように見えた。川か林に歩哨を誘い込み罠にかける。楽な仕事だ。
……
5分後私は最初に目についた歩哨から10m離れた茂みまで接近していた。
しかしこの歩哨、不審な点があった。戦士にしては武装を持たず、衣類も粗末かつあまりに貧相で華奢な体格なのだ。
疑問が晴れなかったため、このターゲットを拉致して離れた場所へ連れ去って迅速に尋問するよりない。
私は動いた、TASの重量を感じさせない動きで歩哨の背後に立つ。そして気配を察して振り返ろうとする歩哨に音もなく掴みかかって背後から口を塞ぎ声を、腕を逆手にとって身動きと共に封じる。
そのまま20mほど後ろに飛び退いて林の中にある茂みに引きずり込んだ。この一連の動作は10数秒の間に行われ、当然寝静まっている集団の誰も気づくことはなかった。
「―――!―――!!」
歩哨は声を立てようとするが私はその首に手を回し喉を少し締め上げる。尋問の時間だ。
「しゃべるな、声をだすな、騒げば殺す。こちらの言っていることがわかるか?わかるなら目を閉じろ。わからないならここでお前の人生は終わる」
冷酷極まりない声色で哀れな歩哨に伝え、少し腕に力を込めるとこちらの言うことを理解したのか目を閉じた。
私はそれを確認すると腕の拘束だけを緩め歩哨の首に腕をまわしたまま尋問を始めた。
「目を閉じたまま答えろ、大きな声を出すなよ俺に判るだけでいいんだ、わかるな。よし、お前はなにものだ?戦士ではないのか?」
私の質問にようやく歩哨が答えた。
「……僕はヴイラの奴隷人足で……エク・ヴェリ……もう少し緩めて貰えませんか、抵抗はしません……」
奴隷。聞きなれない言葉だ。私は彼に抵抗の意志がないことを受けて締めあげた力を緩めて様子を見る。
そこで私はようやく気付いた、彼の肌は黒くなかった。ある答えに行き着いて私は彼にさらに尋問する。
「戦士ではないのだな。では聞きたい、お前はどこから来た?この集団は何処へ向かっている?」
「僕たちはヴイラ王国から走竜侵攻団の従者や雑用のために連れて来られました。この一団が何処へ向かっているのかは知らされていません」
「よし、俺の言っていることがわかるようだな、大人しくしているのなら生命は取らない。他に奴隷はいるのか?」
「抵抗はしません、いえ出来ません。奴隷は戦士に何をされても抵抗してはならないからです。他の奴隷はいます、男女合わせて5人です」
彼はそういうと口を閉じた、本当に抵抗する気が無いのを感じて私は拘束を解いた。彼の受け答えに何かを感じたからだ。
そうして正対すると彼は相当に若く、少年の面影があった。表情は暗がりで見えないが髪の色は燻った蜂蜜色、肌は日焼けしているが白人のそれに近かった。
エク・ヴェリと名乗る少年はTASのHMDで表情を隠した私をみて一瞬不安な表情を浮かべる、私はそれに気付いてHMDバイザーを収納した。
「わかった、お前はどうやら話のわかる人間のようだな。ところであの一団が侵攻団といったな、どこに侵攻するのかもわからないか?」
TASのヘッドアーマーバイザー越しに薄明かりで私の顔を認めてエク・ヴェリ少年は安心したあとこちらを真剣な表情で見つめてきた。
「それも僕たち奴隷には知らされていません。ところで僕からもお尋ねしたいことがあるのですがよいでしょうか?」
「だめだ。こちらの質問が先だ。それが終わったら考えてやろう」
私が突き放すように言うが少年は納得しない顔をみせながらも観念したのか、
「わかりました、貴方の聞きたいことにお答えします。僕に答えられる範囲でですけれど」
「お前は奴隷といったな、奴隷とは何だ?お前はあそこで眠り込んでいる戦士たちと見た目が違う、それに関係しているのか?」
「お前ではなくエク・ヴェリと呼んで下さい、奴隷はヴイラ王が宣言した黒くないものを捕らえ奴隷にする政策で産み出された人びとです。仰る通り肌の黒くない民を全て奴隷にして労役させています」
私は耳を疑ったが噂は真実だったのだ。そしてこの一団はその愚かなルールに則って動いている。静かな怒りが私の奥底に湧いてきた。
「わかったエク・ヴェリ、続けるぞ。この一団の長はどこにいる?そして長はどんな格好をしているのだ?」
「走竜侵攻団の長は一番大きな天幕にいます、彼は一際派手な色をした巨獣の羽根飾りを身につけています。奴隷たちに名乗りはしませんでしたが、戦士たちは一様にルォ・フと呼んでいるようです」
ルォ・フか、まだ姿は見ていないが名前は覚えておこう。
「最後だ、奴隷は5人といったな、エク・ヴェリ、お前を含んでだろう?どこにいる?」
私の質問を聞いた少年の顔が苦しみを抑えきれない表情に変わった。すぐに我に返りひと息つくと肩を落とし、
