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室内に響き渡る電子音で俺は目を覚ました。
「ふあーっ……」
俺は寝台から起き上がり大きく伸びをすると、けたたましい電子音を立てるアラームを止め、音声通話チャンネルを開いた。
「何か」
『秋月一佐。あと一時間程で横須賀鎮守府に到着します。上陸準備をお願いします』
「了」
俺は短く答えると寝台から起き上がった。
あと一時間で到着ということは、すでに浦賀回廊には入っているのだろう。
舷窓から外を見ると、遠目に星の光とは違う、宇宙船の衝突防止灯らしき光がいくつか確認できた。
横須賀に来るのは久しぶりだ。
前に来たときは確か、軍令部の命令でテレビ出演する時だったっけ。
俺の間隔では数か月前程度だけど、もう二年以上も経ってるんだよな……。
あの時、横須賀まで便乗した機動母艦『そうりゅう』の子供艦長は元気だろうか。
ちょっと気になった俺は、備え付けの端末で士官名簿を検索してみた。すると。
「え、なに? 第一航空戦隊司令官、晴山実行宙将補だって!? 戦隊司令官になってたのか……」
あの子供艦長は、昇進して航空戦隊司令官にまでなっていた。しかも、二年という短期間で。
空母機動部隊でもある航空戦隊の司令官といえば、帝國軍士官の憧れの的だ。
俺も宙雷戦隊司令官だったが、同じ戦隊司令官でも航空戦隊と宙雷戦隊では、規模も戦力も大きく異なる。
駆逐艦だけで編成される宙雷戦隊と異なり、あちらは空母を中心に多数の護衛艦で編成されているからだ。
司令官が宙将補であるのもそのためだ。
俺が病院で眠りこけている間に、相当努力したんだろうな。これは、素直に賞賛してやるべきだろう。
まあ、それはそれとして、相変わらず、あの美人副官のおもちゃになっているのかな。そんな光景が目に浮かんで、ちょっと微笑ましくなってしまった。
横須賀到着まで、まだ少し時間がある。
俺は端末を閉じ、テレビでも見ることにした。適当に選んだチャンネルで、丁度ニュースが流れていた。
『帝國標準歴〇月〇日、士官大学校の卒業式が行われました……』
へえ。士官大学校の卒業式があったのか。
俺は傭人上がりで、士官大学校を卒業したわけでは無いから、そのあたりは全く頓着していなかった。
『卒業生には、首席で卒業を果たした桜子女王殿下がいらっしゃいます……』
なんと皇族の女性が首席で卒業したらしい。テロップによると、年齢は二十歳となっていた。
士官大学校を飛び級で首席卒業なんて、かなり優秀な方なのだろう。
映像を見る限り、桜子女王は、慎ましやかな大和撫子といった感じの女性だ。やはり、皇族の女性ということもあり、何というか、そこはかとない気品のようなものを感じる。
配属先がどこになるかはわからないけど、軍は頭を悩ませることになるだろうな。
後方勤務だと、皇族だから危険の少ない配置にしたのか! とか声を上げる輩が居るだろうし、艦隊勤務になったらなったで、新米三尉なんてサムライ配置と相場が決まっている。
何故サムライ配置と呼ばれるのかについてだが、砲術士、宙雷士、ミサイル士、航海士、機関士など、役職に「士」が付くからだ。
俺は、正規の手順で軍人になったわけでは無いので、以前ガンさんから聞いた話でしかないんだが、サムライ配置の新米士官は、熟練の下士官からは突き上げられ、上官からはどやされ、かなりハードらしい。
確かに、俺が艦長や司令官だった頃も、新米三尉が、先輩士官に叱責されている場面をよく見かけたような気がする。
いくら軍隊が公平とはいえ、皇族でもある女王を一般の士官と同じように扱うなんてことが出来るのかな。
『桜子女王殿下ご本人は、最前線での艦隊勤務を希望されているとのことです。続いて、次のニュースは……』
