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 壮年の先任伍長に先導され、俺は艦内通路を歩いていた。

 空母ともなると、通路も広々として歩きやすいが、手狭な駆逐艦の艦内に慣れてしまった身としては、少し落ち着かない。


「秋月一佐! 握手してください!」

「写真撮っても良いですか!?」

「俺の制服のボタンの解れ、直して下さい!」


 すれ違う兵士から、次々とそんな感じで声を掛けられ、驚くと共に少し辟易した。


「秋月一佐は、うちの艦でも有名人ですからね」


 その様子を笑顔で眺めながら、先任伍長は言った。

笑ってないで、止めて欲しいんだが。

 彼の話では、前に俺の艦に乗り組んでいた兵士が、配置換えでこの艦の配属となり、そいつの口から俺の噂が色々と広まったらしい。

 もしかして、航海中にいつもコスプレしていることなんかも暴露されちまってるんだろうか。

 ひとしきりもみくちゃにされた後、俺は先任伍長の案内で、『そうりゅう』の航海艦橋に案内された。

 艦長席には、例の子供艦長がふんぞり返っている。


「お邪魔するよ、艦長」


 艦長は俺のほうをチラ見してきたが、口に出しては何も言わなかった。

俺のことが気に食わないのは仕方が無いが、建前でも適当に挨拶を返してくれるぐらいの余裕を見せてほしい。

 子供扱いされたくないというのなら、尚更だろう。

 まあ、邪魔にならないようにしていれば、文句は言ってこないだろう。

 やはり、航海艦橋も、俺の乗っている駆逐艦に比べて広々としていて随分と余裕がある。

 少し気になったのは、女性将士の数がやけに多いことだろうか。


「ようこそいらっしゃいました。秋月一佐」


 一尉(大尉)の階級章をつけた一人の女性士官が俺に挨拶してきた。どうやら航海長のようだ。


「邪魔をしている。航海長」


 航海長の敬礼に答礼すると、彼女は微笑んだ。

 さっきの副長と同じようなかんじの、年上のお姉さんタイプのナイスバディな女性だ。


「本艦の乗り心地は如何ですか?」

「悪くない。大型艦は開放感があって良いな」


 本音を言うと、デカ過ぎてちょっと落ち着かない。

 根が小市民のせいか、駆逐艦クラスのこじんまりとした艦のほうが、俺の性にはあっている気がした。

 航海長から説明を受けながら、晴山艦長の仕事ぶりをさり気なく眺めていたが、特に問題なく艦長をやっていた。

 部下の報告に対する指示の出し方も、特に問題があるようには見えない。

 若干、居心地が悪そうなのは、たぶん俺がいるからなんだろうな。

 あまり長居して仕事の邪魔をするわけにもいかない。

 航海長より一通りの案内を受けた後、軽く世間話をして航海艦橋を後にした。

 その後も、中央指揮所(CDC)のような機密性の高い部署を除き、色々と案内してもらった。

 砲雷長や船務長などの各科の科長が、全て女性だったことが意外だった。

 一般の将士も女性の比率が多いみたいだし、もしかしたら、あの子供艦長の趣味なのだろうか。


「なあ、先任伍長。格納庫を見学出来るかな」


 空母の見所といったら、やっぱり艦載機が所狭しと並んでいる格納庫だろう。

 俺は期待に満ちた眼差しで、先任伍長の顔を見上げた。


「格納庫ですね。分かりました。ご案内いたします」


 先任伍長は微笑みながら頷いた。

 そして案内されたのは、発艦用第二甲板下にある艦載機格納庫だった。


「うおおおお……!!」


 主翼を折りたたんだ状態で、所狭しと並んでいるのは、帝國宇宙軍の最新鋭戦闘攻撃機『烈風』と、同じく戦闘攻撃機だが、どちらかといえば攻撃機寄りの『流星』、そして、航空管制や電子偵察を担う三座の早期警戒管制(EWAC)機『彩雲』だ。

