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 その日はいったんログアウトして、リアルで次の日。

 ゲームにログインした俺は、東郷さんと落ち合うために、惑星佐世保に降り立った。

 鎮守府は惑星上ではなく、佐世保の静止軌道上に浮かぶ宇宙ステーションに置かれている。

 惑星上に降りる際は、地上との連絡シャトルで行うのが基本となっている。

 軍艦をはじめ、中には大気圏突入・離脱能力を持つ宇宙船も存在するが、安全上の観点などから、ステーションに係留するのが一般的だ。

 帝國でもそのように法整備されている。

 ゲーム内での時間の殆どを宇宙で過ごしている俺にとって、惑星上に降りるのは、かなり久しぶりだ。


「何で、軍服なんだ、ロリ」


 待ち合わせ場所で出会って早々、東郷さんが俺の格好に文句を付けて来た。

 そういう東郷さんだって、いつもの軍服姿だ。


「お前はいちおう、私の婚約者ということになっているんだよ。それなりに着飾ってもらわないと困る」

「あんたはどうなんだよ」

「良いんだよ、私は。男なんだから」


 なんだそりゃ。まあ、俺としては見慣れてはいるけどさ。


「いつものコスプレ衣装はどうしたんだ?」

「あんなもの着て街中に出て来られるわけないだろ」


 俺の作った衣装は、あくまで俺自身が耽ったり、部下に見せびらかしたりして愉悦に浸るための物だ。

 巫女服とかゴスロリメイド服とか看護婦服とかそんなのしかない。

 そんな服装で街中をうろついたりしたら、ただの変な人だ。

 それに、普段、街中を徘徊することが無いので、軍服以外でまともに外に出られるような服が無い。

 ゲームを始めたばかりの金の無い時期に着ていた、某自動車修理工の着ている作業着みたいなつなぎならあるが、さすがにそんな格好で「婚約者」のフリは出来ないし。

 まあ、軍服姿でもかなり無理があるのは、自分でも良く分っている。

 ちなみに帝國軍の軍服は、旧帝國海軍のものよりも海上自衛隊のものに近い背広みたいな感じのデザインだ。

 デザインは男女共に共通で、俺が着ている女性用軍服も、胸や腰の辺りが女性向けに作られているだけで、男物と全く変わらない。制帽も同じで、女性自衛官の制帽のようなクソダサいデザインではないのが何より有り難かった。

 そのため、良くあるアニメの女性軍服にありがちな、パンチラ上等のミニスカートなく、男性ものと同じ見た目のスラックスだ。

 まあ、軍艦に乗り組むのだから、それが当然ではあるのだけど。

 


