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悠久の一  作者: さむちゃん
第二章 決意する異邦戦士
13/18

11 トーロ・コロの戦乙女

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 大陸東部 トーロ・コロの集落 23日目 自機標準時1715 海抜20m

 北緯30度 東経60度 借りている離れ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夕陽が西の地平線の丘陵に吸い込まれようとしている。

 集落の者どもに気付かれぬよう、悠然と歩いて離れに戻った私は革の敷布を広げ、必要な道具を選別しながらこれからの授業内容について思索を巡らせていた。


 本来正面対決で短期決戦を挑みTASの圧倒的攻撃力で蹂躙すればよいのだが私がゲリラ戦を選んだのには理由(わけ)がある。

 まずこちらの懐事情に関わることで高威力質量兵装の残弾保持だ。限られた弾薬を使うのは本当にやむを得ない時だけにしたい。そして次に隠密性だ。広範囲で一対多数の戦闘を繰り広げるならば逃走されるおそれが多々考えられた。TASの攻撃力ならばと過信してもし逃がしでもしたらヴイラ本国からの報復が来ないとも限らない。相手にこちらの姿を認識させず事故に見せかけ進む毎に数を減らしていく。正体不明の敵に気付いた時には敵地深く侵入していて逃走も困難な状況を作らなければいけない、そのために高度な隠密行動が必要だ。

 加えて集落の者どもに私があの人でなしどもを始末する様を見せたくない。ソータ・タッタが約定を交わしたものたちを私が勝手に処断したと疑われ信頼が損なわれるかもしれないからだ。

 最後に、巨獣を誘い出してトーロ・コロを襲わせると言っていたことだ。どの程度の規模なのか、どのようにしておびき寄せるのか、どこからそれを連れてくるのか、知っておかなければならないと判断したからだ。テロリストたちの手法を熟知し探知して反撃するカウンターテロの要領で対抗する。ただ待ち構えて迎撃するのは集落の戦力が乏しい現状得策ではない。こちらに到達する前の段階でせん滅するのが上策だ。あの下劣な豚どもと肩を並べて戦うなど願い下げである。


 10分ほどで道具の選別が終わると私は離れを出てスユゥアンの屋敷へ向かった。彼女たちは会合に参加していなかったためで様子が気になったからだ。門番の戦士に姿を見られたくない私は周囲にひと気のない高さ3mほどの外壁の前に5mほど離れて立ち、壁に向かって跳躍する。パワーアクチュエイターのアシストを10Gにセットしてあるので壁の上を悠々と飛越ししなやかに着地する。

