9 誘惑
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
大陸東部 トーロ・コロの集落 23日目 自機標準時0602 海抜20m
北緯30度 東経60度 借りている離れ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
今朝でトーロ・コロ滞在2日目になる。
私は意気消沈していた。
スユゥアンの部屋で見たあの太古の生物たちの遺物、私にとって余りにも衝撃的な現実だった。
そのことがまだ自分の頭の中で延々と渦巻いている。ほとんど眠れていなかった。
存在する寄る辺が一度に失われたショックと無力な自分を思い知らされ気力を完全に喪失していたのだ。
ミャンがそんな私の様子を心配して気遣ってくれる言葉も耳に入らない。用意してくれた朝食にも手をつけていなかった。
彼女に応えを返すけれども意志のない機械人形のようだった。
そのうちミャンがスユゥアンのところへ行くといって出掛けたあとも私は借りている離れの床にひとり座り続けて茫然としていた。
日も高くなってきた頃、今まで沈黙していたCaesarの声が私に語りかけてきた。
「アイン、起床されてから何も活動していませんが、何か問題がありましたか?」
Caesarは私の心理状態までは理解できない、だがCaesarの分析力は心理学的見解を求めることも可能だ。少し気分転換になるかもしれない。
「ああ、身体的には問題ないよCaesar、どうも昨日の出来事が衝撃的すぎて何も考えられない、情けない話だが」
「戦闘時ショックとは違うものと分析します、それでしたら原因を探ることで精神的ケアを図ることも十分可能と推測します」
「……原因、原因か……まず原隊復帰が出来なくなってしまった、これがそうだな」
「はいアイン、様々な分析結果を考慮しても当機が原隊復帰可能な確率は天文学的に低いです」
「原隊復帰が出来なくなると補給が当然不可能だろう」
「その通りです、当機は補給なしで行動するための充電池は年単位で維持可能ですが、質量兵装つまり弾薬においては再生利用が不可能です」
「TASは確かに恐るべき性能をもっている、けれども今までの作戦行動を振り返っても質量武器に頼りきっていた傾向が強かった、それを考えると今後補給なしで戦闘行動をとり続けるのは……」
弾薬切れで戦闘不能に陥るか、大きくその制圧力を落として戦闘行動を継続するしか選択できなくなってしまう。
ただ救いは弾薬なしで稼働できる兵装がいくつかあることだ。
「Caesar、実体弾をつかわない兵装、TASには何が装備されているのか教えてくれ」
「わかりましたアイン、MB-14CQC、左腕浮揚型打撃杭の2点になります」
2つあるがどちらも近接格闘兵装だ、目標を一方的に攻撃できる近中長距離兵装が無い。
従ってTASの防御力に依存して敵の攻撃を防ぎ、接近戦を強いてプラズマ剣で攻撃する。当たれば必殺の威力を持っていて巨獣ですら簡単に輪切りにできるだろう。
欠点はある、MB-14 CQCにも充電池が内蔵されていて仕様書通りだと光刃展開継続時間は最長100分だ。一対一では十分過ぎる、だが多対一で長期戦になれば不利になることは否めない。
浮揚型打撃杭がMB-14CQCに劣るのは威力ではなく拳で敵を叩くのと変わらない射程だからだ、超近接兵装だから当然であるが。
「どちらも限定的な戦闘にしかつかえないな、全ての状況に対応するにはあまりに厳しい」
「確かにその通りですがアイン、思考に偏りがあると推測します、他の選択を考慮することをお勧めします」
「他の選択……?」
何か他にあっただろうか、私の搭乗しているこのTAS-X-37G 2号機は極限空間内において無補給無整備で作業実証を行う機体だった。
従って搭載兵装は絞りに絞られた。同1号機が各種兵装実験機という面もあったからではあるが。 お手上げだ。
「降参だCaesar、武器がないのにどう戦えと云うのか私には答えが出せない」
「それほど戦闘に固執する必要性がありません、当機の性能を持ってすれば逃げることがもっとも容易なのではありませんか」