まじか。何考えてんだ、女王殿下は。
これは、あれかな。ノブレスオブリージュ的な義務感からなのかな。
それとも、実は、お淑やかな見た目とは裏腹に、トリガーハッピーなのか。
『入港用意』
そんな感じで時間を潰していたら、艦内放送で入港の号令がかかった。
どうやら、横須賀に到着するようだ。
俺はたいして多くもない荷物を手早くまとめると、上陸に備えて舷側エアロックへと向かった。
入港作業は滞りなく完了し、三笠さんと俺は、艦長や甲板士官の見送りを受けて『ねむろ』から退艦した。
『ねむろ』が接岸している両隣には、帝國宇宙軍が誇るそうりゅう型機動母艦と、こんごう型戦艦が接岸している。
「見たか、摩耶。艦長の清々しい表情を」
「見たよ。そりゃそうなるでしょ」
俺達の退艦を見送る『ねむろ』の艦長は、心の底から安心したような安堵の表情を浮かべていた。
ただでさえ、自分より階級の高い士官が二人も乗艦しているうえに、その一方が機動艦隊群司令長官だ。しかも、その司令長官から、一時的にせよ艦の指揮権を寄こせとか言われたり、指揮権を渡したら渡したで、バレルロールなんてされたりしたら、そうもなるだろう。誰だってそうなる。俺だってそうなる。
「そういえば、さっきテレビでニュースを見たんだけどさ」
「桜子女王の事か?」
「そうそう」
どうやら、三笠さんも同じニュースを見ていたらしい。
「艦隊勤務を望んでいるらしいが、二群には来てほしくないな。扱いに困る」
「だよねー」
まあ、うちの艦隊は、厄介者の巣窟みたいなところだし、やんごとないご身分の女王殿下が、そんな掃きだめみたいなところに来るとは思えない。
「大人しく一群にでも配属されて、広告塔にでもなってくれれば良いんだがな」
不敬な言い方かもしれないが、三笠さんの発言は的を射ている。
一群は首都圏を防衛する関係上、メディア露出もそれなりにあり、事実上、帝國軍の広報担当のような位置づけにある。
皇族である桜子女王は、帝國軍の内外に対する公報としては最適だろう。
最新鋭の装備が優先的に配備されるため、他の艦隊からやっかみ半分に色々言われることはあるが、決して練度が劣っているわけでは無いし、女王殿下の配属先としては適当だと俺も思う。
まあ、いずれにしろ、だ。
「退役する俺には関係ないしな!」
「他人事だと思いやがって」
「心配しなくても、二群に配属されることなんて、まず無いから」
「それもそうか。さて……。ここで、いったん別行動だな」
三笠さんはこのまま帝都橿原の軍令部に、俺は靖国に行ってから軍令部で昇進と退役の手続き、その後、今上陛下への拝謁となる。
効率を考えるのなら、退役の手続きや陛下への拝謁を終えた後、佐世保へ戻るときに靖国に参拝すれば良いのだけれど、軍人としての最後の務めとして、退役する前に靖国への参拝を済ませたかったのだ。
ちなみに、三笠さんが軍令部でお偉方とどんな話をするのかは全く知らない。
超光速通信ではなく、態々面会して会合するぐらいなんだから、割と機密性の高い話なんだろう。
当たり前のことだが、国防機密に該当する事なので、妻といえども内容は知らない。
東郷さんは橿原に向かう定期便の輸送艦に、俺は靖国へ向かう民間船へ乗り換えた。ここからは民間航路で向かうことになる。
意図せず有名人になってしまったことで、民間人に取り囲まれたりしたらどうしようと少し心配になったが、幸いにもそんなことは無くほっとした。
一般人の知っている秋月摩耶なんて、報道やネットの中だけの偶像だもんな。芸能人が道端を歩いていても、誰も気づかないのと同じだ。
まあ、それでも、見た目十五、六の小娘が軍服を着て闊歩しているわけなので、多少は奇異の目を向けてくる人もいたが、気にしないことにした。