「荷役の男が僕を含めて3人、男たちは全て夜を徹して交代で見張りに立っています。女奴隷は2人ルォ・フの天幕へ毎晩連れて行かれてひどい目にあっています……貴方は僕たちを助けに来てくれたのですか?」
少年の質問に私は首を振って、
「残念ながらお前たちを助けている時間はない。俺はお前たちの敵ではないが訳あってこの走竜団を目的の場所に向かわせる訳にはいかない立場にいることだけ言っておこう」
それを聞いたエク・ヴェリは表情を明るくさせ、
「本当ですか!……彼らは僕たちを人間扱いしていません。許せないことですが僕たちには力がない。貴方は僕たちの敵ではないと仰りました、そして貴方の目的は僕たちにとって有望な未来に結びつくと考えました。でしたら僕らがその目的を果たせるように協力してもいいでしょうか?」
意外な申し出だ。初対面の者にここまで言う少年はいったい何者なのだろう。
「声が大きい、お前たちが協力してくれるとして一体何ができる?奴隷で武器もないお前たちが俺にできることは何だ?」
「僕たちは彼らの荷役であり、道中の前見をしています。彼らを貴方の目的に沿うように動かしてみせましょう。進む速度を落とさせることも出来ましょう。それで貴方の目的に足りているでしょうか?」
少年の顔は自信に満ちている。若者特有の未熟な判断ではなく確かな智慧に基づく自信のようにみえた。私は計算づくで少年にいった。
「お前たちの提案が失敗した場合、俺はお前たちの存在に考慮せず目的を果たす。成功するのなら俺がお前たちの開放と身の安全を約束してやる」
「ありがたいお話です、必ず成功させてみせます。ところで貴方は戦士なのでしょう?、僕は今奴隷だけれども戦士の誓いを知っている。だからここで誓います。戦士の誇りにかけて約束を果たす」
エク・ヴェリは両手を胸の前に掲げて掌をこちらにみせた、私は少年の行動を遮るように言い放った。
「すまないが俺からは戦士としては誓えない。お前たち自らが勝手に動いてやることであって俺はそれを黙認するということだけだ」
私は少年の真っ直ぐな気持ちに答えてやりたい気持ちはあったが目的が疎かになっては意味がない、ここは彼らの最大限の努力が上手く報われる事を祈るしか無かった。
「貴方は僕たちをまだ疑っているのですね、それは仕方のない事です。ではまず僕たちが貴方の信頼を得るためにひとり戦士をおびき出しましょう。行ってもよろしいですか?」
私は返事のかわりに無言で手を一団の方向へ差し出して彼に促した。少年は早足で天幕へ戻っていく。
それを見送った私はすぐに近くの大木の上に飛び上がり移って太い枝にその身を預けると腰部アタッチメントからMB-14を手に取り装弾数をチェックして安全装置を外し構えた。
「Caesar、あの少年に照準固定、彼の発言を集音して増幅して聞こえるようにしてくれ。彼の言動に危機を感じたら即座に射殺する」
「了解しましたアイン、目標データ設定完了照準固定、3次元音響で集音増幅再生開始。いつでもどうぞ」
私は5mほどの高さでMB-14を構えて天幕の入り口に立つ少年を観測する。間もなく集音された音声が耳に入ってきた。
『おやすみのところ、本当に申し訳ありません。偉大で高貴な戦士に卑しい私たちがお声をかけることすら憚るのですが、私たちの女のひとりがどうしても偉大な戦士のご寵愛を受けたいと申しておりまして急ぎお伝えに参った次第でございます……』
エク・ヴェリは深々と腰を折って一礼すると寝起きの畜生は奴隷に叩き起こされたことに腹を立てる間もなく急いで身繕いをして天幕から出ようとしていた。
天幕の周りには松明が囲っており明かりに照らしだされながらエク・ヴェリに誘われて2つの影がこちらへと延びてきている。
『こちらです、さあ、さすがにひと目があるところでは団長閣下の目が光っておりますゆえ少し薄暗いですがこちらで気分を出して頂けたらと』
エク・ヴェリは随分と役者のようだ。色欲に目が眩んだ肉塊はまったく周囲に警戒しておらず、隙だらけだ。よく見ると下履きから一物が勃起してはみ出している、ああはなりたくないものだ。
私は木の枝から飛び降りて愚かな獲物の到着を待つ。
目標が林の陰に連れ出されるとエク・ヴェリはそれではごゆっくりと声をかけその場から離れていく。目標物は夜目がすぐに効かず目を細めているうちに私は背後に忍び寄り首元を狙って手刀で一撃した。一言も発せずに気絶する。それを抱えて私は川のせせらぎが聞こえる方向へ向かった。
いよいよ待ちに待った最初の生徒に授業開始だ。
天幕から400mほど離れて周囲を大きな川石に囲まれたほとりに栄えある一人目の生徒を全身拘束してから放り投げた。
それからTASの拳で頬を何度か殴りつける。すると痛みに顔を歪めて畜生が目を覚ました。