中でも『烈風』は、量産型の配備が始まったばかりで、第一機動艦隊群以外の航空戦隊には配備されていない。

 整備の真っ最中のようで、機体各所のアクセスパネルが開放されており、周囲を整備兵達が忙しなく動き回っている。

 その様子を近くでじっくりと見てみたいところだけど、作業をしている整備兵の邪魔をするわけにはいかない。


「二日後には、この艦載機が厚木へ帰還するために、全機一斉に発進いたします。その様子を航空発令所からご覧いただけますよ」

「マジかー。楽しみだなぁ」


 思わず素を出してしまった俺に、先任伍長はクスリと笑みを浮かべた。ちょっと恥ずかしかった。

 実際の軍隊でもそうだが、空母なんかに載せる艦載機は、四六時中艦内に積んでいるわけじゃない。

 陸上の航空基地が存在し、母艦が航海に出る際に、洋上で合流して着艦し収容され、帰還後は、順次母艦から発艦して陸上基地へ帰還する事になる。

 ゲームの世界でも、艦載機の扱いは現実世界のそれと同じで、『そうりゅう』の艦載航空隊は、横須賀鎮守府に程近い惑星厚木の航空基地所属となっている。

 電磁カタパルトから次々に発艦する艦載機の勇姿を、航空発令所という特等席から見物させてもらえるというのだ。

 今から楽しみで仕方が無い。


「次は、その航空発令所にご案内いたします」


 そして、件の航空発令所に案内された。

 発令所は、発艦用甲板上部の後方、発艦する艦載機を一望できる箇所に位置している。

 艦載機が攻撃手段の空母にとって、第二の頭脳ともいえる場所だ。

航空発令所には、この艦の副長でああり、飛行長も兼任している南戸二佐が詰めていた。


「ようこそ、秋月一佐」

「邪魔をするよ、副長」


 始めて会った時と同じような柔和な笑みで、副長は迎えてくれた。


「ここ航空発令所では、その名のとおり、艦載機の統制を行います」


 副長が発令所の案内をしてくれた。

 発令所は、第二甲板に位置していることもあり、ここからの眺望は、トンネルの向こうに宇宙空間が口を開けているような感じだ。

 SF的なコンソールが所狭しと並んでいるが、フロア自体が広いお陰で、それほど閉塞感は感じない。

 現代の空母の航空指揮所でも見掛ける艦載機の動向を記すための透明なボードや、模型などもあった。

 さすが正規空母だけあって、航空巡洋艦に相当する機動巡航艦『とね』型とはあらゆる面で隔絶していた。

 以前、東郷さんの乗艦である同型艦『おおよど』の航空発令所を見学させてもらったことがあった。

 同様の設備は『おおよど』にもあるのだが、本来巡航艦である『とね』型とは違い、こちらは純然とした正規空母だ。

 艦載機の運用に特化しているだけあり、その数自体が大幅に上回ることもあって、こちらのほうが規模が大きく、設備もはるかに充実している。

 ちなみに、『おおよど』を始めとした『とね』型の艦載機は、小型軽量で母艦の支援を受けて戦闘を行うことを前提に作れらた局地戦闘攻撃機『瑞雲』だ。


(『とね』型も、始めて見学したときはでかいと思ったんだけどな)


