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 東郷さんから命じられる任務を黙々とこなし、時たま宙賊や私掠行為を仕掛けてくる隣国の軍艦と戯れ、稼いだ金を趣味のコスプレに費やす日々を送っていたある日のことだ。


「ロリ。お前を正規の軍人として推挙しておいた。これまでの功績から鑑みて、任官は確実だ」


 ある時、東郷さんからそんな話があった。


「そうなれば、三等宙佐待遇軍属から、正規の帝國軍人として、三等宙佐に任官することになる」


 その頃、コスプレに耽る以外にも、宙賊や他国の軍艦相手にヒャッハーするのが楽しくなっていた頃だったので、正規の軍人として登用してもらえるのはやぶさかでは無いと思い始めていた。


「任官後は、駆逐艦の艦長として、暫く経験を積むことになるだろう」

「そっか。でもいいのかなぁ」


 三等宙佐という階級は、士官大学校を卒業したようなエリートにとっては通過点に過ぎないが、志願兵からのたたき上げの場合、軍歴の終着点になることも多い。そんな階級に、ちょっと前まで一民間人だった俺が就いても良いのかという戸惑いが少しあった。

 しかも、特優者とはいえ十三歳の幼女がだ。


「気にする必要は無い。お前はそれだけの功績を上げたんだ」

「うーん……」


 功績と言われても、いまいちピンと来なかった。何しろ、測量自体は船のコンピュータ任せなのだから、俺自身は何もしていないも同然だったからだ。


「宙賊の襲撃が頻発する宙域での調査任務に従事するというそれだけで、帝國にとっては英雄的行為なんだよ」

「だけどなぁ……」


 実際に宙賊に襲撃されたときも、ガンさんを始めとした優秀なクルーが撃退してくれるわけだし。やっぱり、俺は何もやっていないと思った。


「そんなことはないだろう。現に、あの荒くれ者共を十分に統率しているじゃないか」

「うーん……」

「まあ、そう深刻に考えるな。よし」


 東郷さんは軽く咳払いをすると、軍人としての顔になった。


「秋月摩耶三等宙佐並軍属。新たな任務を与える」


 俺は反射的に背筋を正す。


「明日より三ヶ月の間、フンダクルス連邦共和国の動静調査を任ずる」


 フンダクルスの動静調査? あの国は、帝國とはそれなりに友好的な関係を構築している。

 現実世界の日米同盟のような安保同盟は結んでいないが、民間レベルでの交流は盛んだし、いまのところ敵対するような情勢には無かったはずだ。


「まあ、そういう名目の休暇だ。今のうちに適当に羽を伸ばして来い。軍人になれば、今以上に拘束される時間が増えるのだからな。それに……」


 そう言った後、東郷さんは人の悪い笑みを浮かべた。


「あの国なら、帝國内で売りさばけないヤバイものも処分できるだろ」


 俺はぎくりと身体を強張らせた。


「え、なに。ちょっと意味分かんないんだけど……」


 キョドりながらそう言うのが精一杯だった。


「別に咎めているわけじゃない。私も、艦長や戦隊司令だった頃、一部の収奪品の処理に困ったことがあったからな」


 密かに宙賊狩りをして、分捕った収奪品で財布を潤していることはお見通しだったらしい。

 東郷さんの言うとおり、帝國内に流通させるとヤバイ代物に関しては、下手に廃棄するわけにも行かず、倉庫の肥やしとなって処分に困っていた。いづれ綺麗に整理したいとは思っていたところだった。


「……拝命致します」


 敬礼しながらか細い声で呟くと、東郷さんは満足そうに頷いた。


「適当に遊んで来い。以上」


 砕けた敬礼を残し、東郷さんの顔がモニターから消えた。




「……というわけで、フンダクルス連邦共和国に行く事になった」


 俺は、東郷さんからの指令を、副長であるガンさんを始めとした『きよかわ丸』の乗組員に告げた。


「ほう。次の任地はフンダクルスですかい。そいつはまた、随分と遠隔地ですな」

「ぶっちゃけると、名目だけで三ヶ月間休みを貰ったみたいなもんだな」


 俺はフンダクルスの情報を確認していた。

 フンダクルス連邦共和国は、50個の連邦自治区で構成される国で、経済的・軍事的にゲーム世界における最強の国家だ。

 特に、その軍事力は他国の追随を許さず、常設戦力だけでも、16個の艦隊を保有している。予備役即応艦隊を含めると、20個艦隊にも達する。

 現実世界の某合衆国同様、その強大な軍事力を背景に世界の平和と秩序を守る正義の象徴ともいうべき国家だ。

 列強と呼ばれる国々の中でも、その突出した軍事力は群を抜いており、正面から敵対しようとする国は皆無だ。

 連邦制を敷いているため、最終的な意思決定機関としての中央政府は存在するが、地方自治区の権限がかなり強い地方分権国家だ。法律も自治区ごとにかなり差異があり、ある自治区ではOKだが別の自治区ではNGということがよくある。外国人が訪れる場合、その辺りをきちんと把握していないととんでもないトラブルに巻き込まれてしまう事になる。