 すでにあたりは夕闇に包まれており、また人の気配がなかったため誰にも気付かれずにスユゥアンの屋敷に潜入できた。あとは彼女を探し出し頼み事をして物資の調達だ。


「アイン、ミャンとスユゥアンは温感(サーモ)スキャンの反応ではまだ屋敷の中にいます。彼女だけを呼び出して交渉するのは困難な状況だと推測されます」


 人工知能Caesar(シーザー)の予測が私に告げられるがそれはわかっている。しかし彼女から必要な物資を調達せねばこれからの行動がさらに困難になる。

 彼女の部屋は庭を一望できて繋がっているはずだ、私は庭を辿って彼女の部屋に身を隠しながら接近する。

 灯篭の明かりが部屋から漏れていてそこからスユゥアンとミャンが姿を現した。

 少し予定を変更しなければならなくなった。ミャンは日没の時間になると特に予定がない場合眠ってしまうと踏んでいた私はスユゥアンとふたりきりで話す積もりだったのだ。

 そのまま二人は庭に降りてきて灯篭に照らされた訓練場になっているらしい一角まで歩いてきた、私の隠れている茂みに近い。

 ミャンは先刻手に入れた石鞭を手にし、木人形に向かってそれを振るおうとしている。


「もうこんなに暗いのに父様、迎えに来てくれないんでしょうか。スユゥアン様はなにか聞いていませんか?」


 ミャンが石鞭の扱いに苦戦しながら尋ねると、スユゥアンは片手で前髪をかきあげながら目線をミャンに移し


「ソータ・タッタ戦士長となにか相談していると聞いていたけれど、それにしては長いわね。でも戦士アインは今晩貴女の貸し切りだといってたけれど?」


「父様とこの武器の訓練をしようって約束をしていたんですけれど……他に予定ができたのかな、訓練なら後回しでもいいとお伝えしたかったのですが」


 ミャンは石鞭を木人形に振るって命中させる。鈍い音と共に木人形の胴が凹み着せられていた木製よろいが砕け散る。それをみてスユゥアンは、


「あら、さっきより随分よくなったわ、でも打ち終わったあとが良くないわね、鞭は当てたあとすぐに手元に戻さないと反撃されるから」


 そういってミャンの背後に立つと彼女の手をとって振り終わりの動作を覚えさせようとする。


「ここから手首を返して自分の身体の真ん中の軸を避けるように戻すのよ、そう、いいわ。貴女本当に子供とは思えないくらい覚えるのが早いわ、集落の他の子たちに較べても大したものね、やっぱり偉大な戦士の教えを受けているからかしら、どうなの?」


 するとスユゥアンはミャンに体重を預けながらたくみに彼女のフードを外してあらわになった首を甘咬みして舌を這わそうとする。ミャンがそれに気付いて離れようとするがスユゥアンの腕はミャンの動きを巧妙に抑えこんで離さない。ミャンの手から石鞭が離れ地面に落ちる。


「こんなに綺麗で透き通る髪、なんて素敵なんでしょう。貴女この周辺の娘じゃないわよね、ずっと北にいる虐げられた一族にこんな髪をした人びとがいるって聞いていたけれど、ひとめ見て貴女のことを気に入ったの、それにわたし強い男だけじゃなくて貴女みたいな小さくて可愛いらしい女の子も好みなのよ?」


 するりとミャンの纏いの隙間から指を蛇のように滑らせて侵入させ、まだ発達していない乳房や秘めたる場所へ伸ばしていく。ミャンが身を捩って逃れようとしてもまったく敵わない。

 それを呆気に取られて傍観してしまっていた私は我に還る。これは一大事だ。

 

「あ!あの!スユゥアン様?いけません!はあッ!ダメッやめて……!」


 ミャンが身悶えて苦しんでいる、様に見える。実際は息を荒くしてスユゥアンの指から繰り出される愛撫に身を翻弄されているだけなのだが。


「いいのよ、ここには誰もこないから遠慮しなくても、貴女まだ男は知らないんでしょう?彼には秘密にしておくわ、少しだけわたしと火遊びしましょう、ね?」


 スユゥアンの熱い吐息がミャンの耳に吹きかけられた直後、私は足元にある石つぶてを手にとってスユゥアンの尻に向けて素早く投擲した。

 空を切って一直線に投擲されたそれはスユゥアンの豊満な尻にくいこむ。彼女は痛みに顔を歪めて背後に振り返った。

 振り返った先に私の姿をみつけて驚きを隠せないようだ。


「そこまでだスユゥアン、訓練を手伝ってくれとは云ったが、こんな事まで教えろとはいってない」


「いつの間に……あ、あらごめんなさい、彼女ともうちょっと仲良くなりたくてつい……」


 そう言ってスユゥアンはミャンに絡ませた腕を解く、ミャンは素早く装いを直して私の後ろに逃げこんできた。少し怯えているようだ、可哀想に。


「仲良くなるのにも程度があるだろう、それとも何だ、私が知らないだけで同性愛はこの集落では一般的なのか?だとしたら二度と娘には近付くな」


 私は声を荒らげてスユゥアンに忠告した。彼女は深妙になって悄気返り目線を落として嗚咽を漏らし始めた。ミャンもその様子をみて怯えから怪訝そうな表情へ変わっていく。


「だって、わたし……長老の一族の娘でしょう……わたしと親しい人なんてほとんどいないのよ……だからこの娘と一緒に色々お話できて嬉しかったわ、でもわたし強い男もだけど可愛い女の子も大好きなのよ……それでミャンちゃんの手を握って鞭の扱いを教えていたら彼女の匂いを吸ってしまってそしたら頭がぼおっとしてきちゃって……気がついたら抱きついていたのよ……うっうっ……」


 ううむ……私は懺悔を聞き届ける神父様ではない。しかしなぜ泣くんだ、私のほうが罪悪感を感じてしまうぞ。確かに彼女は孤高の人たり得る雰囲気を持っているが……寂しさのあまり暴走してしまったか。