「……まあ、いい。とりあえず、待ち合わせ場所に向かおう」

「あいよ」


 待ち合わせ場所の喫茶店は、宇宙港があるステーションと地上の連絡シャトルが発着する空港の傍にある。

 俺と東郷さんは、待ち合わせ時間より1時間早く到着していた。

ゲーム内での時間の流れは、デフォルト設定だと1日が実時間の1時間となっているが、コンフィグ設定で実時間と同調させることも出来る。

 これによって、ゲーム内時間の調節を図ったり、実時間に同期させたり出来る優れものだ。

 それでいて、他のプレーヤーや、ゲーム世界の時間の流れと齟齬が出ないようになっているのだから不思議だ。

 内部的なプログラミングで、どうにかこうにか色々やっているんだろう。たぶん。

 まあ、ともかく、その便利な機能を使って、俺と東郷さんは、互いのゲーム内時間を実時間と同調させていた。

もっとも、この設定変更は、運営サーバへの負荷が大きいのか、実時間で24時間に1回しか変更が出来ない。

 一度変更を行ったら、そこから丸1日経過するまで再変更が出来ないようになっている。


「疑問に思ったことがあるんだけど」

「なんだ?」

「東郷さんは、どうやってストーカーとコンタクト取ったんだ?」


 一度も姿を見せたことの無い相手と、どうやって待ち合わせの約束など取り付けたのだろう。

 それが、ちょっと気になっていたのだ。


「自宅の郵便受けに、手紙やら手作り弁当やらが入っていたっていうのは話したか?」

「うん。聞いた」

「そこにな。私からのメッセージを入れておいたんだよ」

「ああ、成程……」


 郵便受けを使って、そのストーカーと文通をやったわけか。それも何か凄いな。とてもじゃないが、俺には真似出来ない。


「で、待ち合わせ場所に決定したのが、この喫茶店ってわけなのね」


 なんというか、落ち着いたクラシックな感じのいい雰囲気の店だ。

 カウンターのむこうでは、ナイスミドルな髭のマスターがグラスを磨いている。

 店内で流れている音楽は、ジャズだろうか。

 音楽には詳しくないのでちょっと自信が無いけど、店の雰囲気にはぴったりだと思った。

 なにより、某有名コーヒーチェーン店によくいる、ちょっと勘違いした意識高い系の客が一人も見当たらないのが良い。


「ところで、ロリ。婚約指輪は?」

「ちゃんと持ってきたよ」


 ほら、とばかりに、俺は懐から指輪の入った小箱を取り出した。


「嵌めておいてくれ」

「気が進まないなぁ……」


 未だにぶつくさ言いながら、俺は小箱から指輪を取り出し、右手の薬指に嵌めた。


「うん、結構。せいぜい、婚約者らしくしてくれよ」

「無茶な注文つけるなよ。俺は置物だからな。話は東郷さんがつけてくれよ?」


 店内の時計に目を向けると、待ち合わせの時間まであと30分ぐらいだった。まだ微妙に時間がある。

 仕方が無いので、それまでいつもの雑談タイムと相成った。


「日本の防衛のみを考えるなら、空母なんて金食い虫は必要ない。潜水艦を更に増勢して、巡航ミサイルや弾道ミサイル、核兵器を装備するほうが安上がりだし、効果的だ」

「俺もその意見には賛成。でも、『ひゅうが』型や『いずも』型には、短距離垂直離着陸機(VSTOL)の運用能力はあってほしいな」


 そんなわけで、実世界での軍事についてのミリオタ談義が始まってしまった。


「なんだ、ロリも空母厨だったのか」

「違う違う。F35Bの整備・補給能力を備えた、前線補給ポイントとして運用するのさ。実際の攻撃はアメちゃんにやらせて、自衛隊は高みの見物ってわけ」

「火中の栗はアメちゃんに拾わせるってわけか。なかなかあくどいな」

「何言ってんの。そのために高い金出して飼ってやってるんだろう? 有事のときは、せいぜい日本の盾になって頑張ってもらわないと困るよ。これぞ、正しい集団的自衛権さ」


 高い金とはいえ、在日米軍に匹敵する戦力を日本単独で整備するとなると、それ以上の膨大な予算が必要になってしまうし、装備の調達や隊員の訓練も含めて、一朝一夕で出来ることではない。

 実際のところ、世界最強の軍隊をお手頃価格でレンタルできていることになるのだから、政治家には、もっと便利に米軍を使う努力をしてほしいところだ。

 ……とまあ、そんな感じで、玄人童貞感丸出しのミリオタトークを繰り広げつつ、俺達は時間になるのを待っていた。


「ところで、防衛省の自衛隊関連イベント一覧のページってさ、見難くて仕方ないよな」

「うんうん、わかる! 特に陸自のイベント一覧は、あそこからしか確認出来なくなったからね」

「しかも、部隊や駐屯地のホームページにアップされているイベント情報がアップされてなかったりするしさー。手抜きだよなー。担当者仕事しろよな」


 そうやって駄弁っていると、入店を告げるドアベルが鳴った。

 何気なくそちらに目を向けてみると、入店してきたのは女性だった。それも、かなりの美人だ。

 端的に一言で表すのなら、大和撫子という言葉がぴったりの、絶滅危惧種の和風美女だ。

 高そうな着物に身を包み、髪をアップにしたその女性は、年の頃はだいたい20前後だろうか。

 和装がとてもよく似合っており、垂れ目気味の優しげな目元と軽く小首を傾げるような仕草が、とても魅力的だった。

 誰かを探すかのように軽く周囲を見渡した後、俺達のほうに視線を向け、目尻を下げて嬉しそうに微笑んだ。

 もしかして、この人が……?