「ヤバイ品を売りさばくとなると、治安の悪い自治区を選んだほうが良いでしょうな」

「うん。どこがいいかな?」


 俺が尋ねると、ガンさんは顎鬚をしごきながら少し考える素振りを見せた。

 ガンさんがいくつかピックアップしてくれたものの中に、基幹産業の衰退によって、自治体が財政破綻(デフォルト)を起こした惑星があった。

ミシガン自治区領・惑星オムニ。

 移民を大量に受け入れたものの、権利ばかり主張して物の役に立たない上に、移民に仕事を奪われて大量に失業した元々住んでいた人々が街に溢れ、坂道を転がるように治安が悪化していった。

 低賃金でこき使えることを目論んで移民を大量に採用した企業も、いかんせん肝心の移民が使い物にならず、解雇しようものなら、徒党を組んで差別だヘイトだと騒ぎ立て、甚だしい時には暴動にすら発展した。お陰で業績が悪化した企業は、事業所を閉鎖して惑星から逃げ出してしまった。

 時を同じくして、治安の悪化を懸念した富裕層も次々とオムニを捨て、別の惑星へと移住していった。

 企業や富裕層が姿を消した影響もあって、惑星行政府が財務破綻を引き起こし、惑星全土がほぼ無政府状態になっているのだ。

 その結果、国内外からの犯罪者が逃げ込む格好の場となってしまい、「世界で一番治安が悪い星」「宇宙時代のポートロイヤル」なんて有り難くない名称まで頂戴している。

 ともあれ、禁制品を売りさばくには、うってつけの場所といえた。


「じゃあ、そこにしようか」

「合点」


 八紘帝國とフンダクルス連邦共和国は、物理的な距離としては何千万光年も離れているが、実際の移動時間はそれほどでもない。

 というのも、帝國と連邦の間には、恒星や星間物質が殆ど存在しない広大な無空間が何万光年にも渡って広がっているからだ。亜空間移動に影響を与えるような要因が何一つ存在しないため、それだけの距離が離れていても十日程で連邦外園部に到達できてしまうのだ。

 何気に国防上の懸案事項でもあるため、フンダクルスとの間に事が起きれば、即座に帝國側の亜空間ネットワークが封鎖されることになる。

 何度かの亜空間移動を繰り返し、『きよかわ丸』は連邦ミシガン領、惑星オムニに到達した。

 宇宙ステーションを始めとした宙港設備、亜空間ゲートや周辺宙域の航路保安など、最低限のインフラ整備はミシガン行政府が行っているらしかった。


宇宙(うえ)はまだマシなほうです。惑星(した)に下りたら、俺の傍から離れないように」

「うん。分かった」


 個人戦闘系スキルをいっさい持っていない俺は、ガンさんの忠告に素直に頷いた。


「うわぁ」


 軌道シャトルで惑星上の宇宙港に降り立った直後、そんな声が出てしまった。

 建物はどれ一つとして元の形状を維持しているものが無く、ほぼ半壊していた。鉄骨がむき出しになって錆び付いているなんてのは良い方で、殆どの建物は壁や屋根が崩壊して、内部が露呈してしまっている。

 どう控えめに言っても、辺りの景観は廃墟そのものだった。

 比較的まともに見える宇宙港の建物だけが、妙に浮いていてちぐはぐだった。

 そんな半壊した建物の前で、汚い身形をしたおっさん達が、ドラム缶に薪を突っ込んで焚き火を焚いていた。アメリカ映画のスラム街なんかでよく見る光景が、俺の目の前に広がっていたわけだ。

 まじまじと見つめていると、そのうちの一人とばっちり目が合ってしまった。

 チョロい旅行者、しかもガキだと考えたのか、そのおっさんは黄ばんだ歯を剥き出しにして引き攣った笑いを浮かべ、酔っ払いのような足取りでこちらに歩み寄ってきた。

 しかし、俺の目前にガンさんの巨体が立ちはだかると、気勢を削がれたおっさんは、すごすごと元の場所に戻っていった。


「船長。やつらと目を合わせちゃいけません。ケダモノと同じで、目が合うと襲い掛かってきやすぜ」

「わ、わかった。気をつける」


 ガンさんの忠告に、俺は神妙に頷いた。

 禁制品の処分について、ブローカーとの交渉やらなにやらは全てガンさんに一任した。

 それについて俺が詳しく語れるようなものは特に無く、想像していたよりも高値で売り捌けた事だけ覚えている。

 ガンさんが色々と手を尽くしてくれたんだろう。

 目的自体はあっさりと達成してしまったので、あとは基本的にやることがなくなってしまった。

 治安の悪いこの星にいつまでも留まる理由は無かったので、俺達はさっさと惑星を離れることにして、軌道ステーションまで上がった。

 静止軌道上のステーション自体は、破綻した惑星行政府ではなく、自治区の行政府が管理をしている。そういった理由もあり、それほど治安が悪くないのだろうと勝手に判断して、油断していたんだと思う。