 ほんの少しだけ彼女に同情するがなにしろあまり時間がない、手早く要件を済ませないと。


「スユゥアン、お前の一時の感情でミャンを傷つけてしまうところだったんだ、まず娘に謝ることが先だろう」


 私がスユゥアンに告げると後ろに控えていたミャンが前に身を乗り出して


「スユゥアン様、わたしちょっとびっくりしてしまいましたけど、貴女の気持ち少しわかります。甘えたかったんですよね、だっていつもスユゥアン様は凛々しいけれど時折すごく寂しい顔なさっているときがあったのわたし見てました。あんなことするのをやめてくれるのなら、わたし、許します。わたしだってひとりで寂しかったもの。父様ができたからもう平気だけど。でも貴女には今そんな人がいないのね。父様、こんなところでいうのも何ですけれどスユゥアン様もご両親を亡くされているんです。なので彼女の気持ちがよくわかります。ですからスユゥアン様、もうこんなことをしないと誓って下さい。戦士じゃなくてもかまわない。貴女の言葉で誓って貰えたらそれで十分なんです、どうですか?」


 ミャンはスユゥアンに手を差し伸べて語りかけた。スユゥアンはその手に気付いて顔を上げた涙が溢れて彼女の瞳が揺れていた。


「ミャンちゃん……許してくれるのね……ごめんなさい、わたしひどいことしちゃったわ……ええ、誓います。トーロ・コロの大長老が孫娘スユゥアンが戦士ミャンに誓うわ。決してあやまちは犯さないと」


 ミャンの手をとってスユゥアンが宣誓した。ミャンは先程までのそれを捨て去ったかのように表情を輝かせ


「許します。嬉しいですスユゥアン様。父様、誓いは交わされました。私はこれからスユゥアン様のいもうとになって、苦しみも喜びも共にして助け合います。よろしいですか?」


 そういうことか、ミャンが全て丸く収めてくれた。スユゥアンの気持ちも汲み取り自分の気持ちと併せて彼女の救われない感情を導いたのだ。

 感動を覚えた私はすでにスユゥアンを許していた。もちろん反対するつもりなど無かった。


「ミャン、お前が優しい娘で私は誇らしい。わかった。戦士ミャンとスユゥアンに今、貴い誓いが交わされた、ふたりは義理の姉妹となって助け合い死ぬ時までその誓いを守り続けなさい。さあスユゥアン、ミャン」


 私はスユゥアンを起ち上がらせ、お互いを相対させた。ふたりは手を取り合って見つめ合うとおもむろにミャンがスユゥアンに抱きついた。それを受け止めたスユゥアンは身をかがめてミャンを抱きしめ直して涙を流して歓喜した。姉に抱かれたいもうとは言う、


「わたしは幸せです、いちどきに父様や姉様ができました。生きるときも死ぬときもずっと一緒です。たとえ離れ離れになっても」


 いもうとを抱く姉はうち寄せる喜びに身体を震わせ天に届かんばかりの声で叫ぶ、


「ああ!わたしにも心を隠さず語り合えるひとができるなんて!ずっと、ずっと憧れていました。ミャン、私の可愛いいもうと。貴女はわたしの生命、貴女はわたしの女神。私は生まれ変わった、わたしの新しい女神が力を与えてくれた、私がトーロ・コロを深く愛するように貴女も深く愛します。でもそれはわたしの欲を埋めるためのものじゃない。貴女は私のいもうとなのだから」


 激動の夜が始まる直前、美しき姉妹の誓いがここに結ばれた。

 私は奇妙な満足感を覚えていた。ふたりの行く末に栄光と勝利と愛の祝福がありますように。そう女神に祈るような気持ちだった……


 ……


 ミャンをスユゥアンの屋敷に入れ休ませると私はスユゥアンを呼び止める。


「スユゥアン、この屋敷には油があるだろう、灯篭で使っているものだ。どれくらいの量があるのだ?」


 それを聞いたスユゥアンが目線を上にして数秒考えこむと、


「そうね、あそこに大壺があるでしょう、あの壺に50くらいあるわ、取引につかうものだから屋敷でつかうものとは別だけど。それがどうかして?」


 その壺の大きさを見た私はすぐに計画していた作戦見積もりと比べ合わせて調達数を算出した。


「今すぐ私に20譲ってもらいたい、代価はいずれ出来上がる割印で支払う。急いでいるんだ、すぐにでも持ち出したい。それと油をいれる革袋だ、多少嵩張ってもいい、数が要る。すぐに用意できるか?」