「逃げる?……うーむ」
確かに逃げるのも有効な選択だ。逃げて敵をおびき寄せこちらの得意な戦闘状態を作り上げればいいのか……一撃離脱戦法に似ているな。
中距離長距離で仕掛けてくる敵にTASの防御力と機動力をもって攻撃を逸し、隙をつくって接近戦に持ち込みプラズマ剣の一撃で圧倒すれば負けることはない。
そうかなるほど、それでいい。
「判ったCaesar、あまり考えすぎても良くないということか、ありがとう」
「お安いご用ですアイン、実は先ほどから外でお二方がお待ちなのですが、お気付きでしたでしょうか」
そう云われて私が離れの入り口を振り返るとたしかにいた。ミャンと……スユゥアンだ、昨晩と違い市の時と同じ装いだった。
「やあ、スユゥアン、昨晩は失礼した。ところでこんな所へ何用かな、それにミャン、いつの間に出かけていたんだ?」
それを聞いたミャンはずかずかと乱暴に私の目の前まで歩み寄ってきて私に顔を近づけてくる、随分と私を見る目が冷たいな。
「先生が呆けているからです、Caesarに聞いてみてください、きちんとスユゥアンのところへ伺いますとお伝えしたはずですよ」
私は先刻の自失状態のことを云われて少し恥じた。Caesarに確認するまでも無くミャンの言い分で間違いないからだ。
「……そうだったな、すまなかった、ところでどうしてスユゥアンが?」
「取引につかう割印の加工、今日職方の長にお願いに行くんですよ。先生も同行すると仰っていたではないですか」
「……ああ、そ、そうだった、すまないな、わざわざそのために来てもらったのか」
ミャンはそれには答えず不機嫌さを隠そうともしないでそのまま身体を翻しスユゥアンに一礼して近づいて離れの中に誘った。
それを見たスユゥアンは口元を押さえて笑いをこらえている。スユゥアンがミャンにひと言礼をいって何かを耳元でささやくと彼女はフードに隠されても判るくらい赤面してそそくさと離れを出て行く。それを尻目にスユゥアンはさらに忍び笑いを続けていた。
「何を言ったのかわからないが、あまりミャンに変な事を吹きこまないでくれ、それでなくとも散々苦労してるんだからな」
私はスユゥアンを窘めたが彼女はひとしきり笑い終えてから、
「あら、そうなの。でも可笑しいわ、私はてっきり彼女が貴男の婚約者だとばっかり思っていたから。そうじゃなかったのね、ふふ」
「そんなわけがないだろう」
「そうかしら?でもあの子は歳に見合わず賢いわ、だって私の屋敷に来ていきなり云うのですもの、アイン先生の様子が貴女の部屋にいってから変でこのままだと取引も解消せざるを得ませんから一度会ってみてくれませんか?って。びっくりしたわ、だってあの娘、夜宴の途中で眠ってしまったでしょう?どうして貴男が私の部屋にいた事を知っていたのかしらね」
……婚約者とかそういう話自体どこから出てきたのか非常に気になるのではあるが、それはあとだ、
「君の屋敷にいた者が彼女に話したのではないのか?」
「あいにく屋敷内のことは私が全部取り仕切っているから漏れるはずがないのよね、そうそう、昨晩は悪いことをしたわ、お詫びに今晩もお誘いするつもりなのだけど、どうかしら?」
「申し出は嬉しいが、今晩私はミャンの貸し切りだ。それに誤解がないように申し上げるがミャンは大切な弟子であって婚約者ではない。誰が言い始めたのか知らないがいい迷惑だ」
「ふぅん、勿体無いわね。あの娘は今は乳臭い娘だけど成人したらいい女になるわよ。まあいいわ、その話は置いておいて今の話をしましょう、聞きたい?」
「どうせ聞きたくなくても聞かせてくれるんだろう?」
「貴男のために持ってきた話だもの。あの娘が云っていた割印の話じゃないわよ、この集落に関わる重要な事なので私が来たの、話す前に秘密は守って貰いたいのだけど、大丈夫かしら」
「よくわからないがそれは危険な事なのか?そうだとしたら私には聞き入れる気はない、今それどころではないからな」
私がそう云うと先ほどまで余裕の表情だった彼女が急に慌て、
「そうつれなくするものでないわ、偉大な戦士アインの力を借りたいの、危険な事は無いと思うわ。私は戦士ではないけれど誓いを立てるわ。どうか聞いてくださらない?」