 うっかりガンさんの傍を離れてしまったその隙を狙われるようにして、カツアゲにあってしまったのだ。

 突然、物陰から飛び出してきた影に、抵抗する間もなく狭い通路の袋小路に引きずり込まれ、壁に背中を押し付けられた状態で、顔に不気味にバイブする高速振動ナイフを突きつけられた。


「騒ぐな! 金を出せ!!」


 訛りの強い星間標準語(英語)でそう言ったのは、僅かに浅黒い肌をした、息を呑むような美しい猫耳幼女だった。

 苛烈な感情を剥き出しにして睨みつける金色の瞳に、俺は完全にやられてしまった。

 これはいけない。これは反則だ。

 俺の紳士(ロリコン)としての本能が、恐怖や身の危険を完全に凌駕していた。


「ナイスロリ!」


 気が付いたとき、俺の両手は勝手に動き、ナイフを突きつける彼女の利き腕をがっちりと掴んでいた。


「んなっ!? て、てめえ! 放しやがれ!!」


 慌てて振り解こうとするが、そうはさせじとしがみ付く。暫くもみ合いになるが、身体能力がそれほど高くない俺は、あっさりと振り払われてしまった。


「ふざけやがって……!!」


 興奮した彼女は、高速振動ナイフを振りかぶったが、それが俺に向かって振り下ろされることは無かった。

 彼女の背後からのっそりと姿を現したガンさんが、その腕をがっちりと握り締めていたからだ。


「ああっ!?」


 苦痛に表情を歪め、猫耳幼女はナイフを取り落とした。

 バイブレーションの切れた高速振動ナイフが、乾いた音を立てて床に転がった。


「船長……。離れちゃいけませんって、言ったでしょう」


 呆れたように言いながら、ガンさんは腕を捻り上げた。


「いっ、いてええ! ちきしょう! 放せっ!!」

「ちょ、ちょっとガンさん! 女の子にそんなことしちゃ駄目だろう! 放してやれよ!」


 溜息を一つ吐き出すと、ガンさんは放り出すようにして猫耳幼女の腕を放した。

 解放された幼女は、握られた手首を押さえながら蹲ってしまった。


「大丈夫か? 怪我は無いか?」


 心配そうに覗き込む俺を、猫耳幼女は敵意の篭った眼差しで睨みつけてきた。


「船長。さっさと役人に突き出しましょう。どうせ、この星のストリートチルドレンでしょうぜ」


 ガンさんが面倒くさそうに言うと、猫耳幼女は表情を強張らせた。


「いや、ちょっと待って」


 俺はガンさんを押し留めると、猫耳幼女に話しかけた。


「君、名前は?」


 猫耳幼女は、憎々しげに俺を睨みつけていたが、観念したように口を開いた。


「アーデルハイト・ホワイトストーン……」

「アーデルハイトか。じゃあ、アデルちゃんでいいな!」

「……はぁ?」


 それが、アデルとの出会いだった。


「決めたぞ、ガンさん! この子を俺の船のクルーにする!」

「な……! 正気ですかい、船長!」

「もちろん、正気に決まってるじゃんか! 幼女だぞ、幼女! しかも、猫耳の!!」


 呆れ返るガンさんと呆気に取られるアデルを押し切り、俺はアデルを強引に『きよかわ丸』のクルーとして拉致した。

 殆ど孤児のようなものだったアデルには、戸籍の類も無かったため、勝手に連れ出しても特に問題は無かった。

 始めの頃は警戒していたアデルが、根気強く接しているうちに徐々に心を開いてくれる様子は、中々そそるものがあり、それだけでどんぶり飯が何杯でもいけた。

 帝國本土に帰還した後、俺はガンさん同様に呆れ返る東郷さんに向かって、アデルを紹介し、正規の軍人として任官した俺が、傭人としてアデルを雇うことを告げたのだった。

 やがて、その働きが認められ、東郷さんにも色々と骨を折ってもらった結果、俺と同じように正規の軍人として登用されることになった。

 その後は、俺が艦長の時は副長として、戦隊司令となってからは副官として、常に傍らで俺を補佐してくれた。


「そして、今に至るってわけなんだよなぁ」


 司令官席の背凭れを倒し、だらしなくふんぞり返りながら、傍らに立つアデルの顔を見上げた。


「何か仰いましたか、提督」

「いや、なんでもないよ」


 不思議そうに小首を傾げるアデルに、俺は軽く手を振った。


「定時報告。まもなく、武蔵星系外縁部に到達。最初の亜空間ゲートへの進路を取ります」

「よろしい。規定に従い、亜空間移動の準備に入れ」

「了解」


 航海長の報告に「よきに計らえ」的な返答を返し、佐世保への帰還の途に付いた。

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