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「提督! 待ってください、提督!」


 慌てて追いかけてきたアデルは、俺の白無垢のふきの部分を、抱えるようにして持ち上げた。


「もう! そんなふうに引き摺ったら汚れちゃうじゃないですか!」

「あー、わりいわりい」


 細かいところに気が回るのは、さすが、女の子だね。なんて感心をしつつ、俺は戦闘指揮所(CIC)へ足を向けた。

 現実世界における現代の水上艦の場合、戦闘指揮を行うためのCICもしくはCDCと、通常航海時に指揮を執る航海艦橋の2種類の指揮所があるが、このゲームの軍艦もそれを踏襲している。

 艦内の通路を歩いてCICに向かっていると、向こうから数人の兵士達が歩いてくるのが見えた。


「お疲れさーん」


 軽く手を上げながら声を掛けると、彼らは肘を横ではなく前方に伸ばす海軍式の敬礼で答礼した。


「お疲れっす、提督」

「今日は白無垢ですか。似合ってますぜ」

「俺はこの前のサンタコスのほうが好みかなー。見えそうで見えない絶妙なラインが超そそった!」

「くっそ、今回は白無垢か。巫女服に賭けてたのに!」


 部下の兵士達は口々に、よく訓練された挨拶を返してきた。

 当初は俺のコスプレ癖に若干引き気味だったが、今ではすっかり慣れてしまい、次の俺のコスが何かを賭けの対象にするぐらいにまでになっている。

 唯一未だに慣れてくれないのは、背後で白無垢のふきを持ちながら、苦い顔をしているアデルぐらいだ。


「あ、白石三佐。今日も提督のお守りお疲れ様です」


 半ばからかうような兵士の労いに、アデルはますます表情を渋くした。

 いつも思うことだけど、このゲームのNPCの感情表現はすごすぎる。

 プログラム制御だと頭で分っていても、人間を相手にしているような錯覚をたびたび覚えてしまう。


「うん?」


 その場を離れようとした時、俺の目に留まったものがあった。

 兵士の一人の、軍服の袖口のボタンが解れて取れかかっていたのだ。


「おい、お前。袖のボタンが解れているぞ」


 指摘された部下は、しまったという顔になり、ばつが悪そうに誤魔化すような笑みを浮かべた。

 俺は懐から裁縫キットを取り出しながら、そいつに近づいた。


「繕ってやるから見せてみろ」


 自分のロリキャラでコスプレに耽るのが趣味の俺は、様々なコスプレ衣装を作成するため、服飾系のスキルはカンストさせている。

 カンストさせないと、オリジナルの衣装が作成できないからだ。

 そんなわけで、ボタンの解れ程度であれば、ほんの僅かな時間で繕うことができる。


「ほれ。直ったぞ」


 糸の余り部分を切りながら、俺はそいつの肩をポンと叩いた。


「いやあ、すいませんね、提督」

「軍艦乗りは一にも二にも身嗜みだ。気をつけろよ」


 バツが悪そうに顔を赤くする兵士に、俺は偉そうに説教を垂れた。

 お前が言うなと言いたげなアデルの視線は、もちろん無視した。

 そいつらと別れ、すれ違う部下の兵士達と挨拶を交わしながら、俺とアデルはCICへ到着した。

 CICに詰めている船務長や砲雷長をはじめとした将兵達は、先程通路で出会った連中同様、俺の性癖を知っている奴ばかりなので、見咎める者は誰もいない。


「よっこらせっと」


 俺は背凭れに「司令官」と書かれている椅子に腰を下ろした。

 CICの内装は、現代の水上艦艇のそれを、よりシステマティックに洗練されたものになっている。

 遥か未来の軍艦ということもあり、居住性を中心にかなり改善されていて、閉塞したイメージは殆ど無い。

 ただし、照明の光がコンソールに乱反射するのを抑えるため、室内の光量が落とされているのは現代のそれと共通だ。

 偉そうに椅子にふんぞり返って、しばし皆の仕事ぶりを見るとは無しに観察してみる。

 適当に決まった動作を繰り返しているというわけではなく、一人ひとりが、きちんと自分に割り当てられている仕事をこなしているのがすごい。

 このうちの何人か(もしかしたら全員かも)は確実にNPCのはずなんだが、まったく見分けがつかない。


「我が帝國国籍の民間船舶より、平文による救難信号を受信しました! 宙賊の襲撃を受けているようです!」


 そろそろ別の場所に行こうかと腰を浮かしかけたとき、通信士が声を上げた。

 俺とアデルは思わず顔を見合わせる。


「位置は?」

「本艦より見て1時方向。ポイントα15、β11、γ14。全速で向かえば、3分弱で到達可能です」


 アデルの問いに、通信士はよどみなく応答した。


「通信士。受信した救難信号を音声で出せるか?」

「はい……出します」


『メイデイ、メイデイ、メイデイ! こちら、民間採掘船ぶらじる丸! 本船は現在、宙賊の襲撃を受けている! 誰でもいいから助けてくれ! キャラデリは嫌だあああ!』


 そんな悲痛でけたたましい音声が、CICに木霊した。

 キャラデリなんて、メタ発言をしているところからすると、救難信号の主は、間違いなく俺と同じプレーヤーだ。

 そう叫びたくなる気持ちは、とても良く分かる。

 何しろこのゲーム、一般的なMMORPGと違い、ゲーム内でキャラクターが死ぬと、復活することが出来ない。

 現実世界と同じで、死んだらそれでおしまいなのだ。

 手塩に掛けて育てた自分の分身であるキャラクターのデータは、アカウント情報から完全に抹消され、レベルはもちろん、装備や財産なども一切がデータの藻屑となってしまう。

 古参プレーヤーであればあるほど、その喪失感は計り知れないものがあるだろう。

 そして、今まで築き上げてきた一切合財を失ったプレーヤーの殆どは、意気消沈し、ゲーム自体から引退してしまう。

 なにしろ、再びゲームを始めるには、キャラクターの作成からやり直さなければならないからだ。

 更にこのゲーム、事故や戦闘でプレーヤーが死亡した場合、そのプレーヤーのそれまでの功績や能力に応じて、所属国の国力が低下するシステムになっているので、同国人の死亡はなんとしても避けなくてはならない。


「きゃらでり……って何でしょう?」


 アデルをはじめ、クルーの何人かは不審そうな表情で首を傾げていた。

 それはそうだ。NPCである彼らに、そんなメタい発言の意味が分るわけがない。


「まあ、あれだ。宙賊に襲われて気が動転してるんだろう」


 俺がそう言うと、皆は納得したようだった。


「それで、どうなさいますか、提督」

「そりゃあ、もちろん決まってるだろう」


 俺は司令官席から立ち上がり、通信機のスイッチをONにした。


「戦隊司令より達する。民間船舶からの救難信号を受信した。これより、第2宙雷戦隊は全戦力を持って民間船の救援に当たる。全艦、対機動および砲雷戦用意。合戦準備!」

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