どうも私が相手でないと困るような物言いだ、彼女は私を利用して何かを成そうとしているようだが、それが悪巧みなのかは聞いてみないとわからない。
私は別に女性が嫌いなわけではない、ただ女性に対する態度をどのようにとってよいのか選びあぐねているだけだ。孤児になってから今まで私の周りに女性の影が少なかった事も影響している。
あくまで女性も一個の人間としてしか対応できないのだ。
今回は問題はなかろうと判断して、彼女に向けて頷くと続きを話すよう促した。
「ありがとう、誓いは守るわ、上手く事が済めば貴男にも悪い話にはならないと思うの、誓いを立てるのに相応しいお礼もするわ。もちろん私をお望みでしたらいつでも差上げられるつもりだけど」
身を乗り出してこちらに身体を寄せてくるスユゥアンに私はうんざりしつつも毅然と言い放つ、
「……最後のは遠慮しておくよ、君と寝たらきっと溺れて離れられなくなる結末しかみえない。君の美しさは本物だ。しかしさっきも云ったが私にはやらないといけないことがあるんだ」
「……お上手ね、解ったわ。少し残念だけど私の誘惑を跳ね除けるなんてさすがに偉大な戦士と謳われるだけはあるわね。さ、茶番はおしまい、本題に入るわ」
そうして私はスユゥアンと30分ほど話し込んだ。
話の概略はこうだ。
このトーロ・コロは恒常的に巨獣に脅かされていて戦士たちの育成が間に合わない状況なのだという。
それに追い討ちをかける昨日の島での騒動、戦士たちの数が激減し、巨獣を倒すばかりか追い払うにも足りていないようなのだ。
私が手を貸そうと申し出るも、スユゥアン曰く貴男はソータ・タッタの客人で友、だから戦士でない私が貴男の力を借りようとすることは集落の誇りをけがす行為となるらしい。
面倒くさい話だとは感じたがそこは彼らの法だ、私が何か云える立場ではない。
話を戻そう、足りない頭数を補うため、近隣の集落から戦士を借りいわゆる傭兵として雇おうとしたところ、どこの集落も余裕のない状況だという話だった。
そこで他の方法をと調べていく内にこの一帯から離れた西の彼方にあるヴイラ王国の傭兵たちが招きに応じてくれたという。ヴイラ王国の傭兵は装備もよく精強で頼り甲斐があるとのもっぱらの評判だった。
そのヴイラ王国にはよくない噂も流れていた。肌の黒くないものを迫害しているというのだ。
さらにその噂を裏付ける話があって、かのヴイラ王は変人で、特に肌の黒さで優劣をつけるというあまりにも傍若無人な法をつくってみずから率先して肌の黒くない人びとを捕らえて危害を加えているという。
私はその話を聞いた時、こんな未発達の世界でも選民思想を人びとに強いる支配者がいるとは愚かなことだ、と思った。
続きだ、そのヴイラ王国の傭兵団先鋒隊が本日日没前に到着する予定なのだという。
集落には肌の黒くないものもいる、彼らに危害が及ばぬように偉大な戦士アインの力で守ってやって欲しいという依頼だった。戦士同士助けあうことや力無いものを守るために友の力を借りることは掟に触れないとの事だった。
巨獣から集落そのものを守ることに友を巻き込まないという彼らの誇り高さがその掟をつくったとの話だ。
逆に外部のものが意図せずに掟を破ったらどうするのだと聞くと、集落の未婚の者がその戦士を歓待して草で意識を奪い夢うつつの内に無理矢理契りを結んで集落の一員としてしまうらしい。それを聞いた私は身に覚えがありすぎて戦慄した。いつのまにか私にしなだれかかってきていたスユゥアンの纏に隠された肉感的な身体を慌てておしのける、油断も隙もない女だ。
結論として私はその依頼を受けることにする。来訪したヴイラの傭兵たちが狼藉を働かないかみているだけでいい……しかし待て、私は何か引っかかるものを感じた。もしかしたら傭兵たちは相当手強く集落の戦士たちでは太刀打ちできないからではないのか?そう考えると得心がいった、また彼女の企みにしてやられてしまったようだ。
スユゥアンとの話を終えるとミャンも離れの外から中に入ってきた。彼女なりに気を遣ってくれたようだ。手招きしてミャンが近づいてくるとそれを抱き寄せいつものように頭を擦るように撫でてやる。単純だとはいえないが最近の彼女はこれだけで機嫌を直してくれるから助かる。
