0 始まりの終わり
このおはなしはフィクションです。
登場する団体名、地名、人名は架空のものであり
実在するものとは関係ございません。
時は27世紀、かつて人類の進歩は一時停滞を見せ、食糧危機や世界大戦などいくつもの危機が襲った。
そんな中人種を超えた人々が結集して集められた智慧で恐ろしい破壊や暴力とは無縁とは言い難い状況ではあるが安定した世界を再構築でき、人々は新たな新天地を宇宙に求めていた未来。
私、アイン・ミカムラは環太平洋東亜連合航宙基幹軍所属の軍人だ。階級は准尉であるが年齢は27歳、この歳でこの階級では士官としてはかなりの落ちこぼれであることは間違いない。19歳の時兵学校の教育課程ではほぼ「最低基準」の成績を叩き出し栄誉ある最末席で卒業した。
私が孤児であることもあり、後ろ盾も無くコネもまた無かった。出世は望むべくもなく配置された兵科も航宙兵装科という武器を管理する部署でいわゆる窓際兵科であり落ちこぼれな私に相応しい場所でもあった。そこでも大した仕事は出来ず、8年の歳月が過ぎた。
私の転機は27歳になって1ヵ月後、新兵装テストに適正があるか試験が全軍で実施され結果、耐重力試験に優秀な結果を示した事で訪れた。その後間もなく少尉に昇進し航宙軍の花型でもある新鋭機の試験搭乗員として転属することとなったのだ。
物語はここからはじまる。
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西暦2604年11月01日宇宙標準時0858 ハワイ沖上空20000km
人工第2ラグランジュ点
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私は航宙軍が採用予定の新型プロトタイプ重力機を搭載した試験機型式名TAS-X-37G 2号機の搭乗員として宇宙空間で1号機と共に稼働試験中だった。
TASは最新鋭の携行装着型戦闘歩兵鎧であり、全高およそ2m、全幅0.9m、全長0.7mほどの超重力化金属で覆われた複合装甲(焼きたてのパイの様な積層構造)で様々な装置を守ることが出来、搭乗者を強固に守ることのできる将来計画されている外宇宙探査を視野に入れて開発された装備だ。
時刻を確認した。予定されていたスケジュールは無事進行しており1号機とは離れ、最終段階へ移行する準備にかかっていた。
すぐに定時報告の時間がやってきた。私は音声認識を利用し制御人工知能(AI)をコールする。
「Caesar、定時報告だ、データを基地に移送、通信準備」
私は制御AI Caesarを呼ぶと直ぐに返事が返って来た。
「了解しましたアイン、データ移送開始、基地との通信回路開放」
Caesarの人工女性音声が響き網膜投影HMDに基地管制官の映像が投影された。
CaesarはTASに搭載された補助人工知能だ、膨大なDBを持ち、生存に必要なあらゆる情報が蓄えられている。
同時に私の頼りになる相棒だ。
「2号機より基地へ、本機の稼働率は予定通りの数値を推移中、次の試験工程に移行する」
基地管制官の男性は薄く笑みを浮かべ報告データを上官に移送し指示を待つ。
数秒後指示が発令された。
「基地より2号機、了解、当方でも確認した、次の状況に移られたし、異常がなければ続行……少尉……待ってくれ」
基地管制官の表情が曇り、動揺が走る。
私はそれを見て訓練通りの対応を準備するために入力装置の制御命令セットを探り始め同時に、
「2号機より基地へ、何かあったのか」
私は基地管制官に尋ねた。
「基地より全機、緊急モードへ、作戦命令変更指令、1号機にトラブル、2号機応答せよ、1号機が確認出来るか」
基地管制官の顔色が悪くなっている。
私は制御コマンドを視線ジェスチャーで入力しセンサーを稼働させた、数秒後1号機の存在が確認できた。
緊急モード中は会話が相互同時通信になるためスピードが重要だ。
「2号機より基地へ、緊急指令受信、試験中止、緊急モードへ移行する、1号機は対物センサーで確認した」
報告を終えると基地管制官の男性より年配の男の声が響く、指揮権を持つ将官のものだ、名前は…今はいい。
「基地司令官より、2号機による1号機センサー確認、「視界」を開けろ、1号機の状況を確認し毎分状況報告せよ」
「2号機、「視界」を開く、Caesar、慣性制御開始、動力起動、以後毎分状況を報告する」
私は制御コマンドを用いて顔面部保護シールドを解除し、全天を確認出来る透過シールド状態にした。
方角は宇宙空間ゆえに3軸存在するため空間認識状態をHMDに投影させる。
するとCaesarからの稼働報告が音声で発せられた。
「了解しましたアイン、1号機の存在地点をHMDに固定、目視出来るか確認して下さい」