 俺達の席まで来たその女性は、たおやかな笑みを浮かべたまま、深々と頭を下げた。


「本日は、お会いいただきまして、誠にありがとうございます。東郷様」

「へっ? え、ええ、ああ……」


 俺同様、その女性に見惚れていたらしい東郷さんは、いつもの泰然ぶりとは似ても付かない様子で、わたわたと立ち上がった。

 中の人が女性である東郷さんから見ても、動揺してしまうほどの美人らしい。

 同時に、こんな美人が自分のストーカーだったなんて、信じられないという気持ちもあるのだろう。

 もっとも、中身が俺達と同じプレーヤーだったら、ゲーム内の外見なんて、いくらでも取り繕えるのだが。


「私、佐藤かなえと申します」

「は、はじめまして。東郷三笠です」


 東郷さんは女性に対して頭を下げた。

 佐藤かなえさん、ね。名前は意外と普通だ。

 俺はどうしようかと少し迷ったけど、立ち上がって同じように会釈をしたが、特に名乗りはしなかった。


「ええ、とてもよく存じておりますわ、東郷様。いつもいつも見ておりますから」


 さり気なくアレな発言が飛び出して、ちょっと背筋がぞくっとした。

 でも、それは、ほんの予兆に過ぎなかった。


「ええ、ええ。東郷様……いえ、三笠様の事は、何よりも誰よりも存じておりますとも。、帝國宇宙軍最年少で、機動艦隊群司令長官の地位まで登りつめた俊英でいらっしゃることはもちろん、スリーサイズや食べ物の好みや出勤時刻、今の地位に付くまでの間、艦長を務めた艦の名前や役職や在任期間、その間にあげた華々しい功績も、全て全て存じております。三等宙佐時代に始めて艦長として乗艦した艦は……」


 佐藤さんの口から、彼女自身の知る「東郷さん情報」が濁流のような勢いで溢れ出して来た。

 それなりに付き合いの長い俺でさえ、知らないような情報のオンパレードだった。

 艦長を務めた艦の名前や役職ぐらいなら調べれば分るかもしれないが、3日前の夕食の内容なんて、東郷さん本人だって覚えていないだろうに、どうやって調べたんだろう。


「ま、まずは、お掛けになってください」

「はい。失礼致します」


 僅かに頬を引き攣らせ東郷さんが促すと、佐藤さんは男の琴線を擽るような、ほんわかとした笑みを浮かべながら、俺達の対面の席にしずしずと腰を降ろした。

 直前の出来事さえなければ、こんな美人と向かい合うのは大歓迎なんだけど。


「あら……?」


 東郷さんの対面に深く腰掛けた佐藤さんは、そこで初めて俺に気付いたかのように、軽く小首をかしげながら視線を向けてきた。


「こちらの方は? 妹さんでいらっしゃいますか?」


 ああ、うん。年齢的に見たら、そう見えても不思議じゃないよね。

 10歳も離れているわけだし。


「あ、ええと。お、俺のことはどうか気にせずに。後は若い二人にお任せして……」


 そんな台詞を吐きながら席を立とうとしたが、東郷さんに腕を掴まれてしまった。

 仕方が無いので、観念して腰を降ろした。


「佐藤さん。彼女は妹ではありません」

「あら……?」


 佐藤さんは、口許に指先を当てて、可愛らしく小首を傾げて見せた。

 そんな仕草だけを見ると、深窓の令嬢にしか見えない。

 東郷さんは、そんな佐藤さんの目を真っ直ぐに見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「彼女は、秋月摩耶。私の婚約者です」


 僅かな驚きと共に目を見開く佐藤さんに向かって、俺はおずおずと婚約指輪を嵌めたほうの手を示して見せた。


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