既に手足は縛り上げられ身体の自由は奪われている。私はこのクソ袋に生徒1と名付けることにした。ゆっくりと生徒1の顔に自分のそれを近づけてささやいた。
「大声を出すな、抵抗したら生命はない。わかったか?」
生徒1は抵抗は無意味と判断したのか相槌を打った。
「よし、聞き分けのいい子は長生きするぞ。話しついでに聞きたいことがあるのだが、答えてくれるだろうか?」
生徒1は私に殺意がないと勘違いしたのか泡を噴いてしゃべりだす。
「き、貴様、こんなことをしてッ、俺が神に守られた偉大な戦士と知っての狼藉か?この痴れ者め、俺らにかかれば貴様などゴミクズの虫けら同然でしかないのだぞッ、わかるか?いまからでも遅くはないすぐにこれを解け、俺を解放しろ、這いつくばって命乞いをするんだ!」
こいつは驚きだ、こんなに優秀な生徒に最初から出会えるとは私は運がいい。静かな怒りは冷たい怒りへと変わっていく。
即座にMB-14CQCを抜き放って起動させた。圧倒的な力の差を理解すれば大人しくなるだろう。ただすぐに理解できるかはわからない、彼の知性に期待したいところだ。
光刃を生徒1に見せつけるようにしてから私は背後にあった巨大な川石に振り下ろす。光刃は川石を両断して下の地面をえぐり土つぶてを飛ばした。
それを見た生徒1は全身を震わせ失禁する。
「これを見てまだそんなことを言い続ける度胸があるなら聞いてやらんでもない。さあどうした、解放して欲しいんだろう?だがその前に私の質問に答えて欲しい。いいか、もう言わないぞ質問に答えろ」
生徒1は恐怖に表情を引き攣らせるが光刃から目を離せないようだ。私はそれを振るって彼の股間部に狙いをつけて撫で上げてやる。
「まだ自覚が足りないのか?ではこれで気持ち良い所を擦ってやるからな、きっと天にも昇れるに違いない」
生徒1は我に返ったかのように首を横に振り続けて私の手にかみつかんばかりにしたあと身体を暴れさせて、嫌だやめろとほざく。
「や、やめろッな、何が聞きたいッ、ひッ、糞ッ、誰か、誰かいないのか、糞おおおおッッッ」
叫ぼうとしたので顔面を狙って蹴りつけた、TASの足先は鋭く生徒1の口に命中し前歯を砕いた。血が飛び散るが私は身体をずらしてそれを避ける。
叫ばれると厄介だ、徹底的にやるしかない。
「聞こえていないかもしれないから先に質問をしてやる、お前たちはどこへ向かっている?お前たちはなぜ侵攻しようとしている?他に戦士は何人いるんだ?」
光刃で頬を撫で付けてやると遂に観念したのか生徒1は血まみれの顔をうなだれさせて答え始めた。
「……俺達はトーロ・コロという集落に向かっている……畜生痛え……そこは戦士の数が足りないので俺達に援軍を頼んだんだ……ああ、糞……俺の大事な歯が……戦士が少ないと知った我らが大王はトーロ・コロを攻め取って我らの国にせよと命令したんだ……俺の一物は無事か?ああ糞まだついてるじゃねぇか……戦士は俺をいれて全部で25人だ……どうだこれでいいだろう!全部話したぞ!」
上出来だ。最後の質問をしよう、同時にコンソールでパワーアクチュエイターのセッティングを10Gにする。
「これで最後だ、お前たちの長はどれくらいの強さなんだ?巨獣と渡り合えるくらいなのか?」
「団長は俺たちの陰に隠れて指示しているだけさ、普段は女奴隷を犯して楽しんでやがる、まあ俺もなんだがな!へへ……糞ッ頭がガンガンしてきた……戦っているところなんて見たこたぁねぇな……お、おい何をするんだやめろ最後だって云っただろう!近付くんじゃねえ!」
「ああ、最後だよ、お前の最期だ。ゆっくりおやすみ、二度と痛みの無い世界に逝けるからな、サヨナラだ」
光刃を収めた私は生徒1の首めがけて手刀を振り上げ叩きつける。
数トン分の衝撃を受けきれず生徒1の首は折れ砕け妙な方向へ曲がった。
私はため息をついて独り言を呟く、あと29人か……
自ら手を下した罪悪感はない。自分に巣食うこの恐ろしい一面は孤児になったときから心の奥底に淀みをつくって産まれていたようだ。
これは恐怖だ。愛するものを奪われる怖れ。幼いころに刻まれた孤独の烙印。
孤独からくる焦りと絶望感がこの一面を目覚めさせたのか。ただ救われるとすればこの感情に身を任せることに危険を感じていることだろう。
この恐怖を自らで意識しているうちは取り返しの付かないことにならないと信じたい。
未知の世界に信じられるものは少なく、信じるものを守るために自らも地獄の業火に身を焼かれる覚悟で私は生きる。
首から川に突っ込ませて沈んでいくそれを見やりながら踵を返しエク・ヴェリのいる天幕へ足を向けた。
そしてすぐに生徒1の存在を忘却の彼方へと消し去る。私に残される時間は限られていた。
TASの姿が暗闇に消えていき、あとに残るのは川のせせらぎと沈みゆく肉塊に群がる水棲生物の影だけであった……