私の行動を先読みしたCaesarの自動補助は十全に機能している。
「HMDの確認は出来たが目視には距離が遠すぎる、機体間通信検索開始」
「了解しましたアイン、2号機AIより1号機AIへの光発振通信開始……認識しました、1号機搭乗員との通信確保は太陽風の影響により330秒(5分30秒)後」
Caesarからの状況報告に私はため息をついた。
太陽風。電波通信を阻害する厄介な宇宙現象だ。そんな中でも光(学)発振通信は光の波長を調整して行うモールス信号を応用した通信技術で片側通信かつ限定的ではあるが遮るものが少ない宇宙空間では電波障害で相互通信ができない時には有用であった。
私は慣性制御を起動しながら重力機推進移動でトラブル中と思われる1号機へ機体を動かしていく。1号機の位置への到達時間は420秒(7分)後だ、定時報告を行うことにした。
「2号機より基地へ、定時報告、1号機AIとの通信接続完了、音声通信開始は300秒(5分)後」
続く返信に雑音が混ざり始めた。
「基地司令官より2号機、状況了解した、異常の状況が判明した。予定に無かった大規模な太陽風だ、1号機の位置に近づくに連れて電波通信が困難になることが予測される」
長距離電波通信が困難か、ならば光発振通信で補うしか無い。
私は判断して更に返信した。
「2号機より基地へ、以後光発振による通信に切り替える、状況報告は1号機合流後に行う、センサーは1号機を捉え続けている」
「……光発振……ない……再度……で報告……」
聞き取れない返信内容を再度確認しているうちに電波通信が途切れた。
異常事態かも知れないが航宙軍では日常茶飯事だ。
訓練のうち、とも云って良い。
再度同じ内容で光発振通信で報告したあと私はHMDに表示されている1号機への追跡用軌跡を辿るように2号機で宇宙空間を移動していった。
到達は300秒(5分)後だ。
――――――
3分も経った頃通信回路に雑音とともに肉声が混ざり始めた。
「……ウェーイ、このポンコツ娘め!いきなりこんなじゃオヤジさんにシメられちまうぜ!……」
……1号機搭乗員の声が聞こえた。
グレイ、グレイ・オービター少佐。43歳。
型式名TAS-X-37G 1号機搭乗員であり、私の上司、そして先任テスト搭乗員だ。
相当に優秀な軍人ではあるが、下に対してはかなりフランクな上官であった。
私は彼の無事に安堵し通信及び記録を開始した。
「2号機より1号機、太陽風による通信障害発生中、ベースより安否確認の為1号機の座標へ接近中、確認願いたく」
「おっと、アインか!よく来たな、まあ聞けよ重力機の出力限界試験だがなぁ!目標値超過で完了だ!」
少佐は陽気に叫んでいる。
「……2号機より1号機、少佐、通信記録しているのですから少しご自重下さい、あとでまたどやされますよ」
私は冷静にグレイ少佐を宥めた。この上官は実戦でもこうらしいとの噂だ、ある意味かなりな豪傑でもあるが。彼は深妙な顔つきになり
「そうだ、きみたちが何かやらかす度に私の頭髪にダメージが及ぶんだ!わかっているのか!」
と、基地司令官のモノマネを始めた。気分が高揚しているのだろうか。そしてすぐに破顔して、
「ああ、1号機側慣性制御と重力機の接続チューブ一式が故障してな動力伝達が上手くいかずに予定宙域に到達できなかった、そこで本座標にて最終試験と出力限界試験まで終わらせた」
つまり予定にない試験まで含めて全て終わらせてしまったという事だ、後で膨大な始末書が待ち受けている。
「もちろん基地の指示なんて仰いでないが」
少佐のこのひとことがトドメになった。
優秀すぎる反面茶目っ気が大きすぎるのがこの上官を少佐どまりにさせているという噂も本当のようだ。
「……それで少佐、光学発振で報告しますけれども、帰還命令が出るでしょうから小官が曳航します、よろしいでしょうか」
私がそう言うと少佐の声色が変わった。
「アイン少尉、アイン少尉!いかん、いかんな……」
私は陽気な上官の重く仰々しい声を初めて聞き、震えを覚えた。
「私の事はグレイと呼べと命令しただろう!わかっているのかね!アイン君!?」
……上官と話が噛み合わない、私は曳航用ケーブルを用意すべく道具収納箱へ手を伸ばす。
すると1号機から逆に曳航ケーブルが発射され私の機体に磁力着体した。
「さて、アイン少尉、トラブルで動けない小官を基地まで曳航するよう対処してくれ給え~」
巫山戯た口調で私にそう命令する少佐ではあったが全く嫌味がない。
上官の人柄の良さは私にも理解出来ている。
能力不足の私の面倒を少佐はよく見てくれた。
エリート集団であるテスト搭乗員を続けられているのも彼のお陰である。
光学発振で両機共無事との報告を基地座標へ向けて発信する。