「革袋はすぐには無理ね、商い仲間がまだ集落にいるから明朝から取引して明日中には用意できるわ100もあればいいかしら?」


「ああ、助かるよスユゥアン、それと弓、弓と矢はあるのか?この集落に来て私は見たことがないが、狩りで使わないのか?」


「ゆみ?や?わからないわ、どういったものなのか教えてくれたら他の集落に掛けあって用意できるけれど」


 弓矢がわからない?まさか、そういうことなのか?私は少し考えこんだがここは致し方ない、後回しだ。


「わかったよ、それは自分で用意する。私はこれから少し出かけてくる、まずここにあるだけの革袋、10はあるかなこれに油を入れて持っていく、残りは明日中に頼んだ」


「ええ、承ります。それでこんな夜更けにどこへ行くというの?もう外は真っ暗で何もできないわよ?」


「気にしないでくれ、私自身少し身体が鈍ってきているんだ、訓練だよ、集落から少し離れて散歩がてら訓練しようと考えているんだ。それで灯りに油が要る」


「そういうことなのね、偉大な戦士は鍛錬も皆に見せずに努力するとは改めて尊敬するわ、それで……その…」


 スユゥアンの様子が変だ、やけに躊躇っているかのような雰囲気だ。


「どうしたんだ、急いでいるから手早く済ませよう、なにか私に聞きたいことがあるんだろう?」


「そう、そうなのよ!実は……わたしもアインを父様とお呼びしてもいいかお許しを得たくて……」


 なんだ、この緊急時に。そうは思ったが彼女がミャンに妙な気を起こさせないためにも精神的不安要素は取り除かなければいけない。私はそれを許すことにした。


「まったく、君と私はたいして年かさもかわらないだろうに、ん?何を怒っているんだ?」


 スユゥアンが頬を膨らませて私を見上げている。また私が失言したのか?いやそんなはずは


「わたしまだ18よ、父様。いったい幾つにみえたんでしょうね?聞かせて欲しいわ」


 スユゥアンが詰め寄ってくる。すさまじい気迫だ、巨獣のそれより遥かに巨大な気勢を放っている。

 こいつは驚きだ、世界の神秘だ。成熟した肉体とこの妖艶さを備えてまだ10代なのか?聞いてはいけないことを聞いてしまった感を得て私は戦慄した。

 それにしてもこの世界、見た目と年齢、性別が一致しなさすぎだろう。早熟なのかもしれないが、私は自らの人生観が変わるようで目が回りそうだった。

 すぐにスユゥアンに大いに謝罪し許されてから、私はようやく準備を整えることができた。

 最初の行動は夜の闇に姿を隠して移動しはるか西方にいると思われる動く肉袋たちを迎え撃つ。

 HR(ホームルーム)は終了だ。闇夜の授業1時間目はまもなく開始される。

人物紹介

◇環太平洋東亜連合航宙基幹軍

・アイン・ミカムラ/主人公。27世紀から中生代白亜紀にタイムスリップした軍人、身長178cm、27歳、少尉、独身。

・TAS/人型パワードスーツ、Tactical―Armored―Systemの略。アインが搭乗着用している大きさ2m大の人型携行戦闘鎧。

・Caesar/人工知能(AI)、TASに並列搭載されてアインの行動をサポートする。年齢不詳、相棒はアイン。

・ミャン・ミカムラ/アインが未知の世界に来て最初に出会った女の子、プラチナ・ブロンドに小麦色の肌、アインの養女となる。身長132cm、12~3歳、独身

◇トーロ・コロの集落

・ソータ・タッタ/戦士の一族の長。真っ黒い肌に輝く白い歯。身長およそ190cmしなやかな筋肉をもつ偉丈夫。妻帯者。

・スユゥアン/長老の一族の娘、濡れるような黒い肌に腰まで伸びる波掛かった長髪、妖艶な雰囲気をもつ美女、身長165cm、昼間は商い人として男装で過ごしている。独身。

・オィティ・ツカワ/戦士のひとり、真っ黒い肌に眩しい白い歯。身長およそ200cm、年齢不詳、妻帯者。

◇ヴイラ王国走竜兵団先遣隊

・5人の走竜騎兵/諸事情により名称不明、しゃべる肉塊たち、身長それぞれ170~180cm程度、年齢不詳、独身。

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