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「東郷長官! スゴかったです! まさか、輸送艦でバレルロール決めるなんて!」
「ねえねえ、東郷長官! 長官は、艦載機乗り出身なんですか!?」
「いいや。私は生粋の鉄砲屋だ」
「テッポーヤってなんですかぁ?」
「馬鹿ね。鉄砲屋っていうのは、砲術畑出身の士官の事よ!」
艦橋を出たところで、女性将士達に取っ捕まってしまった俺達は、さっきまで駄弁っていた科員食堂へと連れていかれた。
そこで、三笠さんは、そいつらから他愛のない質問攻めにあっていた。
そんな状況で戸惑うこともなく、女性将士達からの矢継ぎ早の質問をそつなく捌いている。結構手慣れている感じに見えた。
そういえば、二群でも女性将士からの人気が高かった事を思いだした。
鉄の女白菊が副官やってるせいで、おおっぴらに騒がれるようなことが皆無だっただけで。
「じゃあ、航空機の事は、専門外ってことなんですよね!」
「えーっ! それなのに、あんな凄いことやってのけたんですかー!」
女性士官の一人が目を丸くして大袈裟に驚いた。その気持ちはとてもよくわかる。
輸送艦は、巡航速度はそれなりだが、機動性自体はそれほど高くはない。
姿勢制御スラスターの効き具合も、戦艦や空母のような大型艦ほどではないが平均以下だ。
そんな輸送艦で、あんな大それたことをやってのけたのだ。
たとえ航空屋だったとしても、普通に考えてあんなヤバイことはやらない。
そもそも、あんな発想が想い浮かぶ時点で、正気を疑うレベルで頭がおかしい。
まさか三笠さん、ヤバイ薬でもキメてたりしないだろうな。
後で検査したほうが良いかもしれない。
「まあ、大したことではないさ。正確に艦をコントロールすることが出来れば、さほど難しいことじゃ無い」
「わー! クールで格好良いです!」
苦笑気味に笑いつつ、コーヒーに口を付ける。
そんな何気ない仕草が、イラつくほど様になっている。いかにも、出来る男っていう余裕な感じで腹が立つ。
さほど難しいことじゃ無い? あんなフザケた真似が、そうやすやすと出来てたまるかってんだ。
内心で毒を吐きつつ、俺もコーヒーを口に含んだ。
イライラした時は、カフェインの大量摂取に限るぜ。
「それじゃあ、それじゃあ! 秋月一佐は、何屋さんなんですかー?」
複雑な思いで、やり取りを見守っていたら、こっちにお鉢が回ってきた。面倒くせえ。
「私は宙雷屋だ」
俺はそっけなく言い捨てて、残りのコーヒーを一気飲みした。むせた。
「チューライヤってなんですかぁ?」
「生粋の駆逐艦乗りってことさ」
こいつら、本当に軍人なのか。いろいろと心配になってきたぞ。
「秋月一佐! 駆逐艦乗りって、ヤカラが多いって聞くけどそうなんですか?」
「ぶっ!」
駆逐艦乗りの俺に面と向かってそういう事聞くとか、怖いもの知らずにも程があるな。
まあ、確かにハジケた連中が多いことは否定しないけどさ。
ちょっと脅かしてやるか。
「そーだよ。駆逐艦乗りってやつは、ちょいと頭のネジが緩んでる奴が多くてね。私も含めてな」
精々凶悪そうに見えるように、口の端を吊り上げて見せた。俺のロリ顔じゃあ、そんなふうには見えないだろうけど。
「だからな、口の利き方には、せいぜい気を付けたほうが良いぞ?」
「えええーっ! 怖いーっ!」
わかってはいたけど、やっぱり、俺のロリ顔では全く迫力が無かったらしい。
女性将士達は、楽しそうに笑いながら姦しく騒ぐだけだった。
「秋月一佐。あまり脅かすな。ところで諸君。そろそろ持場に戻ったほうが良いのではないか?」
「あっ! いっけなーい!」
「そろそろ、仕事に戻りますね!」
「長官、一佐! ありがとうございました!」
彼女らは慌ただしく席を立つと、やって来た時と同様、慌ただしく去っていった。
来るときもそうだったが、去るときもあっという間だった。
「ようやく静かになったな」
「んだね」
彼女達が去っていた科員食堂の入口を眺めつつ、俺はため息交じりに同意した。
「んでもさ、女の子に囲まれて満更でも無かったんでしょ?」
なんかさぁ、あしらい方がすげー手馴れてる感じだったんだよな。
「なんだ、摩耶。妬いてるのか?」
「妬いてる」
俺は半目になって、三笠さんを睨みつけた。たぶん、眉間にも皺が寄っていたと思う。
「おいおい、摩耶……」
三笠さんは、俺の予想に反して少し慌てているようだった。
軽く流されると思っていたので、少し意外だ。
「こんなことは、日常茶飯事だっただろう。今更、何を言い出すんだ?」
「日常茶飯事ぃ? へぇ~……」