数秒遅れで基地に到達するだろう。
その間少佐はどんどん話しかけてくる。
「それで、オレは云ったんだ、今日の食事は何だいハニー?ってな、そしたらsylphの奴めこういったんだ、"パインサラダ"はどうでしょう、ってな!」
sylphは1号機グレイ少佐の制御補助AIの名称だ。
私は素っ気なく
「少佐、小官にはよくわかりませんが」
「なんだ!アイン君!お前たちのお国では常識だって聞いた!"縁起"の悪いセリフだってなぁ!」
「少佐が縁起なんて言葉をご存知とは小官驚くところであります」
「……アイン君は上官に対する敬意が足りないな」
などと、太陽風の影響いまだ強く電波通信は強力に阻害されている中
巫山戯た会話を続けながら私の2号機が先導し1号機を曳航しつつ基地まで1800秒(30分)の座標まで到達した頃、1号機搭載の重力機が緊急信号を発信した。
個別で対応すべき最優先事態だ。私と少佐は反射的に行動を始めた。目まぐるしく流れHMDに展開される制御コマンドのプログラム文章にエラーが発生した可能性を少佐が探り始める。
私は基本コマンドの実行記録に高速で目を通し始めた。
その間にも緊急レベルが上がっていくのがわかった、遂にSylphから音声警戒が呼びかけられる。
「重力機、及び内部重力炉に異常出力の増大を確認しました、外部制御への逆流が想定されます、重力機を切り離し搭乗員の安全を確保します」
AIの判断は的確だったがグレイ少佐はそれを良しとしなかった。
「ここでこの実験結果と実機を持ち帰らなくては無駄なテストだったと報告しなければならない、却下だ」
少佐の声が冷たかった。
「了解しましたグレイ、重力機への制御行程を修正し事態を収集します」
Sylphは少佐の命令に忠実だ、たとえ自らを破壊することに繋がるとしても彼女は少佐の命令を最後まで遂行しようとするだろう。
私はこの会話を聞いていたが自分の役割に精一杯でこの判断が誤っていることに気付いたのはかなり後になってからであった。
次にCaesarの音声と緊急信号が重なった。
「アイン、当2号機の重力機から緊急信号が発信、緊急対応を求めます」
想定しうる最悪の事態だ。もはや2人で対処出来る処理量を超えている。
制御AIの補助能力を持ってしてもこの事態への対処はマニュアルに存在しない。絶望的な時間がやって来た、ここからは全く白紙からの対処だ。
例えば重力機崩壊事故は過去を辿っても数回しか記録されていない。従って上手くいかないという可能性は低い、ただし上手く行くかどうかも判らない。
過去の例として大気圏内での数少ない事故では甚大な被害が報告されている。死の恐怖はあるが私の意識は臆すること無く事態に対処すべく冷静に保たれていた。しかし想定外の事態からもたらされる重圧に暗中模索の数百秒が私には数時間にも感じられた。
そしてようやく基地への電波通信が回復し通信開始の状態表示がHMDに点灯した。私よりも早く少佐が状況報告を始めていた。
「クソッ!仕様書に無い出力異常と重力波形だ!今回は三次テストの筈だ!なぜこんな初歩的な事態が想定出来なかったッ!」
「落ち着け少佐、既に回収用航宙艇を向かわせている、900秒(15分)で到達する、両機共現状維持を再優先にしろ」
基地司令官と少佐の通信は規則そっちのけではあったが少しづつ落ち着きを取り戻し始めていた。
それから2分後、"それ"は突然私達を襲った。
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!
形容しがたい音響と共にどこか知らない奥底から不可思議な力を与えられたかの様に視界が……震えた。
地震ではない、ここは宇宙空間だ。では何だ、私が震えているわけでは無い。機体が震えている……?
「異常な振動が……!」
という少佐の叫びと共に私は意識を喪った。
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西暦2604年11月01日宇宙標準時1301 西インド洋上空 650km
衛星軌道上 環太平洋東亜連合軌道ステーション「ステイツ」報道官より
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11月1日未明 航宙軍統合基幹局は新型航宙機動動力実験および有人試験機が同日0800より予定されていた作戦中、事故に遭遇したと発表した。
搭乗していた試験搭乗要員2名及び同作戦に使用された装備は原因不明の異常が発生しその影響で消息不明となった。
目下航宙軍統合作戦司令部は事故調査委員会を組織し全力で原因を究明中であり、2名の搭乗者の安否確認が急務であると発表した。
なお現時点で搭乗者の名前は公表されていない。