 艦載機が小型かつ、搭載数自体も少ないとあって、『とね』型の航空発令所の規模は、『そうりゅう』に全く及ばない。


「あの、秋月一佐……」


 一通りの案内を受け、発令所を後にしようとしたとき、副長が躊躇いがちに口を開いた。


「何か、副長」


 それまでの大人のお姉さん的な人当たりの良さが鳴りを潜め、どこか思いつめた表情が気になった。


「艦長の事ですが、気を悪くなさらないでくださいね」


 何かと思えば、そんなことか。

 俺は笑いながら軽く手を振り「気にしていない」と言った。

 それを聞いて、副長は幾分か安心したようだった。


「特優者とはいえ、あのお年でこんな大型艦の指揮を任された事を、艦長はとても誇りに思っているのです」


 成程ね。それで必要以上に気負っているわけか。

 俺の言葉に過剰に反応したり、確かに余裕が無さそうではあったな。

 舐められないようにと必要以上に肩肘を張っているわけか。

 軍隊に限った話じゃないが、うちの艦隊の白菊のように、特優者に対して、良い印象を持っていない奴も多い。

 そういった連中相手に認めさせるためにも、必要以上に高圧的になっているということなのだろう。

 俺にも似たような経験があるので、その気持ちは分からなくもない。


「それに……晴山艦長は、同じ階級ということもあって、秋月一佐のことを、かなり意識されているのです」

「私をねえ……」


 俺は頬を掻いた。


「何しろ、軍の特優者の中では、もっとも出世なさっていますし」

「座次が上というだけで、階級は同じだろう。それに、あの歳で空母の艦長を任されているんだ。私など、すぐに追い抜いていくさ。焦る必要は何も無い」


 晴山艦長が前線勤務を望むのなら、次に目指すポストは、航空戦隊司令ということになる。

 空母機動部隊の司令官ともなれば、帝國軍全将士の憧れのポストの一つだ。

 同じ戦隊司令でも、俺の宙雷戦隊とはわけが違う。

 必然的にライバルも多いから、競争も激しいことにはなるが。


「そう言っていただけると幸いです」


 副長は安心したように微笑んだ。

 小生意気なガキにしか見えない晴山艦長だが、副長を始めとした乗組員からの信任は厚いようだ。

 俺が見た限り、からかうようなことはあっても、小馬鹿にしたり舐める態度を取っている者は居なかったからだ。

 副長のように気に掛けてくれる者もいるようだし、大前提である軍人としての能力は当然のこととして、部下との人間関係も良好なのだろう。

 周囲と円滑な人間関係を構築できているというのは、特優者にしては珍しいといえる。

 特優者の軍人はそれなりにいるが、そこそこの地位についている者は意外と少ない。

 理由は簡単で、特優者は性格が悪いからだ。

 ゲーム内設定での特優者は、精神的に未熟な低年齢の頃から、常人では考えられないような能力や特技を発現するわけだが、そのせいもあって、所謂天才肌なのだ。

 協調性に欠け、周囲の人間を見下しがちで、すぐにスタンドプレイに走る。

 そんな人間が、上意下達が至上命題の絶対的な階級社会である軍隊で要職に就けるわけが無い。

 中の人がプレーヤーの場合はそうとも限らないが、NPC特優者はそんな連中が殆どなのだ。

 結果、NPC特優者の多い部署は、黙々と自分のやりたいことだけやっていられる技術研究部の研究員や、ある程度の独断専横が許される艦載機のパイロットが殆どとなっている。

