私と不思議なタンポポ
春……。私は地面に一輪のタンポポを見つけました。広い草原にひっそりと咲く黄色い花。
「タンポポ……とても綺麗」
太陽の光に照らされてさらに輝いて見える。少女はそれがどこか羨ましくて、つい地面にしゃがみこみタンポポを見つめていた。春風が少女の水色のワンピースを優しく撫でる。
「いいなー。私も花に生まれたかったな」
「花も色々辛いぞ!」
いきなり少女の耳に聞こえる声。慌てて辺りを見回すが誰もいなかった。
「こっちこっち」
聞こえてくる声は地面から。少女が下を見ると、なんとタンポポが口を開き喋っていた。目もあるし、口もある。
「よ!どうした?浮かない顔して」
「え!?あれ?タンポポ……さん……なんで?……」
「なんだ?花が喋ったらダメなのか?」
「ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって。少しビックリしただけだから」
「へへへ、まあ、別に気にしてないから大丈夫だ」
「ふふ、ありがとう。とても素敵な花だね。私より何倍も輝いているよ」
「ありがとよ!それにしてもどうしたんだ?顔が暗いよ?」
「ちょっとね。色々あるんだ」
「よし!タンポポでよかったら話を聞いてやるぞ!ドーンと悩みをうち明かせよ」
タンポポは左右の葉を揺らしながら少女を見る。
「うん……あのね、私のせいで弟が今死にそうなの。そう、全部私のせいなの」
少しだけ目に涙を滲ませながら頭を抱える。その表情はとても悲しそうで、とても切なさそうで、とても……暗い顔をしていた。
「何があったのか分からないけど君にそんな表情は似合わないよ」
「うん、ごめんね」
「弟が死にそうって言ったね。一体何があったんだい?僕でよかったら聞かせておくれよ」
「私、弟とケンカしちゃったの。本当に他愛ない事だったんだ。そしてケンカをしたまま弟は家を出て事故に……。車との人身事故だった。私ね、『弟なんかいなくなればいい』って思っていたの。でも、本当にこんな事になるなんて思わなかった。私があんな事でケンカしたから、私があんな事を思ってしまったから。 今はまだ昏睡状態で医者からいつ目覚めるか分からない状態だって言われた」
「…………………。それは………………君のせいではないよ。偶然が偶然を呼んでおこった仕方のない事故だった。ケンカをしたから事故がおこった?それは違うよ」
「でも私!いなくなればいいと思ったの!私達は姉弟なのに、いつでも一緒だったのに。パパやママがいない私は……いつも私から弟に甘えていた。それなのに……私は……私は……思ってしまった……。最低な姉だよ、私は……」
「そんな事ない!」
タンポポは声をあげながら少女の言葉を否定した。
「姉弟だからこそ亀裂が生まれるんだ!僕には分かるよ、弟さんはきっと君にそんな顔をしてほしくないと思っているはずさ!だって、たった一人のお姉ちゃんなんだから。だから……そんな顔をしないでくれよ。お願い……」
タンポポの目から涙が溢れてくる。『お願い……』と言う言葉を出した時、少女は優しく黄色い花びらを撫でた。
「タンポポさん、優しいのね。なんでそんなに優しいの。なんで泣いてくれるの。ねえ、タンポポさん。…………………ありがとう」
少女も大粒の涙を流してしまう。きっとこのタンポポの優しい心を感じ取ったのだろう。少女の顔は涙目ながらうっすらと笑みがこぼれてきていた。
「タンポポさん、お名前を教えてくない?」
「えへへ、僕はただのタンポポだよ。名前はないよ」
「僕の事より弟さんの場所へ早く行ってあげなよ。じゃないと目覚めたらまたケンカしちゃうよ」
「うふふ、ありがとう。なんだか元気が出てきた。よし、私……行くね」
「いってらっしゃい!やっぱり笑ってるほうが似合ってるよ!その顔で病院にいるお婆ちゃんに会ったほうがきっと救われるよ」
「うん、本当にありがとう!じゃあね!タンポポさん」
「ばいばい!またねー!」
少女がタンポポと離れて病院に着いた時、ふと突然疑問に思った事があった。
「あれ?なんでタンポポさん、病院にお婆ちゃんがいる事を知っていたんだろう?ふふ、不思議なお花さん」
しかし、そんな疑問も弟が寝ている病室の扉を開けたら頭からすでに消えていた。
少女の目がとらえたのは……
「お姉ちゃん。どこに行ってたの?」
目の前にはベッドから体を起こしている弟の姿があったのだから。
「ゆ……勇気……。え!?本当に?夢じゃないよね」
「ただいま、お姉ちゃん。ごめん、心配かけて」
「ううん。私こそごめん。ごめんね」
何も考えられなかった。少女の体は無意識に弟へ抱きついていた。横に座っていたお婆ちゃんはそんな二人の姿を見てハンカチで涙を拭っている。
「理絵ちゃん。お医者さんはもう大丈夫だろうだって。様子見で1週間ほど入院するそうだけど。でも、本当によかった。神様が助けてくれたのかしら」
理絵は勇気を抱き締めながらタンポポとの会話を思い出す。
(ありがとう。本当に奇跡だよ。もしかしたらあなたが私達に奇跡と言う贈り物をくれたのかな)
理絵があの時の事を思い出していた時、勇気から目を疑う言葉を聞いた。
「お姉ちゃん。僕ね、夢を見たんだ。あのね、僕がタンポポになってお姉ちゃんとお話をしているんだ。でも、お姉ちゃん……凄く悲しそうな顔をしていた。普段泣かないお姉ちゃんが泣いていたんだ。でもよくは覚えていないんだ。でも、これだけは覚えている。あんなお姉ちゃん、僕は見たくなかった……。それだけははっきり覚えているんだ」
その言葉を聞き理絵は確信した。
(ああ、そうか。あのタンポポさんは勇気だったんだ。だから私をあんなに励まして希望を与えてくれたんだ。そうか、私は結局……勇気にまた甘えていたんだ。ありがとう、勇気。私、勇気がやっぱり大好きだ)
抱きついていた手に力が入ってしまう。嬉しくて力が入っちゃうんだ。
「いたたた、痛いよお姉ちゃん」
「勇気……」
「どうしたの?」
「えへへ、何でもないよ」
理絵の目からまた涙が溢れてきた。
ザザザ……ザザザ……ザザザ……
そして、今日も春風がタンポポを揺らしている。
《終》
読んで下さってありがとうございます。この物語、私の夢に出てきたのを少しアレンジしました。しかし、変な夢でした。
それでは目を通していただきありがとうございます。