よく見てみるとミャンも肌は黒くはない。毛皮の上下で日差しを遮っているからここ最近は日焼けもしていないはずだ。翠の瞳は長い白金の前髪に隠されていたのでその奥はよく見えなかった。彼女の安全もある程度考える必要があるだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
大陸東部 トーロ・コロの集落 23日目 自機標準時1009 海抜20m
北緯30度 東経60度 石匠の工房
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後私とミャンはスユゥアンに案内され、集落の外れにある石匠の工房を訪ねていた。
工房の中は切り出した黒曜石の工芸品や槍の穂先、そして刃がずらりと並び、鈍い漆黒の輝きに覆われていた。
煤けた煙が立ち込める中、奥からひとりの老人が姿を現す。
その工房の主の顔に私は見覚えがある。市で出会った眼光鋭い老人だ。あの時は纏いに隠されて見えなかったがもろ肌脱いだその姿はとても老人のものではなかった。
老人はこちらを一瞥するなり、スユゥアンに枯れ果てた様な声で言い放つ。
「昨日の異形の小僧と弟子、それに長の孫娘か、こんなところに何の用だ、儂の工房は男女の逢引小屋ではないぞ、失せろ」
スユゥアンは慣れているのか、懐からこぶし大の小包を素早く出して老人にそれを手渡す。
「昨日使いの者に伝えさせたはずです、あの島で採れたまだらの水晶、めったにお目にかかれない見事なもの、さすがにこれに見合う玉石は集落にはないでしょう」
そういうが早いか老人は何かに憑かれたかのように目を剥いて包を開き始める。そしてそれを手にとって恍惚とした表情になり、
「おお、おお!これだ!この光!まさしく伝え聞いた通りのかがやき!……だが、こんなものを持ち込んでこの儂になにをやらせようと?」
恍惚とした老人の目が鋭く光っている、スユゥアンはこれもまた涼しげな表情で流し
「これで割印を作ってもらいたいんだ、代価は僕もち、砕けた破片は全部あげる。どうかな?」
スユゥアンの妖しげな瞳の輝きがまだらに輝く水晶に吸い込まれ溶けこんでいくかのようだ。老人はそんな彼女には目もくれず水晶から目を離せないようだった。
私は老人に気付かれないように唇を歪めた。この老人の眼光はいい意味で狂った職人のものだ。
頑固爺の我儘で交渉が難航すると思われたが、匠の老人は無言で水晶を抱え込み、日が3回昇ったあとだ。と私たちに言い捨てるとそのまま工房の奥へ引っ込んでいった。
私とミャンは呆気にとられて見ているしかなかったが、スユゥアンはまた忍び笑いをしてここには武具も置いてあるよ、と奥へ向けて呼び声をかけると次に出てきたのは別の男だった。
彼はあの偏屈爺の弟子よ、とスユゥアンが紹介してきて私は彼に目礼した。ミャンもそれに倣う。
彼はミャンのための武具を見繕ってくれた。いくらなんでも足首に巻きつけてあるあの15cmほどの生活用黒曜石包丁?では心許ない。
まず彼女に合わせるため色々な長さの槍を工房の外で木人形をつかって試した。それをみた彼はすぐに、お弟子さまは力はあるが体重が軽いため重く長いものは適していないでしょうと云い、工房の棚の隅に置いてあった一巻きの鞭をミャンに差し出した。スユゥアン曰く石鞭だという。軽量に造られ、鞭体の中に堅い石が埋め込んである。扱いが難しいが鞭先は黒曜石ではなく砂石という赤黒く鈍く光る石で覆われており、命中する鞭体の場所によって棍棒で殴るのと変わらない破壊力を備えているらしい。もちろん未熟な者が扱うとその恐ろしい威力が自らに襲いかかってくるわけであるが。
私とミャンは彼に礼を言い、スユゥアンと共に工房を離れた。離れに戻って日が傾くまでに少しミャンと訓練して鞭に慣れさせておこう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
大陸東部 トーロ・コロの集落 23日目 自機標準時1212 海抜20m