 晴山艦長が俺と同じプレーヤーではなくNPCだとしたら、これは異例中の異例だ。


「あとは、直属の上官に嫌われないように上手いことやれば問題無いだろう」


 ここが結構難しいかもしれない。

 俺のように、東郷さんみたいな中身がプレーヤーの話の分かる上官だったら良いんだけど。

 上官が特優者嫌いとかだったりしたら、厳しいかもしれないな。


「その辺りのことは、私達が全力でフォローしますわ」


 副長は、両手で可愛らしくグッと握り拳を作ってみせた。

 その仕草が、大人っぽい見た目と相反して中々可愛らしかった。




「副長は、随分と艦長を気に掛けてるんだな」


 航空発令所を後にした俺は、次の見学場所に向かっていた。


「うちの艦長は小動物的な可愛らしさがありますからね。女性将士には特に大人気ですよ」


 小動物ね。わからないでもない。

 ちょっとしたことでキャンキャン吠える様は、小型犬のようではあるな。


「貴官らとしては、どうなんだ?」

「節度は弁えているようですし、やることはやっているので特に問題はないと考えています。見ていて和みますしね」


 どうやら艦長は、マスコット的な何かのような扱いらしい。

 だが、副長にしろ先任伍長にしろ、れっきとした軍人だ。

 艦長がそれなりに有能でなければ、そんな軽口も出ては来ないだろう。


「実を言いますと、少し前までは、あまり艦内の雰囲気は宜しくなかったのです」


 先任伍長は僅かに声を潜めた。


「そうなのか?」

「ええ。艦長といえば、艦の乗組員全員の命を預かる立場。それが特優者の、しかもあんな子供となれば、仕方がありません」


 まあ、普通に考えたらそうだよな。

 俺の部下であるガンさんも、今でこそあんなざっくばらんな感じだが、俺の下についた当初は、俺に対する不信感を隠そうともしなかった。


「それが、あるときを境に一変したのです」

「へえ。それはまたなんで?」


 興味を覚えた俺は、先任伍長に先を促した。


「ある艦隊の駆逐艦乗りが、配置換えでこの艦に異動してきたのですが、その者がやたらと特優者の肩を持つのです」


 ……なんだろう。凄く嫌な予感がしてきた。


「特優者というだけで蔑ろにするのは良くない。やることをやっていれば問題ないはずだ……という感じにね」

「ふ、ふーん……」

「その兵士は、戦隊の旗艦に乗り組んでいたらしいのですが、その戦隊の司令官が特優者の美少女だったらしいのです」

「ああ、そう……」

「その戦隊司令殿は、ちょっとがさつで男っぽい言動とは裏腹に、裁縫が得意で、色々な衣装をご自分で仕立てては艦内で見せびらかしたりしていたそうですよ」


 ぐっ……間違いなく俺のことだ。

 艦内通路での一件で嫌な予感はしていたけど、他の艦隊にまで俺の癖が広まっているのか。


「兵士の制服のボタンが解れていたりすると、直してくれたりもしたそうで、仲間内では順番を決めて、わざとボタンを解れさせて、提督の目に付くようにしたそうですよ」


 マジか。言われてみれば、艦内を移動している時に、そういう奴に遭遇する事が多かった気がする。


「もっとも、猫耳の副官が常に目を光らせていたので、あまりやりすぎるとバレて説教を喰らったそうですが」


 そうだったのか。すまん、アデル。全く気にも留めていなかったよ。


「宙賊と対するときは降伏を一切認めず、皆殺しにする苛烈さを持ち合わせていながら、敬愛する上官の前では、年頃の女の子らしいところを見せる微笑ましいギャップがポイント高いとも言っていましたね」


 前半はともかく、後半は完全に誤解だ。

 敬愛する上官ってのは、東郷さんのことだろうけど、あの人の前でそんな態度を取った覚えは無いぞ。


「け、結局、何が言いたいんだ。先任伍長」


 これ以上の余計なボロが出ないうちに、話を打ち切りにかかった。


「特優者は挙動を観察して愛でるものだ、ということでしょうか」


 まさかの、愛玩動物扱い発言。

 ガンさん達も、俺をそんな目で見ているんだろうか。

 もしそうだとしたら、結構ショックだ。


「……何か、色々と誤解があるようだな、先任伍長」

「そうかもしれませんね」


 せいぜい、ドスを効かせた声で言ってみたが、先任伍長はクスクスと笑うだけだった。


「しかし、艦内の雰囲気が好転したことは事実です。ある意味、秋月一佐のお陰ともいえますね」


 嬉しくない。褒められている気がしない。

 というか、どう考えても、からかわれているとしか思えない。


「さあ、一佐。次の見学場所にご案内します」

「あ、ああ……」


 俺は重い足取りで、先任伍長の後に続いた。


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