ちょっと楽しくなってしまった俺は、面倒くさい拗らせ女みたいな反応を見せてみた。
「あのなぁ、摩耶。私がそんな男に見えるのか?」
「口では何とでも言えるしい~」
うーん、なんて底意地の悪い女なんだろうね。
三笠さんにそんな気は無いと知りつつも、こんなこと口走るんだからさ。
でも、うちの艦隊で女性将士に人気があったのは事実だし、白菊みたいな中身はともかく、美人の副官が常に近くに居たし。
あれっ、何だろ。からかうだけのつもりが、なんか本気でムカついて来たぞ。
よく考えたら、司令長官の副官って、いかにもなポジションだよな。
副官とそういう関係になった司令官や司令長官って、結構居たような。
「三笠さん、もしかして、白菊あたりと……」
「いい加減にしないと怒るぞ、摩耶」
「お、おう……。すまん」
ちょっと声色が怖くなったので、ヘタレな俺は素直に謝った。
確かに、ちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれない。反省。
「そ、そうだよね。三笠さんは、ロリコンだもんな! よっ! 宇宙時代の前田利家!」
「まったく、お前は……。まぁ、良い」
三笠さんは、何か言いかけたが、溜息交じりに首を振ると立ち上がった。
「どこ行くの?」
「自室に戻る」
若干疲れた声でそう言って、三笠さんは行ってしまった。
やっぱり、怒らせちゃったかな。さすがに前田利家は言いすぎたか。
それにしても、勝手に嫉妬してウザ絡みして呆れられて不安になるとか、超絶面倒くさい女だよな、俺。
「謝りに行くか……」
俺は科員食堂を後にして三笠さんを追うことにした。
三笠さんの部屋の前まで来た俺は、軽く呼吸を整えた後、インターフォンを押した。
「誰か」
「あー、俺。だけど」
少しして、ガチャリと扉が開いた。
「摩耶か。どうした?」
「うん、その」
「とりあえず、入れ」
「うん」
俺は三笠さんの部屋に入った。
軍艦の高級士官用個室なので、当然、俺の部屋と間取りは全く同じだ。
「あー、その。さっきはごめん」
「うん……? 何がだ?」
「何がって、その」
俺が言い淀んでいると、三笠さんは理由に思い至ったのか、揶揄するような笑みを浮かべた。
「さっき、妙に絡んで来たことについてか? それなら、もう気にしていないさ。気にするな」
「そ、そうなの」
優しい声音に、ほっとして息を吐く。
良かった。あんまり怒っていなかったっぽい。
「実はな、摩耶」
「うん?」
「お前が嫉妬しているのを見て、少し楽しかったんだ」
「はぁっ!?」
楽しかったぁ? 俺に嫉妬されるのが? なんだ、そりゃ。意味が分からんぞ。
「……何で?」
「何でって、そりゃあ……」
本気で理解できなかった俺が真顔で尋ねると、三笠さんは、困ったように頭を掻いた。
「嫉妬されるってことは、つまり、愛されているって事だろう?」
「うわ。なにその発想。引くわー」
嫉妬されるイコール愛されているっていう感覚は、まあ、理解できなくはない。出来なくはないが、不健全だし歪んでいる。
俺だったら、嫌だけどなぁ。好きな人から嫉妬されるなんて。
自分が、三笠さんに嫉妬されている場面を、ちょっとだけ想像してみる。
うん。無理だ。超無理。絶対無理。
だいいち、あの三笠さんが嫉妬している場面なんて、全く想像が出来ない。
「いや、まあ……済まなかった」
俺がドン引きしたからなのか、三笠さんは心底すまなそうに頭を下げた。
「い、いや。そこまでしなくても良いから」
なんか、謝るつもりでここに来たはずなのに、逆に謝らせてしまったぞ。
「実を言うとだな、嫉妬するお前の様子が可愛らしいというのもあった」
「ふえ」
変な声が出た。不意打ちでそういう事言うのが、本当に卑怯だ。
だけど、可愛らしいと言われて、ちょっと嬉しくなってしまう。我ながら、チョロすぎる女だ。
「いちおう言っておくが、普段のお前が可愛くないという意味では無いからな?」
「んお!?」
ちょっ、まっ。また不意打ちかよ。くっそ。
上目づかいで三笠さんを伺うが、その表情からは、今の発言が、無意識なのか計算づくなのかは読み取れなかった。
ああ、くそ。どっちにしろ、イケメンだから、許されるんだよな。何をやっても。
「どうした、摩耶」
「何でもない。何でもないです」
言いながら、俺は立ち上がった。
とりあえず、ごめんなさいは出来たし、それ以上の事は考えないようにしよう。
俺の心の平穏のためにも。
「んじゃあ、俺は自分の部屋に戻るよ」
「そうか。また後でな」
「ん」
三笠さんの部屋を出た俺は、盛大なため息を吐いた。
なんか妙に疲れてしまった。
あとは、もう、横須賀に着くまで部屋で不貞寝してよう。