北緯30度 東経60度 借りている離れ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
スユゥアンとは先遣隊を迎える準備のため途中で別れた。
ミャンはソータ・タッタの本宅へ向かうといって駆けていった。
離れに戻り彼女を待つ、そしてミャンがソータ・タッタの本宅から分けてもらった香木で燻した肉の包み焼きを持ってきた。
それを変わった味のする蜜が入った水を飲みながらもりもり平らげていく。
食べ終わって落ち着くとミャンがやけにそわそわしていることに気付いた。そんな彼女に私は
「どうしたんだ、早く訓練がしたいのか?すこし待ってくれ、Caesarと近接戦闘規範の再確認をしているところだ、終わったら始めよう」
そういうと彼女はそれもそうなんですが……と言い澱んだかと思うと、
「実は先生に私の事でお伝えしていないことがあって、この離れに来た最初の夜にお約束したでしょう?……それで、これからいいでしょうか?」
そうだ、私はソータ・タッタと出会ってから今までミャンとこうやって落ち着いて話すことが無くなってしまっていた。
彼女のこの人並み外れた適応力とそしてソータ・タッタと初めて出会った時のあの迫力、私は今からその秘密を知る。
私はよい聞き役になろうと努め、彼女が少しづつ身の上を語り始めていくのを見守った。
「以前お話しした通り先生にお会いする前、私はここからずっとずっと北にある集落から出発した船に乗り合わせていました、私の両親とともに」
「そしてここからまた新しいお話です、私の両親はともに集落の戦士でした。私は物心つく頃からずっと両親に戦士の教えを受けてきました」
「……」
「そして両親と集落の戦士たちの数人が南のある集落に招かれ、船で急ぎ出発することになりました。わたしも共にその船に乗り、航海は最初順調でしたがその中にいたひとりの戦士が突然反乱を起こしたのです」
「その戦士は両親を手に掛けようとしましたが敵わず、反乱は鎮められようとしていました。しかしその混乱の中で海の巨獣が突然現れ、私の両親や反乱に同調しない戦士たちを……海に引きずり込んだのです」
「……」
「海の巨獣が去ったあとかろうじて沈まなかった船に残ったのは私と反乱に同調しなかった少ない人数の戦士、そして多数の反乱した戦士たちでした」
「私は彼らの世話をするように命ぜられましたが、船が目的の集落に辿り着く途中で海へ放り出されたのです。」
「全てを脱ぎ捨てて必死に泳いで命からがら辿り着いたのがあの島です。それが今から2つの秋を数える前の出来事です」
「全部忘れてあの島で生きていこうとしました、両親は私に戦い方と生き抜く術を教えてくれていた、あの忌まわしい島で私がなんとか生きていけたのはそのお陰です」
「……」
「でも先生と出会う少し前の夜、開いた海の道からあの牙頭の巨獣がやってきました。それから逃げ続ける日々が始まりました」
「牙頭の巨獣が匂いで獲物を嗅ぎ分けることに気付いてようやく小屋をあの場所に作ることが出来るようになったんです」
「そして先生と出会ったあの日私は信じられませんでした。誰からも見放された私を助けに来てくれたなんて。そう思うとどうしても自分を抑えきれなくって、あの時は本当にうれしかったんです」
「……」
「そして先生は私の事を何も知らずとも守ってくださいました。私の知らない事をたくさんたくさん教えてくれました。両親の居ない私にやさしくしてくださいました。初めて先生とお呼びしたとき力いっぱい撫でて下さいました。なにもなかった私に全てを下さった……、だから、だから……私は全てを先生に捧げたいんです。」
ミャンがフードを取って面を露わにし、前髪を後ろに撫で付けて纏を脱ぎ捨てようとしていた。彼女の瞳の翠が揺れていた。私はそれを制するかのように近づいてミャンを優しく抱き止めてやる。ミャンの頬に真珠の光が流れていく。
「先生……」
ミャンの瞳が艶かしい色を含んでいるのを私は見た、幼い少女だと思っていたのは間違いだと気付く。そのとき彼女は覚悟を決めて私に抱かれようとするひとりの女になっていたのだ。